ミルクたっぷりカフェオレX杯+希望=Your ideal


走って、走って。本当なら走るのは苦手だけれど今この時だけ、絶賛開発中の〈速く走れるマシン〉を使っても出せるかわからない速さでぼくはエテアベニューを駆け抜けていく。

今日もミアレシティは賑やかで、そしてどこもかしこも人でいっぱいだ。良く晴れた空の下、カフェのテラス席でくつろぐ人とか、買い物袋を沢山提げてブティックに釘付けになっているのは、他の地方から観光に来た人かもしれない。色々な人やお店が目に入って来てはまた見えなくなっていく。

これだけ人出が多いとなると、裏通りの方にあるとはいっても今日は入れるでしょうか、いつかみたいに満席で仕方なく引き返す……なんてことにならなければいいんですけれど。

そう思いながら走り続けて見えてきたのは、目的地の小ぢんまりした赤レンガのカフェ。どうか空いていますように、って願いながらお店に駆け込んで、左右を見回した。先に来ていた人は何人かいたけれどよかった、席は空いていた。それならすることは1つだけれどどこにいるのかな、いつもなら……。

あっ、いた!カウンターの向こうのキッチンの下の方の棚から、何かを取り出していたみたいだ。左手には何か入れ物みたいなものを持っている、すらっとした女の人がぼくに背中を向けて立ち上がるのが見えて、途端に心臓がドキドキ鳴りだしたのを感じながら声をかけた。息は切れていて苦しいけれど、1秒でも早く気が付いてほしくて。

「プレサンスさんこんにちは!」

するとその人は、僕に気が付いてくれたみたいでくるっと振り向くと、いつもと変わらない微笑みを浮かべて迎えてくれた。

「いらっしゃいませシトロンさん、あちらのお席にどうぞ。すぐにご用意いたしますね」

10席だけのお店の中は半分くらい埋まっていたけれど、案内されたのはプレサンスさんが一番良く見えるお気に入りの席。ああ、今日もきれいだなあ。早速コーヒー豆やソーサーを手早く用意し始めたプレサンスさんをちらっと見てから、走ってきたことと会えたことでますます騒ぐ心臓を鎮めようとすぐに席に着きました。



プレサンスさんはこのカフェのオーナーにして、バリスタも務めていて、そしてウエイターでもある。1人でお店を切り盛りしているわけなんです。コーヒーも美味しいし、お店も割に静かで落ち着けるところもいいし――そしてまだ言えないし誰にも打ち明けていないけれど何より、つ、つまり……僕はプレサンスさんが好きで、ジムリーダーとしての仕事も済んで時間ができた時は必ず寄ることにしているんです。ここに来ると、発明のアイディアも自分の部屋にいる時よりもなんだか浮かびやすい気がするから、という口実で。

そしてプレサンスさんの、いつもはとってもおっとりした雰囲気なのに、コーヒーを淹れる時にはすごく真剣な顔をするところとか。年下の僕にも丁寧に接してくれるところとか(ただ正確な年齢まではわからないんです。「女の子に何歳ですかなんて訊いちゃダメなんだからね!」ってユリーカが怒るから、訊いたことはなくて)に見とれながら発明のことも考える、というように過ごしています。

その間にもプレサンスさんは手際よく手を動かしていて、そして「いつもの」モーモーミルクたっぷりのカフェオレのいい香りが、吹いてくる風に乗って僕のところへやってくる。思いついた発明のことを記録しているタブレットを取り出してはみているけれど、実のところ意識はほとんどプレサンスさんに向いていて。飲み物が出てくるまでもうそろそろかな、今日は空いているみたいだから少しでも話せたらいいな、難しいかな……。

「お待たせいたしました、いつものセットです」

そう思いながら待っていると、トレーにカップと、それからポフレがいくつか盛られたお皿を載せたプレサンスさんがやって来た。しかもこれは多分シャンプーのとってもいい香りもして、いっそう胸はドキドキするばかり。

「あっ、その、いつもありがとうございます!」
「いえいえ、こちらの言葉ですよ。それにあの時は本当に助かりましたもの。またいい発明のアイディアが浮かぶといいですね、ごゆっくりどうぞ」

「いつもの」ってプレサンスさんが言ったとたんに、他の大人の男の人何人かがこちらへ視線を送ってくる。驚いたようなのだったり少し棘があったりと色々だけれど、どうして僕みたいな子供が、って思っているのかもしれません。そういえばこの人たちは前からここでそこそこ見かけている気がしますが……そう、僕は自分でこう言ってはなんですけれど常連で、細かくオーダーを言わなくてもちゃんとよく飲んでいるメニューを出してもらえるんです。サーブを終えてまたカウンターの方へ戻っていくプレサンスさんの背中を見送って、声をかけてもらったことにちょっといい気分になりながらカップを口に運びました。

うん、やっぱりとても美味しいです。甘くてまろやか、ちょっとほろ苦いのもまたたまらない……そうだ忘れちゃいけない、さっきから出して出して、って言いたそうに揺れていたボールのスイッチを押して。

「エモンガ、出ておいで」

カロスのカフェでは、店内でも小型のポケモンであればボールから出しても構わないということになっているので、こうして一緒にくつろぐことができるんです。とはいえこのお店はスペースがそんなにないので、出してあげるポケモンは1匹だけということになっているんですけど。前の前に来たときはレアコイル、前はエレザードを出したから今日はエモンガ。ポケモンたちもみんなここのコーヒー味の苦めのポフレがお気に入りで、僕がほら、と与えると大喜びでぱくつき始めました。

……ところで、味覚に関しては僕よりもポケモンたちの方が大人なのかもしれません。エモンガの様子を微笑ましいな、って見守りながら、こうしてカフェオレをいただくようになった時のことを思い返して、そっと砂糖壺の蓋を開けました。



あれは、カロス発電所からの送電が止まった時のことでした。調査しても送電システムに何の異常も見当たらないし、原因は全く不明。それでもミアレはカロスでも一番大きな街だから、電気が送られて来なければたちまち大混乱に陥ってしまいます。この街を預かるジムリーダーとしても電気タイプ使いとしても放っておくことはできなくて、僕は家庭や会社に送電することにしたのですが……それを始めた最初の日の夜に出会ったのが、プレサンスさんでした。やっと念願のカフェを開いたのに、って途方に暮れていたところを、発明品を駆使して送電を成功させたんです。

でも僕はその日一日ミアレのあちこちを駆け回ってくたくたになっていて、その時疲れからか少しふらついてしまって。それを見て「お疲れでしょう、少し休憩していってください」って僕にはコーヒーとマドレーヌを、ポケモンたちにはコーヒー味のポフレを差し入れてくれました。

ただ……僕はまだコーヒーが飲めないんです、ミルクとシュガーたっぷりでないととても苦くて。だけどせっかく淹れてくれたのに、そんな子供っぽいことを言うのもためらわれて、ちょっと迷っていたんです。そうしたら何か察してくれたのか、そっと別にカフェオレを淹れ直してくれたんです。「ミルクたっぷり、まろやかですよ」って。

そして、その時に色々なことを話しました。ホウエン地方から旅行に来た時ミアレを、特にカフェをすっかり気に入って、この街で自分もお店を持ちたいと思うようになったこと。オープンした日までに停電が解決しなくてとても困っていたけれど、僕のおかげで助かったこと。感謝されながら飲んだあの時のカフェオレの美味しさは今でも覚えています。そして、その優しさにドキドキしていいなあ、って思うようになったことももちろん。だからこそそういうところが良くて、目立たない場所にあっても評判になったんだと思います。

でも、心配なこともいくつか。まずコーヒーの美味しさももちろんだけれど、それ以外に、プレサンスさんはすごくきれいな人なんです。だからプレサンスさんを目当てにお店に通って声をかける人だって本当に多いんです。ライバルは日々増えていく気がして……砂糖を入れてかき回しながら見回せば、今日だってほら。淹れたてのコーヒーをそっちのけでプレサンスさんにずっと熱い視線を送っている人もいますし、今日は来ていないけれどプラターヌ博士もそうですし……。

「プレサンスさんに会う度に幸せの定義を書き換えなくてはいけないと思うばかりですよ。美味しいコーヒーを淹れるあなたが誰より美しい、こんなに素晴らしいカフェはミアレどころか世界広しといっても2つとないでしょうね」
「嬉しいです、気に入ってくださって。これからも何卒ごひいきにお願いしますね」

この間行き合った時はそんな風に声をかけていたっけ。でも、プラターヌ博士がカウンターに身を乗り出すようにしてそう言ってもにこやかに返されるだけ。あしらっているのか気付いていないのかはわからないけれど。すごいなあ、僕もいつかあんなことが言えたら。でも、色男なんて言われて人気のある博士さえこうなんだし、僕が言ったところできょとんとされてしまうのがオチなのは解っているから、伝えられたとしても先のことになりそうだなあ……そう思って二人の方を見ていた僕に気が付いたみたいで、こっちを向いたプラターヌ博士と視線が合うと、唇だけで「強敵だよ」って言って肩をすくめながら苦笑いしてみせてきて、同じような苦笑いを返したことを覚えています。

「あらシトロンさんいらっしゃいませ……あの、シトロンさん?」
「え?」
「もしかして私の顔に何かついていますか?先ほどからずっとこちらを見ていらっしゃいますけど……」
「え!あっいえ、何でもありません」
「ふふ、何かありましたらお気軽にお申し付けくださいね」

いつの間にかプラターヌ博士は帰ったみたいで、でも気が付かずにプレサンスさんと見つめ合う形になっていました。ここで咄嗟に「きれいだから見とれてしまいました」って言えたらいいのに。でも、まだプラターヌ博士や大人の人みたいには言えなくてもどかしい。うかうかしていたらプレサンスさんに恋人ができてしまわないか、って心配で少しでも意識してもらいたかったけれど、でも例えるなら片言でしかなくて、自分でも照れくさくなってしまって結局言えずじまいでした。

そして何より。

「背の高い人、ですね」

お店に通うようになって少し経って、勇気を振り絞って「どんな人が好きですか」って訊けばそんな答え。「私、結構身長が高いので、お付き合いする人も同じくらいの背かそれ以上だったらって思っているんです。同じ目線で世界を見たくて」って。

聞いた時はちょっと落ち込みました。だって僕はまだ子供で、だから背もそんなに高いわけじゃない。まだまだ意識してもらえるには、近づくには遠いんだろうなって。恋愛の相手として見てもらえるには遠いんだろうなって。その日以来、背をすぐに伸ばすための発明にかかりきりになろうかと思ったこともありました。〈愛の告白自動生成機〉なるマシンを作ろうかとも考えました。

でも、色々そう考えはしましたけれどやめました。どうしてって?だって発明も楽しいけれど、このことだけはいつかは自分の口で伝えたいから。時間はかかっても、こうしてお店に通い続ければプレサンスさんに会えて、好きなタイプとか色々なことがわかるし、背の高さっていう距離ならカルシウムを摂り続ければなんとかできる気がするんです。

だから僕はお店に行く度、ミルク多めのいつものカフェオレをオーダーするんです。どうか待っていてください。背が伸びて一日でも早く一歩でもあなたに近づけますように――湯気でレンズに付いた曇りの晴れ間ができる度、今日も真剣な顔でコーヒーを淹れるプレサンスさんをそっと見つめてそう思うんです。



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