寂涼(後)


出店を他にもいくつか見て回って、色々なものを食べたり買ったりして。そしてハイライトの、220番水道の沖合から打ち上げられる花火は、やっぱりっていうかなんていうかすぐに終わった。そりゃ500発ぐらいだと、間を置きながら点火してはいてもそんなに時間はかからないからしょうがないんだけど。目をキラキラさせながら見入ってたプラターヌは、最後の1発が打ち上がって消えて行った時には「はあ」とも「ほう」ともつかない溜息を名残惜しそうについた。

別にアナウンスがあったり誰かに促されたりするでもないけど、マサゴタウンの納涼祭は花火が全部上がったらお開き、みたいな暗黙の了解がある。地元の人たちはもうほとんど引き揚げたみたいだし、よそから来てたらしい人たちも何とはなしに感じ取るのか、「楽しかったねー」なんてしゃべりながら公園の出入り口に向かっていく。出店の人たちも、人が途切れた頃を見てほとんど店じまいに入ってた。焼きそばの屋台のおじさんは鉄板の油を拭いたりしてるし、その向かいにある輪投げの出店のおばあちゃんは景品を箱にしまったりしてて。

もう、「終わる」んだなあ。私まで急にしみじみした気分になってくる。今年はいつも以上に切なさを感じるのは、きっと気のせいじゃない。

「終わっちゃったねー、プレサンス」
「そうね、でもこれで思い出作れたなら良かったじゃない。お店も閉まることだしそろそろ帰る?」

プラターヌがぼんやり呟いた。もう花火の消えてしばらく経つ空を見ながら。はしゃぎどおしだった分、終わった寂しさもすごく感じてるのかも。何にせよ終わるのを残念がってるからには楽しかったんだろうし、そういう思い出が最後にできたなら何より――もう、彼と一緒に出掛けることは無いんだと思うと悲しくて、でもそれは言ったらいけないことだから。そう言い聞かせて出入口の方を指差しながらそう訊いた……ら。

「やーちょっと待って!えーっとあれ違うな、こっちは景品だ……あった、これやってから帰ろうよ」
「線香花火?」

バッグの中をガサゴソやり出したから、何が出てくるのかと思ったら。目当てとは違うものを取り出しかけたみたい。顔はかっこいいんだけどちょっとドジなところもある、けどそんな姿さえなんだかサマになってるように見えるから不思議。そう思ってたら、彼が差し出してきたのは『ファミリーパック』って書かれた……大量の、線香花火。

「これやりたいの?」
「うん。カロスじゃ中々手に入らないだろうし、それに持って帰ろうとしてもほら、火薬が含まれてるから空港の手荷物検査で没収されちゃうよー。研究所のみんなの人数分買ったから多いんだけど、最後の思い出づくりにどうしても全部やっておきたくてさ。ねえ、締めくくりに付き合ってくれない?」
「い、良いけど。でもマッチとか燃えさし入れるバケツとかそういうのあるの?」

ドキドキしながら答えた。断れるわけない、好きな人にまっすぐ見つめられながら頼まれたら。それ私がドキドキするって解ってやってるの?カロスの人ってそういうのDNAレベルで得意なの?いつもなら遠慮せずにものを言う私なのに、なんでかこのときだけは訊けない。

「もちろん用意してあるよー。でもさすがにバケツは持って来てないなあ」
「しょうがないわね……じゃあゴミ捨てていくわけにいかないし、ビニール袋に水汲んでバケツ代わりにするってことで。ところで何本あるのこれ」
「40本だってさ。はいこれプレサンスの分ね」
「ありがと」

ちょうど持ってたビニール袋に水道の水を汲んで、すぐそこの丁度良い高さの木の枝に袋の取っ手を引っかける。そしてプラターヌが渡してきた花火を、少しだけ一緒にいられる時間が伸びたことを密かに喜びながら受け取った。

擦ってくれたマッチの火を先の方へ近づければ、2人分の花火は静かにパチパチと音を立て始めた。いつの間にか周りから人がいなくなってたから、その分わりと響いたのかもしれない。音を聞きながら、少しの間私もプラターヌもどうしてだか何も言わずにいたけど、7本目の燃え落ちたころに彼がぽつりと口を開いた。

「ボクはシンオウ地方に来て本当に良かったよ。進化のこともたくさん研究できたし、ナナカマド博士やプレサンスたちが教えてくれたおかげだね。ありがとう」
「そ、そう?例えば?」
「例えばベロリンガみたいに、特定の技を覚えた状態で成長すると新種に進化するとかさ。実は今カロス地方の学会じゃ、イーブイにはまだ新しい進化形が見つかる可能性があるかもしれないって話題になってるらしいんだよね。それで、ついこの間そのカギを握ってるのが特定の技だっていうところまで判ったから、その研究に役立ちそうだし……あとはそう、こんなに儚くて美しい花火ってカロスには無いんだ。さっき見た打ち上げ花火とは別の美しさがあるんだなって」

小さな火花を見つめながら語るプラターヌに合わせて、その方を見るふりをしながら横顔を盗み見る。彫りの深い顔立ちは、暗がりでぼんやり見える程度だったけど……やっぱり、かっこいい。

「そういえば今更だけどプラターヌって『綺麗』より『美しい』ってよく使うよね、ほとんど同じ意味なのに。口癖?」
「そんなによく使ってるかなー?そうかもしれないけど、ボクばっかりじゃなくてカロス地方じゃみんな普通に使う表現だよ」
「そういうものなんだ。こっちの感覚で言うと『美しい』ってちょっと大げさな感じがしてあんまり使わないかな……あ、もう落ちた」

私の方は、プラターヌの寄越した最初の1本以外は自分で選んだけど、火花が落ちるタイミングが早いのばっか引き当ててるみたい。これまで点けたものはみんな1分も持たなかった。涼しい風も気が付かないうちにもう止んだのに。不思議だけど、プラターヌと2人きりになれる時間が終わりを迎えるのを、容赦なくカウントダウンしているみたいでなんだか焦る。

お願い。もうちょっとだけでも、プラターヌといたい――誰にお願いするでもないけどそう思いながら、袋に燃えさしを入れて新しいのに手を伸ばした。その間にも彼は話を続けてた。ただ、いつもなら賑やかっていうか流れるように話すのに、今はすごくしみじみした口調で。

「お祭みたいな楽しい時間もそうだけど、3年の予定がこんなに早く過ぎるなんて驚いてるよ。それにしても嫌だなあ、面倒なリポートがあるんだよね。留学中に研究したことの内容をまとめないといけないんだけどさ、それに荷造りも。憂鬱だ……でも」
「手伝わないからね。それで『でも』の次は?」
「う、やっぱりプレサンスは手厳しいな。ともかくそういうことを乗り越えさえすれば、彼女にまた直接『君は世界一美しいね』って言えるんだよー!」

さっきまでのしんみりした雰囲気はどこ行ったんだか。浮かれた声でそう言って笑うプラターヌの顔は、きっと見事に緩んでるんだろうな……そっか。そうだよね。私は何も答えないまま思う。

プラターヌには、カロス地方で彼の帰りを待つ美人の彼女がいる。恋人の話題になったときに、本当に嬉しそうに端末に保存した写真を見せて回って「綺麗だな」って褒められて、自分のことみたいに浮かれてたっけ。実際相当の美人だった。そして、プラターヌは彼女を本当に大事にしてるみたいだから、こっちで何十人にも告白されたけど断ってるっていう噂もある……ううん、事実私はそういう現場を見たことがあった。マサゴタウンでも評判の可愛い子だったけど、「ボクにはとても大事な人がいるから、嬉しいけれど気持ちには応えられないんだ。本当にごめんね」って、困ったような笑顔を浮かべながらやんわり、でもはっきり断ってた。

その光景を目にした日の夜、私だってもしかしたら、ってちょっと自惚れてた自分をバカみたいって少し笑って、そのあとでたくさん泣いた。どうやっても、私はプラターヌの一番にはなれないんだって、断られたわけじゃないけど確信したから。恋愛なんてロクにしたことも無かったから、どうしたら良いのか解らなくて、でもそばには居たいって気持ちがあるのとフラれるのが怖いのとで、ずっと気持ちを伝えられないまま。さっきだって2人だけで出かけるなんてなんだか彼女みたい、ってちょっと浮かれてもいた。でもあくまで「みたい」であって、本物にはなれっこないのに。プラターヌはきっと私のこと、良くてシンオウのことを色々教えてくれた気のいい女友達くらいにしか思ってないだろうから。

それでも想いを断ち切れなくて伝えられなくて、それでもせめて傍に居たくて、好きだとは言えないで私はこの3年を過ごしてきた。

ぼんやり振り返ってたら、微かにコロトックやコロボーシの鳴き声が聞こえてきて。ああ、この声が聞こえるってことはもう秋だ……プラターヌがカロスへ帰る季節なんだ。夏も、私の恋も終わるんだ――。

「これが燃え尽きたら終わりね」
「そうだねー」

そう思ってる間に、プラターヌは自分の分がもう尽きたみたい。私の方もとうとう最後の1本になってた。彼がマッチを擦って火を点けてくれる。

「終わり」の意味がそれぞれにとって違うことにプラターヌが気づいてるかは、解らない。私も説明する気は無い。それで良いの。花火みたいに散らしたくない想いを、そっと心のアルバムにしまっておくことに決めながら、最後の1本を見守る。

さっきまで火を点けたのよりも少し長め――とはいっても3、4秒くらいだけど――の時間が経ってから静かに燃え落ちたそれは、どうしてなのか、見せなかった涙が代わりに一粒、寂しく零れ落ちたみたいに見えた。



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