パルレッスン(後)


「少しあのベンチで休みませんか?喉が渇いてきました」

しばらくプレサンスに付き合って、彼女の周りでの押し合いへし合いに負けて自分の方にも寄ってきたフラベベを何匹か撫でた後。ザクロはこの場所からもう少し先の地点を指し示しながら切り出した。

花畑を抜け、バトルシャトーの正面玄関も過ぎたところの階段を上ればすぐそばにベンチがある。気温が少し上がってきていたから嘘ではない――ただそれだけではなく、フラベベたちと離れるための口実といったほうがよかったけれど。

ザクロの思惑に気が付かないプレサンスは「はーい」と答え、「もう行くから、またいつかね」とフラベベたちに手を振り別れを告げて歩き出す。彼らも存分に撫でてもらって満足げな様子で、二人の周りから離れるとまた風に乗って気ままに漂い始めた。

「……プレサンスさんはずいぶん懐かれていましたね。フラベベたちも気持ちよさそうでした」
「はい!やっぱりポケモンと触れ合うのっていいですよね、みんなとっても可愛かったです。そうだ、喉渇いてるならミルクティ持って来ましたよ、それからサンドイッチも」
「ありがとうございます」

ザクロ以上に存分に触れ合ったプレサンスは、彼の心中を知らずにニコニコしながら言う。その笑顔はもちろん可愛らしい。しかしその理由は、自分ではなく初対面の野生のポケモンと触れ合ったからなのだと思うと……それでもザクロは、何とも思っていないふりで返事をするとまた歩き始めた。楽しんだところに水を差すことを言うのも気が引けてしまうあたり、自分はやはりプレサンスさんに弱いのだ、と思いながら。

眩しさを増した日差しの中を、二人はベンチに向かって歩いていく。すると少しして、バトルシャトーの正面玄関が右手近くに見えてきて――。

その時ザクロは、不意に思い出すことがあった。先日マーシュから受け取った案内状の日付は、確か今日だった。聞いたところでは、自分以外のジムリーダーたちにも出したそうだが、結局今日はプレサンスとの約束が先にあったので応じられないという返事を出したのだ。彼女もよく出入りする場所だからやはり気になるらしく、通り過ぎる時に風格のあるこげ茶色の扉の方をちらりと見ている。それにつられて、少しだけでも寄っていきましょうか、とついザクロも足が向いてしまいそうになる。

それでも、いえ、今はデートなのだからプレサンスさんとのことに集中しなくては――それに先ほど頭の中に浮かんだことを実行するためにも。

ザクロは心の中でマーシュに謝りつつバトルシャトーを通り過ぎ、階段を上って目的のベンチに着いた。プレサンスは一足先に座り、提げていたバスケットから飲み物が入っているらしいジャーを取り出している。その横にザクロも腰を下ろして、さりげなく話し出す――心臓を、今まで登ってきた中で一番高い壁を攻略した後のようにバクバク言わせて。

「ポケモンたちと仲良くできることはとても素敵なことですね。あのように撫でたりして」
「ですよね、みんな嬉しそうにするからなんだかこっちまで嬉しくなっちゃう」
「それはよかった。ただ……思ったのですが」
「なんですか?ってあれ、喉渇いてたんじゃ」

プレサンスは恋人の話の続きを小首をかしげて促した。だが、ザクロはその間にジャーをバスケットの中へ仕舞って蓋を閉める。そして、自分の行動を不思議に思っている様子の恋人に向き直ると本題を切り出した――今はあえて、彼女に触れずに。

「ポケモンに触れて喜んでいるプレサンスさんはもちろんとても可愛いらしいです。ですが、私もプレサンスさんにより触れてほしいし、プレサンスさんをより感じたい。今日、今までになく強くそう思ったのです」
「えっ!?ど、どうしたんですかいきなり」

恋人の突然の主張に、プレサンスは大きな目を瞬かせてポカンとしている。顔には「一体どういうこと?」と大きく書かれ、また赤みが差し始めていた。ザクロは少し彼女の方へ身を乗り出すと、顔を覗き込んで切々と訴えるように囁く。

「今まで寂しかったのですよ。私はせっかく恋人同士になったのだから触れ合いたいと願ってきたというのに、私からプレサンスさんに触れるばかりで、プレサンスさんは恥ずかしがって私に触ってくださらないでしょう。だというのに、ポケモンは触ってもらえるのだと思うと」
「そ、そうだったんですか?」
「そうです。そして今日、プレサンスさんがポケモンに気軽に触れることができるのは、慣れているからではないかと考えました。違いますか?」

触れてほしいけれど、無理強いまでしてプレサンスを傷つけるのは、自分が嫌われる以上に辛い――だから今までザクロは、そういう光景を見ても羨ましいとは思うものの抑えていた。

けれど、今日は自制が利かなくなってくるのと同時に、間近で観察していてプレサンスの手つきがよく慣れたものだということに気が付いた。そしてザクロは閃いたのだ。触れてほしいと迫るだけでは、彼女は戸惑ってしまうだけだろう。でも要は慣れてくれればいい、そのためには触れ方を教えて慣れるようにすればいいのだ。無理強いとは違うことのはずだ、と。

すると、プレサンスも思いあたることがあったらしい。ザクロのストレートな発言に面食らった表情はそのままだが、以前のことを振り返りながらぽつりぽつりと話し始める。

「うーん……そう言われてみればそう、かも。確かに最初のころ、私の手持ちで言えばゲッコウガは血の気の多い子だから、撫でてほしくないところうっかり撫でて威嚇されちゃったし……あと、フレフワンは臆病な子だから手を伸ばしかけただけで怖がられちゃいました。だけど、この子ともっと仲良くなりたいって思って慣れてくれるように頑張ったからかなあ、二匹とも今は撫でられるのが好きになったんです。それで慣れたっていうか自信が付いたっていうか……」
「そうです、それです。プレサンスさんが思ってしていたことは、まさしく私が普段から思っていることと全く同じです。それに、やはり触れる相手がポケモンであっても人間であっても、つまるところ慣れが必要ということですよ。方法を教えて差し上げますから試してみましょう?いわばこれは『レッスン』です」
「えっと」
「まずは基本の手に触れるところから始めましょうか。ほら怖がらないで、威嚇したりなどしませんよ。もちろん怯えたりも。ね?」

観察は的外れではなかった。そんな嬉しさから、ザクロは彼にしては珍しく勢い込んで言った。そして緊張をほぐすようにプレサンスに笑いかけて手を差し出せば――素直に気持ちを伝えたのが良かったのかもしれない。

「うーん……じゃあ、やってみます」

少し戸惑いながらも、プレサンスはそっとその白く柔らかな手を伸ばして、ザクロの手に重ねて……撫でた。

ああ、念願がついに叶った――!ザクロは重なり合った手を見つめながら、バトルや大会で勝利を収めたときとの喜びとも違うそれに心の底から浸った。

心臓がうるさいくらいに高鳴っている。男の自分の手、それも崖や自転車のハンドルなど固いものにばかり触れてきた手とは違う、プレサンスのすべすべした、華奢な手。きっと嬉しいのは、誰より愛おしいひとの手だから。自分から手を握る時よりも、プレサンスの手の感触が心地良く感じられるのは、きっと気のせいではないはずだ。ぎこちない手つきなどまるで気にはならない、むしろそのことさえも愛おしいことこの上ない。

「こう……ですか?」

おまけに、はにかむような笑顔を浮かべたプレサンスがこちらを見てくるものだから嬉しさのボルテージは急上昇して、次の瞬間。

「わあ!」
「今なら壁どころか天にものぼることさえできてしまいそうな気持ちです……!ですがすみません、驚かせてしまいましたね」

本当に嬉しくて、衝動を止められないくらい本当に嬉しくて、ザクロは思わずプレサンスを抱きしめてしまった。また照れて黙り込んでしまうだろうか、というよりプレサンスさんから触れられるように教えるはずだったというのに。私がいくら嬉しかったからといってこうしてしまっては今までと変わらない、何の意味もないではありませんか。勢い余っての行動を反省しかけたザクロだったが。

「!」

今度は彼が面食らう番だった。プレサンスの腕が、首の後ろに回る感触がしたのだ。

プレサンスさんが、私に、応えてくれた――?ザクロが思わず腕の中の恋人を見下ろすと、彼女は先ほどと同じようにはにかんだ笑顔のまま言った。

「ザクロさん、今まで寂しい思いさせちゃってごめんなさい。勇気出してよかった、こんなに喜んでくれるなんて……これから恥ずかしがるのやめるように、がんばります。時間はかかるかもしれないんですけど」
「いいんですよ、ゆっくりで。それにしてもお上手です、よくできましたね。ご褒美にしばらくこうしていましょう」
「はぁい」

そっと体を預けてくるプレサンスをしっかりと受け止めながら、ザクロは思う。これでレッスンその1はクリア、100点満点。これからはもっと積極的に触れるようにすることを目標にしたいものです。

きっと今、自分たちの周りには見えないハートが沢山飛んでいるに違いない。花畑にハート満開、というのも詩的ですね。ザクロは日差しの眩しさだけではない、自分の想いを受け止め勇気を出した恋人のいじましさにいっそう愛情が深まるのを感じた。そして、周りの世界をシャットアウトしてさらに幸せに浸ろうと目を閉じた。

ところで、最後にこのことを付け加えておこう。

「ほんまお熱いわあ。あ、せやからうちの案内状によう行かんてお返事書かはったんね」
「だから……あれだよ、若いってのはいいもんだよ」
「微笑ましいことだねえ」
「あれは愛情。この先長くお互いを想い合うこと」

そう口にしながら穏やかに見守る目が8つと。

「いいじゃないのいいんじゃないの二人のランデヴーいいじゃないの!あーんそれにしてもなんで今みたいなタイミングに限ってカメラのバッテリーが無くなるのー!?」
「すっごーい愛爆発ッって感じ!」
「きっと今こそ触れ合いがお二人のラブの扉を開くときなんですね!」

そして、興奮気味に見守る目が6つ。そんか合計14つの眼は、互いの温もりを喜び合うザクロとプレサンスを、バトルの社交場の窓からしかと見ていたのだった。



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