獲追け(前)


ローリングドリーマーの一番奥まったところにある二人分の席は、とある時からずっと先まで予約済になって久しかった。そして、この席を予約した壮年の男性にカラテのあんちゃんと呼ばれている馴染みの店員は、今日も顔だけならよく見知った客二人に同じメニューを運んでいるところだった。顔だけなら知っている、というのは言い換えればそれ以外の事情は知らないということでもある。見たところ親子ほど歳が離れているもののそうだと言い切るには無理があるほど全く似ていない、さりとてカップルという雰囲気でもないこの不思議なペア。顔を見た回数を数えるのはとうにやめたことを思い出しつつ、彼はサーブを終えて二人に告げた。
「Zカイセキ、ココニスイサン。ゴユルリトタンノウサレヨ」
「「いただきます」」
奥へ下がるや、不思議なペア――プレサンスとクチナシは行儀よく手を合わせ揃ってそう言うと各々箸を持ち上げた。この店の自慢は素材の持ち味を活かした豪華な料理だ。しかも美味しいだけでなく、具材が例えば花の形だとかに綺麗に切られていて見た目にも美しい。プレサンスは味ももちろんのこと、食べ始める前にしばらくこの御膳の見た目を楽しむのも好きなのだ――彼女を凝視するクチナシにとっては実に都合のいいことに、その視線に気が付かないまま。
美味いもんは、いい。でもって、かわいこちゃんを目の前にしながら楽しむのはさらにいい。クチナシも箸を取りこそしていたけれど、意識は料理にではなくプレサンスに釘付けだった。先ほどの店員は、若い客がオチムシャ懐石を注文しようとすると、断りこそしないものの食べ盛りには向かないがいいのかと訊ねる。いわく、通向けに量より質を売りにしているから、と。それでもプレサンスは今日も量の少なさなど気にせず一口一口美味しそうに味わうのだろう。その姿を思い浮かべていつもの仏頂面が崩れそうになるのを抑えた。今日も今日とていい食いっぷりだろうな。でもおれが本当に食っちまいたいのは、この懐石より何より…、なんて言ったらどんなカオするんだか、ね。プレサンスが視線を上げて目と目が合いそうになる寸前、クチナシは何でもないふりをして煮物に箸を伸ばした。

【スカル団の根城にひとり乗り込まんとする、無鉄砲なねえちゃん】
クチナシがプレサンスとの初対面の一瞬で思ったのはそれだけだった。それだけで終わるはずだったのだ。ポータウンへ続く扉を開けてやる前、スカル団に加わるにしろそれとも敵に回して戦うにしろ、その覚悟はあるのかと訊ねさえしなければ。そのとき迷うことなく「あります!」という言葉とともに決然と頷いた姿が一瞬で忘れられなくなったのだ。
クチナシはもう長いこと、暗く淀んだ絶望を湛えた眼差しばかり目にしてきた。どうしようもない諦めが渦巻くばかりのポータウンで、重苦しく立ち込めるどんよりとした空気の中で目にした、あの瞳。真っ直ぐに前を向き何かを信じているものだった。そんな目を見たのはいつぶりのことだろう。ああ、もっと見てたいなあ。簡単に言えば一目惚れしたわけだ。その時からずっと、記憶に焼き付いて仕方がなくなったのだ。
しかも気概だけでなく実力も兼ね備えているときているのだからなおさら。プレサンスがあの扉を潜った後、何かあったら駆け付けるかと様子を見ている間に一人でスカル団を片付けてしまったではないか。そのあとでプレサンスの鞄に付いたしまめぐりの証を見て合点がいった。なるほど、道理であの実力か。そして順当にいけば次は自分に挑むことになるだろう。あの時は「スカル団を一人でのしちゃう奴なんか…」とは言ったものの、しまキングであることがこれほど幸運に感じられたことはなかった。大試練のときに、またあの目と向かい合うことができるのだと思うと。

そんなことを思い返しつつ、あれやこれやと話すプレサンスに合わせて相槌を打ちながらも彼女が何か興味を持ちそうな話題がないものかと探す。しかしあいにくと思い浮かばない。もともと気の利いたことが言える性質でもなし、どうしたものか…ああ、そうだ。
「それにしてもプレサンスもニャース好きなんだな、あのぬいぐるみみたいなやつ新しく買ったのか。この間まで付けてなかっただろ」
「そうそう、ホントもう可愛いですよね!アローラの子のちょっとジトッとした目もいいけどうちのカントーの子だって負けてない…って、新しいの買ったのなんで分かったんですか?すごい、もしかしたらクチナシさんって心が読める能力とかそういうのあるんですか?」
「や、答えは目の前にあるんだがな」
「え?」
クチナシがプレサンスの鞄の方へ軽く顎をしゃくるので彼女も動きに合わせてそちらを見る。果たして荷物置きとして使われている椅子に置いてある鞄には、キーホルダーだの新品とおぼしき真新しいぬいぐるみストラップだのが何個か付いているが、どれも全部ニャースを模ったものだった。確かにこれを見れば心を読んだりしなくても持ち主はニャースが好きなのだとわかるだろう。
「あ…そっか。この前買ったんだった」
途端にポカンとした表情になってこちらを見てくるのが妙におかしくて、思わずプッと小さく吹き出した。すると照れたようにはにかんで顔を伏せてから、それを隠すためなのかすまし汁の椀を持ち上げ一気に煽り…
「っ、ごほっ、ふぇっ」
咽はじめた。やれやれ、とぼやくふりをしながら席を立ち、咳き込む彼女の後ろに回って背中をさすってやりながらまた笑いがこみ上げてくる。なんで気付いたって?そりゃあ好いた相手のことはよく見てるもんなんだよ、だから例え持ち物一つが増えたなんて些細なことでも見逃すかっての。しかしまあ面白えな、うん。実力はあるというのに、こんな風に時々抜けているところもなかなかどうして可愛いらしい。こんな表情を間近に見られるようになるまでに時間がかかった分、なおのこと今のこの状況が嬉しく思えるのだ。



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