獲追け(後)


大試練でなら、またプレサンスと向き合える――結論から言えばその目論見は大外れだった。大試練はあっという間に終わってしまい、バトルの最中の姿をじっくり見るどころではなかったのだ。プレサンスの繰り出したアブリボンは相当鍛えられていた。クチナシの手持ちたちの攻撃をことごとく避け、タイプの相性もあってかZワザさえ持ちこたえては急所に抜群の攻撃をお見舞いする、というまれに見る強さだった。
しかも、だ。エーテル財団がどうしたこうしたとかで、彼女はあの直後にグラジオに伴われウラウラ島を発ってしまった。出発までのほんのわずかな間に話せたことといえばせいぜいアクZに関することぐらい。しまキングに勝ったからにはもう挑んでくることもないだろうし、これきりの縁になるのかと後悔することしきりだった。
しかしそれからしばらく経ったときのこと。守り神さんは見捨てなかった…のかどうかはさておき、偶然彼女と再会を果たすこととなった。オチムシャ懐石を注文したものの食べ盛りには向かないと言われ、やめようかと迷っていたまさにその時に行き会ったのだ。そこを引き留め奢ったのがきっかけで、思いがけず意中の相手と食事をともにする機会に恵まれた。再会した喜びで、あの夜の品書きは何だったのか未だにさっぱり思い出せないままだ。
ともかくそこから初めてゆっくりと向き合い色々と話した。なんでも、マリエシティに初めて来たときからカントーの雰囲気を思い出すローリングドリーマーが気になっていたのだという。友達のねえちゃんやあんちゃんは誘わないのか、と訊けば、そうしてはみたもののどうしても苦手で食べられないものがあるからせっかくだけれどやめておくとか、こういう懐石よりマラサダのほうが好きだからと断られたので、こういう店は初めてで緊張したけれど意を決して一人で来た、とも。あの時はまだ、会話はぽつりぽつりとしか続かずぎこちなさは拭えなかった。何せポータウンで初めて出会い大試練を達成して別れるまでの時間は本当に短かすぎたのだ。その間お互いについて知っていたことといえば、せいぜい顔と名前、プレサンスはしまめぐりの最中のトレーナーでクチナシは警察官にしてしまキングでというごく簡単な事柄と、あとは手持ちには何がいて…ということぐらい。何を話したらいいやら、という状態だったのだから無理もないことではあった。
何にせよ、ようやく繋がりかけたこの縁を切るわけにはいかない。まずはスカル団の連中が逆恨みで何かしてこないとも限らないからそういう時のために、ついでに今日みたいに食事したくなったら声かけてくれ、と連絡先の交換を持ちかけて――とはいえ「食いに行くか?」と声をかけるのは全部クチナシからだったが――。それだけでなく、プレサンスが帰ってすぐ、その場であの席を無期限で予約しオチムシャ懐石の代金数十回分を先払いしておいた。元々ウラウラ島に赴任して間もないころから贔屓にしていた常連のよしみがあるうえ、何よりこの島のしまキングともなれば多少の融通は利くのだ。
そんなこんなで回数を重ねるうちに段々と打ち解け互いのこともよりわかってきて、話も前よりは多少スムーズにできるようになった。プレサンスの家にいるカントーのニャースと、アローラのニャースの違い。アローラ独特のしまキング・しまクイーンやカプにまつわるあれこれ…プレサンスにとっては目新しいことばかり。もっと知りたいと色々と質問してくるので、話題はそのことが中心になった。クチナシは別に話題が豊富なほうでもない。だが、しまキングを務めるからにはよく知っていることである分話に詰まることもなく、そういう点でもありがたいものだった。何より自分にとっては当たり前のことでも、「やっぱりしまキングだから詳しいんですね!」と尊敬の眼差しを向けられるのは柄にもなくいい気分になるものだ。マリエ図書館なりで調べる手段もあるだろう。でも、やはり他でもない自分に訊いてくれるのは、つまりそれだけ彼女を独占することができるということでもあるのだから。

ただ――こうして食事を口実にして会ってきたけれど、彼としてはそろそろ二人だけの場所で過ごす仲になりたいと思うのもまた偽らざる気持ちだった。

気が付けば膳は綺麗に空になっていた。時刻を見てみればもういい時間になっている。名残惜しくはあるが量が少ないのだからそれは致し方無いか。先ほど咽たのに懲りたか、プレサンスがゆっくりゆっくりと食後のお茶を最後まで啜り湯呑を置いたのを見計らって声をかけた。
「ごっそさん。今日もポケモンセンターに泊まるんだろ、送ってく」
「ごちそうさまでしたー。…それにしてもいつも不思議なんですけど、クチナシさんったらいつもいつの間にお会計してるんですか?」
「ナイショ。うろこ持ったな?ほら行くぞ」
「えっ、待ってくださいよー」
サービスで貰えるハートのうろこをプレサンスに半ば押し付けるように渡してから、マタマイラレヨ、という見送りの言葉を背に受けつつ彼女を促して店を出た。一緒にではなく少し先に出たのは、プレサンスが自然と歩道側を歩く形になるよう前もって車道側に立っておくためだ。少しあとから出てきて追いつくのを待って歩き始める。とはいえ送っていくとはいっても、ローリングドリーマーからポケモンセンターまでの道のりはわずか。ごくゆっくり歩いたとしても5分もかからない。ったく、もうちょっと離れたところに建ててくれりゃあいいものを。内心でごちるけれど、それでもこうして他愛のない時間が少しでも続くだけマシかもな、とも思う。一方その横に付いて歩くプレサンスは、鞄の口を開け中を探り始めながら話しかけてきた。
「あの、クチナシさん」
「なんだい」
プレサンスが呼ぶと、聞き慣れた自分の名前ですら特別な響きがするのは何故だろう。
「ありがたいんですけど、いつもじゃ悪いです。ご馳走になってハートのうろこまでこんなにもらっちゃって」
「お気になさんな」
「でも」
「おじさんはうろことかそういうのいらねえんだ。それにせっかく美味いもん食うにしたって一人じゃ寂しいんでな、一緒に食ってくれる礼ってことで」
「それでも毎回っていうのはちょっと。今日こそ自分でもちますから…」
「あんまり夜道で財布を見せびらかしちゃいけねえよ、早くしまいな」
「うーん…それなら、ご馳走に、なります」
鞄を探っていたのは財布を取り出すためだったのだ。でも手ではやんわりと抑え、しかし言葉では気遣い無用ときっぱりと告げる。するとそれに折れたらしいプレサンスは少ししてそっと財布を鞄へ戻した。それでも支払うというのはポーズではないらしく、釈然としない表情を浮かべたまま。本当に気にしているようだ。
「私ばっかり色々してもらってるから…何かお礼、したいです」
「そりゃまた殊勝な心掛けで」
ぽつりと漏らした気持ちに感心したように相槌を打ちながら内心ほくそ笑んだ――そうそう、その言葉を待ってたんだよ。プレサンスの性格からして、受けた恩は返さなくてはいけないと思うだろうことはわかってきた。伊達に長年様々な人間を見てきてはいないのだ。そしてその言葉を引き出したからには、もっと距離を縮めるために上手く利用しない手があるだろうか。
「じゃ、ひとつ頼まれてくれねえか」
「はい。私にできることなら」
「プレサンスの気が向いたらで全然構わないんだがな、交番のニャースたちの相手してやってほしいんだわ」
「え!」
ニャース、と聞いた途端彼女の瞳がキラッとした。これはいける、そう確信した。
「そんなことでいいんですか?」
「大歓迎よ。最近なかなか相手してやれないんでご機嫌ななめだからな。それに何より」
「?」
ここで視線をまっすぐプレサンスに向け、少しだけ冗談めかしてフッと笑って。
「かわいこちゃんが来りゃ、おじさんもあいつらも喜ぶってもんよ」
「え、やだ、そんなこと言われたって何も出ませんよぉ。からかうの上手なんですから」
プレサンスには単にお世辞ぐらいにしか響かなかったらしい、本気にするそぶりもなくクスクス笑う。そういう反応が来るとは思ってたよ。でも、な。
「…からかっちゃいねえよ。本気で言ってるんだがな」
「え…」
相変わらずプレサンスの方を見たまま、でも今度は真顔で、そして聞き取れるかどうかの声で言った――見上げてくる顔に驚きが浮かびそして赤みが差したのは見間違いでもなんでもない、絶対に。
こうしてさり気なく粉をかけたところで、丁度ポケモンセンターの入口に着いた。
「まあ、いつも交番にいるとも限らねえから。来る時は前もって連絡くれな。ほら着いたぜ、おやすみ」
「…ごちそうさま、でした。おやすみなさい」
「おう。じゃあまたな」
いつものようにけだるげにゆるく手を上げて応えてから踵を返した。ポケモンセンターまで送る、今はそこまでに留めておく。「いつか会ったおじさん」から「しまキング」の段階は過ぎ、ようやく「ご飯をご馳走してくれる顔見知り」から脱しつつあるかどうかなのだ。ここで焦って送りルガルガンに化けようものなら全てが台無しになる。今は「友達」というのでもないし、まして「恋人」にはまだ遠い。さりとてそうなるのを諦める気など、全くないけれど。そんなことを思いながら、通り沿いに歩いて二つ目の角に差し掛かろうとした時だ。
「…ん?」
ふと背中に視線を感じて振り返れば、その先には手を振るプレサンスの姿。夜のとばりも降りたこの時間帯だから声は上げないつもりらしい。だが目は口程に、というだけに、あの眼だけがいっそうキラキラして見えて。クチナシと目が合うとはにかんで、どうやら口だけで「おやすみなさい」と言っている。送った後、センターの玄関の外に出たまま見送ってくれたのは彼が知る限り今日が初めてのはずだ。さっきかけた【粉】が効いたか?抑えようとしても口が勝手にニッと動くのを止められない。よしよし。着実に、距離は縮まりつつある。
次はどうしようかね。なあ、プレサンス。クチナシは心の中で想い人に語りかける。おじさんな、獲物はジワジワ追い詰めていく主義なんだわ。最初からグイグイいったんじゃビビって逃げられちまうだろ。だからいまは、まだ。でも、必ず捕まえてみせるからな――覚悟しておけよ?【その時】が遠くはなくなってきたことに確信を抱きながら、もう一度手を振り返した。



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