ルックミーヒアミー(前)


アサメタウンは今日も良く晴れた穏やかな日だ。心地よい風が、開け放った窓から少女らしくピンクを基調にした部屋の中へ吹きこんでくる。こんな天気ともなれば、普通ならどこかへ出かけたくなるものだろう。
だが、この部屋の主であるプレサンスはベッドに腰かけ天井を見つめて何やら考えている顔だった。腕に抱いたタブレット端末を白く細い指で撫でつつ天井を見つめて思考をこねくり回しても、これという答えが浮かんではこない。何が問題ってここぞって時に決められる決定打がないことなのよね。かといって電気タイプを入れるっていうのもちょっと。
天井など見ていたって仕方がない。視線を下げ、今までに戦ってきたあらゆるトレーナーたちとのバトルを思い出しつつ考えを巡らす。そしてそのままタブレット端末でインターネットにアクセスすると、ブックマークにあるバトル動画専門のチャンネルを呼び出しながら呟いた。
「ほんと、どうしたものかしら」

カロスを揺るがした大事件からいくつかの月日が流れた。その事件解決に一役買ったプレサンスは、その後カルネを破り新チャンピオンに就任する予定だった。史上最年少のチャンピオン誕生にカロス中が湧きかえったのは記憶に新しい。
だが、祝賀ムードも消えやらないうちにプレサンスはある問題に直面する。それは「水タイプ対策に新たに何のポケモンを加えるべきか決まらない」というものだった。
最初のパートナーだったフォッコが進化したマフォクシー、プラターヌに授けられたフシギダネから育てたフシギバナ、発電所の近くで出会ったナックラーが進化したフライゴン、そしてフレア団との戦いの中で救い出したゼルネアス。このメンバーはもう固定されていて、時々ファイアローやラプラス、ホルードを加えることはあったが、彼らはあくまで秘伝技が必要になった時に備えての要員だったからバトルをさせることはなかった。
旅に出てからは一般のトレーナーにはもちろん、ジムリーダーたちにだってメンバーは少ないながらこのポケモンたちで勝つことができた。ビオラやフクジ、マーシュやウルップにはフォッコで。ザクロやシトロンにはフシギダネやフライゴンでそれぞれ挑んで難なくバッジを手にした。それ以外に相性面では互角でも、コルニにはフォッコの【サイコキネシス】で、ゴジカにはフライゴンの【かみくだく】で弱点を突いて勝利を収めてきた。だから四天王だってそれは多少手強いはずだ、でもこの調子でなら勝てる。勢いづいていたプレサンスはそう信じて――いや、過信していた。
だが四天王に挑む段階になって、今までで一番の苦戦を強いられることになるズミと戦い。そして自分の手持ちが水タイプに対する確実かつ有効な策を欠いていることに遅まきながら気付かされたのだ。最初はセオリー通り有利なフシギバナを繰り出した。しかし四天王の一角を占める実力者たる彼が水タイプの弱点である草タイプへの対策を怠るはずがない。中でも特にギャラドスにはてこずった。まず特性のいかくが厄介だった。さらに飛行タイプも持っているために頼みの綱のフシギバナの攻撃が等倍になってしまう。その上草タイプに有効な氷タイプの技も使ってきて何度もヒヤリとさせられた。フシギバナとの絆が深くなければかわすこともできず危なかっただろう。結局、フシギバナをメガシンカさせて辛くも勝利。そしてその後も残る四天王たち、最後にはチャンピオンをも下し、彼女はついにカロスの頂点に立つこととなったのだが。

しかし苦戦の経験はプレサンスの生来のまじめで負けず嫌いな性格をいたく刺激した。これまで経験してきたバトルをほとんど終始有利に展開してきた分、その記憶はより鮮明に刻まれたのだろう。チャンピオンになったからってこれで安心していたらきっとまたいつか苦戦する、どうにかしなきゃ。チャンピオンの座に就くと決めたからには、弱点も克服してその立場に恥じないトレーナーであらなくてはと考えたのだ。

かくして研究に没頭し冒頭に至るわけだが――プレサンスにはある癖があった。一旦物事を深く考え込み始めると周りの状況をきれいに忘れてしまう、というのがそれだ。そして今がまさにその状態だった――だからその状態の彼女が、訪ねてきたはいいものの今は傍らで所在なげにしている恋人のことを半ば忘れかけていたとして、何ら不思議ではないのだ。

「プレサンス?ねえ、プレサンス?」
傍らで何度も名前を呼ばれるけれど、彼女は思考に没頭したままだ。フシギバナは毒タイプも持っているからたとえばスターミーやヤドキングなんかには不利だけど…あと飛行タイプにも。草タイプってそう改めて考えてみたら弱点少なくないんだわ。でもだからってパーティーから外すなんて考えたくない、あの子はマフォクシーの次に長く一緒に旅をしてきたんだから。となると…めまぐるしく回転する彼女の思考に自身の存在を思い出させようとする恋人――プラターヌの声も、プレサンスの三半規管が拾うことはなく。
「おーい、プレサンス?ボクの声聞こえてるかい?」
ああでもなければこうでもない。端末の画面に指を滑らせてさまざまなバトル動画のサムネイルを見る。しかしそれらがプレサンスの思考をまとめるまでには至らず、彼女はますます思案の迷路へと分け入ろうとしていた。
だが、その入り口でふとある考えが浮かぶ。
「プレサンスってばー」
そんな呼び掛けはプレサンスの鼓膜に触れずに溶けていくだけ。そうだ、ズミさんのバトルビデオもう一度見直してみようかな。じゃああの戦いを…一番自分を苦戦させた彼の動画はもう何度も見返して、今では技を繰り出す順番まで覚えてしまったほどだった。でもやっぱりレベルの高い戦いから学ぶことは多いし、前に気が付かなかった何かがあったりして。そう思ってズミの動画をまとめたリンクをタップし動画を再生し始めた、その時。
「プレサンス!」
「きゃ!もう、なんですか博士」
「聞こえているなら返事をしておくれよー…寂しくて死にそうなミミロルの気分だったじゃないかあ」
いきなり肩が触れる感触に気づいて顔を上げれば、いつの間にかプラターヌがベッドに座る彼女の傍らに並び肩を抱いていたのだった。彼の少し恨みがましそうな声がすぐ横から聞こえてくる。
まったく、いい年をしたひとがミミロルがどうだのなんてことを言って。プレサンスはこのだいぶ年上の恋人の、人を嫌にさせないそんな茶目っ気が好きだ。それが可笑しくて愛おしくてクスリと笑った。
「ふふ、博士ったらかわいい」
「ありがとう。でもそういうセリフはプレサンスみたいな子に言うものじゃないかなあ。男が言われてもちょっと喜べないなー」
「いいんですよ喜んで」
そうかなあ――しかし二の句を次ごうとしてもそれはかなわなかった。短い会話を終えると、彼女の目はまたすぐに液晶画面に注がれ始めたからだ。
タブレットは今もズミのバトルを撮影した動画を再生している。丁度彼の先鋒を務めるブロスターが【みずのはどう】を急所に当て、戦闘開始間もなくチャレンジャーのゴロンダをを戦闘不能にしたところだった。ヒントでも見つけたのだろうか、プレサンスはなるほどね、といった風に何やら納得した顔で頷いている。なんというか、ねえ。プラターヌはその様子を横目で見ながら内心で唸った。
彼女は素直なのだが、いつもマイペースというかとても淡々としている。感情もあまり露わにすることはない。しかしその表情が不意に変化を見せるときのその落差に気が付けばすっかり心を奪われていて、紆余曲折あって交際が始まって。しばらくは戸惑った、感情豊かとは言えないプレサンスの顔の微妙な変化を感じ取れるようになってくると彼女が嬉しそうにする様子が可愛いらしくて。だから今のような態度を取られようと別段腹は立たない。惚れた弱みというものなのかもしれない。でも恋人が来たからにはもう少し喜ぶ顔を見せてほしいものでもあるんだけどなあ、そう思うのは贅沢なことなのかなあ、などと思いながらプレサンスに訊ねる。
「ね、何してるんだい?」
「バトル動画を見て研究してるんです。これからチャンピオンになるからにはもっとバトルセンスを磨かないといけないって思いまして」
まだプレサンスの目は画面に向けられたままだけれど、プラターヌの問いかけに答える気にはなったらしい。それが嬉しくて声を弾ませた。
「さすがボクのプレサンス!君の常により良くあろうとするところは本当にグッドポイントだねー!…でも…」
よりによってどうして。画面に映る姿を見ながら、そう思わずにはいられなかった。



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