同じ夢見を重ねれば


見つけた…!久々に足を向けたバトルシャトーのサロンの扉を開けたところで、ズミは思わず目を見開いた。想い人の後姿を視界に捉えたのだ。途端に心臓が跳ね出して鼓動が早くなる。部屋の一番奥まったところに置かれている椅子に、彼のほうへ背を向ける形で掛けている女性。顔を見ずとも分かる、あの雰囲気に背格好、それに大きな窓から入り込む日差しを受けて眩しく輝くシルクのよな髪、間違いなくプレサンスだ。一目で恋に落ち、夢にまで現れるようになったほど想っている相手を見間違えるはずがない。あの時言葉を交わす機会を逃して以来、溜息の回数が何倍にもなっているほどなのだ。夢の中であれば何度も逢ったけれど、現実でせめてもう一目、と願ってやまなかった相手にこうして会うことができた。それなら、今ここで声をかけずに何をするというのか。一瞬で決めた、するべきことはただ一つ…彼女のもとへ近づき想いを告げるだけ――思いがけず巡り合うことができた幸運に感謝しつつ、あの瞬間を振り返りながら扉を閉じ広いサロンの中へ足を踏み入れた。


あれは外せない用事諸々のためにミアレシティに出た時のこと。ズミは眉間に皺を寄せ、整った顔立ちをいくぶん損ねながらノースサイドストリートを歩いていた。全く、カロス最大の都市だから仕方ないとはいえ、いつ来てもなんと騒々しいのだろう。喧騒が好きな人間もなかなかいないだろうが、彼は輪をかけてそれが嫌いだった。一口に騒がしいといっても、厨房で耳にするそれはまだいい。料理を作るという共通の目的を果たすために生まれるものだから。でも、車のクラクションの音だの、旅行に来て気持ちが昂っているせいかは知らないが観光客の集団の大きな話し声だの、街に響く音は厨房のそれとは正反対。無秩序極まりなくて、ズミにしてみれば耳障り以外の何物でもなかったのだ。行きかう人々の中には彼に気付く者もいたが、顔を見ただけで分かる不機嫌ぶりに声をかけるのも憚られてただその背中を見送るだけだった。
そんな視線を受けながらも意に介することなく、ズミは通りを歩き続ける。頭の中は「なるべく早くリーグ本部へ戻ろう」という考えでいっぱいだった。だがそこで、そういえば次の角を曲がって表通りを逸れた道を行けば最後の目的地まで近道ができるのだった、と思い出した。人通りの多い辺りを離れれば騒がしさも少しくらいはましになるだろう。記憶を辿りつつ角を曲がり――思えば、その行動が全ての始まりだったのだ――そこから少しばかり歩いてローズ広場にさしかかった時、そこで行き合ったのは。
「ニャオニクス、サイコキネシス!」
「がんばってーヌメルゴン!」
声を張り上げながらバトルを繰り広げるトレーナー2人、それからオスのニャオニクスとヌメルゴン。街角でのバトルなぞ珍しくもないが、ズミはこの辺りならば割に静かだと思ったのだがとまた少し不機嫌になった。そして目論見が外れた苛立ち交じりに、声のしてくる方向にひと睨みをくれてやってから通り過ぎようとしたが…そこで足を止めた。いや、足が止まった。バトルを繰り広げる2人のうち、ニャオニクスに指示を飛ばす方の少女に目が吸い寄せられ、釘付けになっていたからだ。
「いい感じよニャオニクス、かわしてとどめにもう一度サイコキネシス!」
バトルが終わればその記憶は薄れゆくものだし、今目の前で繰り広げられているのは公式戦のように記録に残る戦いでもない。だというのに。真剣な眼差しで一瞬一瞬に全力を注いで相手をする彼女の真剣な姿勢は何と美しいことか!自分の理想そのものが人間の形を成したかのようなその姿がズミの脳裏に、目に、心に、一秒毎に焼き付けられていく。騒がしさについ今しがたまで苛立っていたことも忘れ、そこにしばらく立ったままただただバトルに見入っていた。瞬きすらするのも惜しくて目が渇くが仕方がない、一秒でも長く視界に彼女を映したかったのだから。一目惚れだ。目だけでない、心さえも奪われるとはこういうことなのか――心の底からそう思いながら。
やがて数分が過ぎたころだろうか、ニャオニクスが急所への攻撃を見事に決め、バトルは決着した。
「やっぱりプレサンス強いよねえ、バッジ6つ集めるだけあるよ!」
「えへへ、ありがとう。でもサナだってとっても腕上げてるじゃない、私も負けてられないわ」
モンスターボールにそれぞれの手持ちを戻しながら交わす会話に、ズミは余韻に浸りながらも耳をそばだてた。茶髪を2つ結びにした活発そうな少女が称えると、もう1人の少女は先ほどまでの真剣な表情から一転、照れたように微笑んで応える。なるほど、とズミは一人思う。ニャオニクスのトレーナーの名前はプレサンスというのか。バッジは6つ、となると、マーシュに勝ったということだ。ならば実力もなかなか高いようだ…だがそれではとても足りない、もっと彼女のことを知りたい、そう願ったのだが。
「じゃあ私そろそろ行くね。またバトルしようねサナ」
「うんもっちろん、付き合ってくれてありがとう!またねー!」
しまった、と思った時には遅かった。プレサンスはボールからリザードンを出してその背にひらりと跨る。そして何やら告げると、広場からあっという間に飛び去ってしまった。そしてサナとか呼ばれていた少女も、足が速いのかすぐに走り去りどこかへと姿を消した。待ってほしいと呼び止める間もないまま、追いかけることもできず、それ以上プレサンスのことを知る術は失われ、またいつかどこかで会えることを期待するほかなくなってしまった。
ともかくそんないきさつで、ズミは僅かなことしか知らない彼女にその日から文字通り焦がれ焦がされてきたのだった。

プレサンス、あの時耳にした名前をもう一度声に出さずに舌で転がしてみるだけで心臓が騒ぐ。普段はポケモンリーグ本部でチャレンジャーを待ち受け続ける身だが、彼女の訪れを悠長に待つのももどかしかった。早く会いたい、その一心だった。彼女が持っているバッジは6つだと聞いたから、自分のもとへ挑戦に来るのはまだ先だろうと思うとなおさら。バッジを8つ集めなければ挑戦できないリーグとは違い、シャトーは誰が来場するか分からない場。だから、もしかすれば…何故だか今日はそんな予感が強くして足を向けたが、なんと幸運な巡りあわせだろうか。ここのところ多忙でようやく作れた時間を割くのだって、彼女のためとあらば惜しくなぞない。
毛足の長い絨毯は足音消して、柔らかい感触を踏みしめ1歩また1歩。ズミがプレサンスとの距離を詰める度、音のしないサロンで何やら話している彼女の声は近くなってきていた。平日の午前中という時間が時間だからか、他の来場者はおらず静まり返っている。何かの用で出払っているのかメイド達も見当たらない。それに加えて来場した時、来場者の名前を城内に告げるアナウンスを入れられないことをイッコンに謝られたのをふと思い出した。何でも設備が今朝急に故障してしまったということだが、だから余計に静かに感じるのだろう。
「でね、…だから…」
プレサンスはズミが部屋に入ってきたことに気が付いていない様子だ。広い部屋なのと話に夢中になっているのとで、扉を開け閉めする音が聞こえなかったらしい。おっとりした聞き取りやすい声で彼の鼓膜を心地よくくすぐっているとは夢にも思わずに話を続けている。
だが、とズミは首を捻った。見たところこの部屋に自分たち2人以外の影は見当たらない。一体誰を相手にしているのかと不思議に思っていると。
「もうちょっとよ、ニャオニクス」
「ふにゃあ」
プレサンスに意識を集中させていたせいで気が付かなかったが、彼女の声に小さく相槌を打つ声がした。でも、人の声ではない。その時、同時に見覚えのある耳がプレサンスの肩越しにピョコと動くのが見えて謎が解けた。人間の話し相手を人間に限るのは早計だった、話し相手はあの時素晴らしい動きを見せていたニャオニクスだったのだ。ちょうど彼女が膝にでも抱いているからか、体が隠れてそこにいるのが見えなかったのだ。ただ、その低くなった声を聞くにさほど機嫌がいいわけではないらしい。しかし何が「もうちょっと」なのだろう。そう思う間にも話は続く。
「ごめんね、バトルの相手いなくて…またかって思っちゃうよね、でもちゃんと相槌打ってくれる子ってもうあなただけなの、他の子たちはこういう話始めたら3秒でそっぽ向いちゃうんだもん…サナやセレナは恋バナの相手させすぎちゃって飽きた、って言われちゃったし」
ズミはそこまで聞いて落胆しかけた。恋バナ、というのはつまるところ恋の話ではなかったか。誰か他に意中の相手がいるのだろうか、そこまでは考えていなかった――が。
「バッジあと2つでズミさんに会えるところまで来たからあともうちょっとだけど…四天王も時々ここに来るっていうから、もしも会ったときに備えてここで告白の練習するの!」
「!」
想い人の声で思いがけず名前を呼ばれて声が出かかったが、なんとか息を詰めて止めた。それにしても…告白の、練習?それはつまり、プレサンスがわたしを好いているということか?焦がれ続けた相手も同じ想いを抱いていた――両思いということなのか…?顔に赤みが差していくのがはっきりと自覚できる。
「今までズミさんに近づきたくて必死で頑張ってきたでしょ。だってだってホントにかっこよくって!リーグのバトルだって色んなのをもう何回見直したか…あのストイックな眼差しがたまらないの!」
「みゅう」
「この間見た夢でならちゃんと言えたのになあ、あなたが好きですって。でも現実でもいつ会ってもちゃんと口に出して言えるようにならなくちゃ!玉砕したっていいから絶対伝えたいし練習練習!ちょっと待ってね深呼吸するから」
「ふにゃ」
夢見るよにうっとりと語るプレサンスとは正反対にニャオニクスの声には抑揚がなかった。もし彼が人間の言葉を話すことができたなら、今きっと「やれやれ」とでも言ったことだろう。自分の本分はバトルなのに、と言いたげでもある。だが何やかやで主人の信頼を受けているのは悪い気分ではないらしく、すう、はあ、と深呼吸のつもりらしい呼吸をする彼女が話し出すのを待っているようだ。そして『練習』の準備を終えたプレサンスは、ありったけの勇気を込めたらしい声を絞り出して言った。
「好きです、ズミさん!あのえっと、私と、もっもし嫌でなければお付き合いしてくださいませんか!」
その言葉はズミが決意を固めるに十分すぎるほどだった。片思いの相手が自身を好きだという確証が持てた今、逃がしたくない、この機会も何より彼女も。次の瞬間にはあと十数歩の距離を一気に詰め。そしてテーブルの上に置かれた右手に自分のそれを背後から重ね、口は返事の言葉を紡いでいた。
「ええ、わたしもです」
「きゃあっ誰!?…っ、え、ず、ズミ、さん?!」
突然降ってきた返答と右手に重ねられた体温にプレサンスは相当驚いた様子で振り返った。さらにその数秒後、手を重ねてきた相手の顔を見て信じられない、といった風に大きく目を見開きながら上ずった声で叫ぶ。顔も途端に湯気が出そうなほど真っ赤になっていく。ニャオニクスも驚いたのか、目を真ん丸にしながらズミの方を見上げて来ていた。
「…あの、もしかしたら聞えてまし、た?私が、言ってたこと」
「『もうちょっと』の件からここまで全てを聞いていました。驚かせてしまってすみません。ですがわたしはあなた…プレサンスを、一目見た時から想っていたのです」
「ど、っど、どうして、いつからですか」
「少し前、ローズ広場でバトルをしていたでしょう。その時わたしの理想そのもののあなたを目にして、それ以来毎晩夢に見るほどに想い続けて来たのです」
「え…あ!わ…私も!そのっ、ズミさんのこと好き、です!いつも夢見て頑張ってたんです、いつか、いつか両想いになれたらって」
プレサンスの大きな瞳にたちまち光が満ちていく。想い人に想いが通じた幸福で満たされていくその表情も美しいと思いながら、ズミはじっと眼差しを注ぎ改めて愛の言葉を捧げた。
「それはわたしも同じこと。わたし達は同じ夢を見続けていたのですね…愛しています、プレサンス。逢ったばかりで不躾とは思いますが、この機を逃すわけにはいかないという気持ちが勝ったのです。どうかわたしの想いを受け入れてはいただけませんか」
「は、はい!喜んで…!ああ夢みたい、ズミさんとお付き合いできるなんて」
「これを夢と呼ぶのなら、正夢と呼ぶべきでしょうね。互いに夢に見ていたほどの想いが実ったのですから」
「はい…!あ、そうだ」
感激に瞳を潤ませながら傍らのパートナーの方へ振り向き、プレサンスは喜びにあふれた声で言った。
「すごいわ、ズミさんと両思いになりたいって思ってたらズミさんもそうだったって!いつも夢に見た夢が本当になったのよ」
「みゅう」
ニャオニクスは聡い種族らしく、これからは恋の悩みの代わりに惚気を聞かされるのだろうと予測しながら半ば諦めたように返事をした。
ただ、恋の成就に浮かれたプレサンスに、そんな響きは届かなかったのだけれど。



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