純白夜(前)


窓の外、バルコニーには夕方から降り始めた雪が積もりうっすらと白くなっていた。きっと1歩外に出るどころかドアを開けた時点で寒さを感じることだろう。
だがプレサンスはこれからもう間もなくすることの準備をしながら、外の様子とは反対に体の芯が熱を帯びて疼くよな不思議な感覚を感じていた。なんだかくすぐったい、恥ずかしい。けど、もっと――世界でたった一人、他でもない自分のためにズミが腕によりをかけたノエルのディナーコースを心行くまで楽しんで。そしてその後、今度は自分が台所に立ち生クリームを用いるけれどデザートともまた違う「もう一皿」の材料を準備しているところだった。右手に持った泡立て器をカシャカシャと軽い音を立てて動かしながら、ステンレスのボールの中の真っ白なクリームを見下ろして頃合いを見計らう。それなりに長く泡立ててきた分もうそろそろかもしれない。伝説の料理人と称されるだけあって、ズミは流石に極上の美食から家庭料理から果てはお菓子にまつわることまで知り尽くしている。そんな彼の「ツノが立つまで泡立てなさい」という指示に従って一生懸命に手を動かしてきたのだ。ズミは消えゆく物に対しても仕上げるまでに手間をかけることを信条としているからハンドミキサーを持っていないので、腕が疲れていないといったら嘘になる。けれどその目的のためとあれば原動力は尽きずに沸き続けるものだ。だって、彼が「そのこと」をしてくれるのはやっぱり待ち遠しいから。クリームが丁度よい状態に近づいていくにつれて顔も体も火照ってきていたけれど、それはいつしか熱に変わっているような気さえする。そう、ついには自分を焼いてしまいそうなくらいなものに――そんなことを思いながら、手を止めて振り向いた。
「ズミさん、できあがりまし…た…」
泡だて器から手を離し、プレサンスは振り返って後ろにいるズミに声をかけようとする。だがその途端に艶っぽい雰囲気を纏う彼が視界に入って、思わずそのえもいわれぬ艶めかしさに圧倒され言おうとした言葉は尻すぼみになってしまった。深い青色のナイトウェアを着て後ろのチェアにかけている彼の白い頬もほんのりと、心なしか上気しているようだ。口は開かず口角を少し上げる仕草で応える様子に心臓が思い切りドクンと跳ねる。そして何より、普段の鋭い眼差しの中に隠せない熱っぽさになおのこと鼓動は速まるばかり。ああ、やっぱりこの目ってゾクゾクしちゃう。プレサンスは体が今度は一気にカッと燃え上がらんばかりになったのをはっきりと感じた。だって自分の様子を後ろから見ていたこの燃えるよな視線を直に見た時の艶っぽさといったら。クラクラしない方がおかしいのだ――!そのまま何も言えないプレサンスと何も言わないズミが視線を絡め合う時間は、一瞬のはずなのに永遠のように感じられた。
そしてその状態のままどれくらいが過ぎただろう。しばらく経ってようやく口を開ける状態になったプレサンスは、自分の今の格好を思い出して今度は耳を赤く染め始めながらモゴモゴと言った。
「そ、そんなに見てて飽きないですか」
「全くそのようなことはありません。プレサンスは何時間眺めても飽き足らないものですよ…特に今の状態であればなおのこと」
「もう…」
プレサンスは今、彼に贈られた白いランジェリーの上にこれも白いフリルエプロンを身に着けているだけの状態だった。その恰好のままずっと生クリームを泡立てる様子を彼に後ろから観察、というより舐めるように見られていたのだ。部屋には暖房がきかせてあるから寒くはない。だが機械が送り出す生温い風なぞ、自身の中からこみ上げる熱と彼の視線に焼かれたせいか最早ほとんど意味を成していないに等しかった。眼福だと満足そうに語る目をしたズミの言葉はとてもこそばゆい。けれど…それ以上に、嬉しい。好きな人にそう言ってもらえるなら、恥ずかしいけど我慢できる、かな――そう思いながら少し照れたよな笑みをこぼす仕草に、ズミは可愛らしいものだとまた更に口元を緩く上げて立ち上がった。耳だけでなく白くきめ細かな肌もほんのりと色づき、体全体で恥じらいを見せるプレサンスの姿に昂ぶりながら。そのままカウンターに置かれたボウルに近寄り、その中身を男性としては細長い指に掬って状態を確かめる。ちゃんとしっかりと泡立てられた分、彼の理想通りの状態になっていた。
「クリームの状態もよいようですね」
「じゃあ…」
健気にも自分の指示通りにした恋人に向かってそう言えば瞳が一瞬艶っぽくきらめく。お墨付きを貰えたこと、そしていよいよ「お目当て」にありつけることが嬉しいとでもいうかのようだ。さしずめプレサンスの頭の中は今からすることへの期待で満たされていて、理性がかけらでも残っているかどうかといったところか。
だがそれはプレサンスだけでなくズミも同じだった。ハンドミキサーを持たなかったことをこれほど喜んだことはない。だって完成までに手間がかかる分プレサンスを長く見つめていることができたのだから。しかし同時に、これまで彼女を見つめている最中にジワジワとこみ上げてきた熱に理性を溶かされ最早消え去りつつあったのだ。寝室へ入るまでのわずかな距離であっても我慢の効かないくらいに――だから。
「そうですね。…ですがその前に」
「?」
クリームを、そのままプレサンスの唇に軽く触れるように塗ると。
「プレサンス」
「ん… …!ん、ふぁ」
名前を呼んですぐにちゅ、と音を立てて口づけを落とした。いや、そうするだけでなく桜色の粘膜を舌で割って彼女のそれと絡め、吸い、味わう。突然のことに苦しそうになった吐息にさえも情欲を駆り立てられてやまない。それに操られるかのよにプレサンスをもっと近くに感じたくなって、腕の中に閉じ込めて。そして柔らかな感触を愉しみながら手をそっと首筋から鎖骨、そしてふくらみから今度は背中に下ろして撫でていく。そのはしからビクリと体を震わす彼女の初心な反応にますます滾りながら、甘く仕立てた唇をしばらく貪った。
「っ、はぁ、いきなりなんて、反則です」
「プレサンスがあまりにも美しくて、味わうのを待ちきれなくなりましたのでつい」
唇を離した後、軽く喘ぎながら顔をますます紅色に染めて軽く抗議された。だが褒め言葉に包んで往なせば途端に大きな目を驚きに見開いたあとすぐ満足げになるのだから可愛いものだ。
さて、これで互いにとってのお待ちかねの時間は来た。夜は長い、ゆっくり堪能させてもらおう。ズミは今度は腰に腕を回してプレサンスを寝室へと導く――忘れてはいけない、クリームの入ったボウルもちゃんと持って。

ドアノブをひねって寝室へ入れば、こちらも暖房を予めきかせてあった分暖かい。先にベッドへ腰掛けさせたプレサンスも寒いとは思っていない様子だ。もっとも今から暖かいでは済まないくらいになるのですが――ズミはそう思いながらドアを閉めて彼女のもとへ歩み寄る。だがプレサンスは彼が素通りした場所に視線をやりながら気になることがあるようで。
「あの…電気、消さないんですか?」
「プレサンスの折角の姿がよく見えなくなりますので点けたままで致します」
「えっ、ひゃっ」
これからする行為が嫌ではないとはいえまだ自分の状態に恥ずかしさは残るのか、プレサンスはズミの返事にスイッチプレートの方を見ながら立ち上がりかける。だがその行く手を遮って、羞恥心を煽るよに少し意地悪な笑みを向けて。その笑みに彼女が見とれている隙に、互いに立ったまま何度目かの口づけを交わして、その間にエプロンも取り去り床に落とした。重ねた口づけは媚薬の役割を果たしたかのようだ。ズミは恥じらう雰囲気の中にも早く欲しいの、と無言で強請るプレサンスの雰囲気にあてられて。プレサンスはズミがこれからしてくれることに胸を高鳴らせて――ゴクン、2人の白い喉が同時に鳴った。



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