おみとおしだ!(後)


男の自分とは違う、小さな手の甲に細長い指。そんな指に甘噛みするよに抓られる箇所は、穏やかとはいえ冬の海から吹く風を受けて冷たくなっていたのが嘘のよに今ではじんわりと暖かい。

暖房のせい?太陽のせい?いいえ、運動で上がったプレサンスさんの体温……それからきっと、心の温かさのおかげでしょうね。一本一本の指先にまで行き渡るよに愛情を込めてなぞった後、手の甲の上に自分のそれを重ね、ザクロはそう確信して緩く口元を上げた。

「ザクロのためじゃないから」と二言目には言うけれど、それが私のためだということをプレサンスさんは隠している。まったく「運動と同じ位恩着せがましいことをするのが大嫌い」なあなたらしいものです――でも知っていますよ……「おみとおし」と表現してもいいくらいに、と心の中で囁きながら。

ザクロは、プレサンスの口に出さない心の内を当て推量に言ってみせ、彼女が否定しながらも照れている様子を見るのも好きだ。けれど、そうせずに自分の中でその喜びを噛みしめるのも同じくらい好きだった。プレサンスは「離れて」と言っておきながら、その実腕の中に収まったままそこから1ミリたりとも動く気配が無い。そんな少し素直ではないけれどそこが可愛い恋人をもっと近くに感じようと、ザクロはそっと自分と彼女との間の隙間を埋めるよにさらに抱きしめる。

プレサンスは冷静な性格を装ってこそいるが、その実とても照れ屋で不器用だ。そんなわけだから思っていることとは裏腹のことを言いもする。というか、そういったことがほとんどで、周囲に誤解を与えることも少なくはない。

けれどザクロはちゃんと知っている、プレサンスが内心を訊かれてそれを否定する時こそ、即ち図星だと。そして否定する時は、今は見えないけれど無意識だろうが瞬きの回数が多くなることを。出会ったばかりの頃は、彼女のその性格に戸惑うことも多かった。けれど、本心を滅多に口に出さない性格なのだと次第に理解できるようになって、その芯にある一途に自分だけを想ってくれる心に惚れ込んで。

そのうち、ザクロは恋人の内心や様子に気が付かないほど鈍感というわけではなくなった。付き合い始めた頃こそ、
プレサンスのその行動は主張する通りダイエットのためだと思っていた。それが自分の大会の前後の時期に合わせているのではないかと気が付くようになって訊くも、彼女にはそうではないと言われ。

だがプレサンスの性格からして内心は反対だと判ってきて、やがてしたいことをセーブしたり気の乗らないことをしてまで陰ながら応援してくれているのだと解ったのだ。彼女にこれまで真意を訊いたことはあるが「そういうわけじゃないから、私だって太ったのどうにかしたいって思う時期がたまたま偶然重なっただけでしょ」とはぐらかされている。

振り返ればこれまで、そして今も、ザクロがスポーツの大会を控えて体重を保つために食事制限を始めとする本格的な調整に入ると、プレサンスもなんのかんのと理由を付けて――今のように食べ過ぎたからリセットしなきゃだの、夏が近づくころには「水着が入らなくなったら困るでしょ!」だのと様々だけれど――普段は目が無い甘いものを一切断って果物で我慢したり、運動は嫌いだと言ってはばからないのに始めたりするのだ。そして大会の後には、ダイエットはもう終わったと言い張り、二人の出会いのきっかけになった、一番お気に入りのスイーツを店先に出ている分全て買ってくることも忘れない。

そんな陰ながらの、しかし心強い支えに応えようとする気持ちのおかげもあって、もっといえばプレサンスのおかげで、ザクロはこれまで様々な大会で良い成績を収めることができたのだ。大会が終わった後に顔を合わせた時や、会えない時にはホログラムメールで感謝の言葉を伝えてはいるけれど、「ザクロが頑張ったからでしょ、私特に何もしてないし」といつも最初の返事こそそっけない。ただ、その後、いつもあまり動くことの無いプレサンスの表情が緩み「……おめでと。かっこよかった」と少し照れたよに祝福してくれる顔の可愛らしさと言ったら!思い出すだけで締まりのない顔になってしまうくらいだ。そして、自分の勝利に顔を綻ばせる彼女が見たいしそう言ってくれる声が聞きたいからこそ、負けるわけにはいかないのだ。



抱きしめられ抱きしめたまま、どれくらいが過ぎただろう。日差しはこの時期わずかにしか見えない夕暮れのオレンジ色に染まっていて、青空から夜空への見事なグラデーションになっていた。

その時、ザクロは出しっぱなしにされていたフリーペーパーに目を止めた。

「……おや?その雑誌は」
「あ!ちょっと待ってそれなななんでもないから」
「そう言われては気になりますよ。なるほど、これは美味しそうですね」
「だめー待って見ちゃだめー!」

しまった、と思ったが遅かった。ザクロはプレサンスの慌てた反応を面白がるようにクスリと笑って写真を見やる。
ああ、ちゃんとしまっておくんだった。プレサンスは内心でガックリした。恋人がガマンしているものを写真であっても見せてしまった。

「私もちょっと太ったの気にしてたから、だから食べるのはダメだけど見るだけって思って!ホントに!い、いくら実物じゃなくても我慢してるとこにそういうの見せたら悪いし……」

それでも、優しいザクロは、意地っ張りなプレサンスは。

「私がスイーツを我慢しているのに、プレサンスさんはご自分が食べては悪いと思っている。そうでしょう?」
「バカじゃないの!……で、どう?いけそうなの?今度すごい強い人が出るって聞いたけど……」
「おかげさまで順調ですよ、ありがとうございます」
「だーかーらー私は何にもしてないから!それはそうとっ、勝ちなさいよね絶対。じゃなきゃ何のために体重キープしてるんだかわかんないでしょ」
「もちろんです。……大好きですよ、プレサンスさん。思いやりにあふれるあなたとお付き合いできること、とても幸せに思います」

ザクロは自分の部屋にあるクローゼットの、鍵のかかる引き出しにしまっておいたそれのことを思い浮かべながら言葉を紡いだ。

お互いのプライベートに深く関わる物は鍵をかけてしまっておく約束をしているし、それを破ったことはないからプレサンスはまだ知らないだろう。そこに何か月か前から入れてあるのは、黒い上質なベルベットで覆われた箱。その中身を――永遠に輝く愛の証を、勝利と共に捧げるつもりでいることを。

プレサンスのおかげもあって、ザクロはジムリーダーとしてもスポーツ選手としても安定した成績を収められるようになった。そうなるまで随分待たせてしまったけれど今年こそは、恋人以上夫婦未満ともいえるこの状態から正式に夫婦になるためにプロポーズをするつもりでいるのだ。試合には勝てるだろう、いや勝ってみせる。勿論トレーニングや専属のスタッフたちの支えといったものもそうだけれど、何より陰ながらの、しかしどんな応援よりも自分を奮い立たせてくれるプレサンスのそれのお蔭で負ける気はしない。手ごわいライバル達も出場すると聞いているが、あとは平常心で勝負に臨み優勝を飾るだけだ。

そしてザクロは、栄光と幸せに包まれたそのシーンももちろん「おみとおし」だった――プレサンスはちょっと顔を赤くして、でも大きな目を大いに潤ませていつも通り「バカじゃないの」……すなわち、「はい」と答えてくれるだろうと。

今年だけでなくこれからもずっと、プレサンスさんには私の背中を押してくれる人であり続けてほしいのです。だからこそ、あなたの応援に応えそして未来の見通しを実現するためにも、私は負けません。どうか見ていてくださいね。ザクロは言葉にこそ出さないけれど、赤くなったプレサンスの耳にそんな思いを込めてキスを落とした。



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