あの子はどちらに微笑むか(前)


カロス地方のポケモン図鑑を持つトレーナーは月に1度、どんなポケモンをどの位捕まえたかっていう状況を図鑑を渡した責任者に報告する必要がある。
で、オレもその1人だからもちろんしないといけない。でもこれ何が面倒って、このネットワークの発達した時代に対面でやるってこと。ホントなんでこんな決まりがあるんだか、前々からそういうことになってるっていうし義務なら致し方ないけどさ…
そんなことを思いながら責任者のプラターヌ博士の研究所の門をくぐった。もう何度も来てるから勝手は分かってる。受付のお姉さんに挨拶してから入り口正面のエレベーターに乗って、博士のいる3階のボタンと【閉じる】のボタンを押した。エレベーターはスムーズに上昇していく。今回もどのみち型通りですぐ終わるはずだ、また自主トレしようって思ってたんだ…けど。

「〜・です…」
「…〜〜〜!」
軽い音と一緒に扉が開いたエレベーターから降りて1歩目を踏み出す。すると聞き覚えのある声がパーテーション越しに漏れ聞こえてきた。マシンガンみたいに途切れずに言葉を連射してる聞きたくもない声。それと、いつまでだって聞いてたいゆったりした声。またか…ちょっと嬉しくなったけど、でも何が起こっているのかが分かってすぐにげんなりした。なんで、って。
「ああプレサンスに会えるなんてボクは本当に幸せ者だよー!さあ図鑑の前にもっと顔をよく見せておくれほら照れないで、もっとも恥じらうキミももちろん素敵だけどね!やっぱりだ、ちょっと会わないうちにまた綺麗に…」
もうお馴染みになった光景――プラターヌ博士がオレの幼なじみで片想いの相手のプレサンスをまた口説いてる真っ最中だったからだ。でも…させませんからね。先に誰か来てることに気が付かないふりをして博士たちがいるスペースに顔だけ出した。ここにいるのがプレサンスだけならどんなにいいかって思いながら。
「こんにちは博士、図鑑の報こ」
「やーカルム君かよく来たね。立っているのもなんだからそのあたりの椅子にでも座っていてくれるかい、プレサンスの図鑑チェックがまだ続きそうでね」
あの、まだ言いかけなんですけど…プレサンスの前で本性は見せたくないのか、博士はオレの言葉を遮って返事しながらひとまず、でももう棒読みもいいとこな声でおざなりに椅子を勧めてきた。しかも口には出さないけど「よくも二人きりの時間を邪魔してくれたね」とか、そんなことを言いたげな雰囲気が嫌でも伝わってくる。だけどそれは一瞬のことで、目はプレサンスに向けたまますぐにまた話を始めた。あの子もオレが来たのに気が付いたのかこっちを見ようとしたけど、博士が話しかけてきたからかそっちに向き直ってしまった。
やれやれ、しばらく時間がかかりそうだな。プレサンスは優しい子だし、話を遮らないで全部聞いてしまうだろうから。突っ立ってるのも何だからパーテーションから一旦離れて言われた通り椅子に座って待つことにした。でもそうしながらも顔がムッとした表情を浮かべてるのが分かる。大体何が「図鑑チェックが続きそうでね」だ。それにかこつけてあの子と話す時間を長引かせようとしてるくせに。

プレサンスとオレはほんの赤ん坊だった頃からの幼馴染だけど、その贔屓目抜きにしたって可愛い。その上旅に出てからはバトルもどんどん強くなって、あっという間に可愛いくて強いって有名なトレーナーになった。
で、そんな子がほっとかれるわけがないわけで(そしてオレも例外じゃないわけで)。ライバルは少なくないけど、プラターヌ博士もその一人だ。
この人もずいぶんプレサンスにご熱心ときてる。まず出会ってそんなに経たないころから好きだって言ってるのを何度も見た(そして今もまさにそうだ)し、聞いた話だけど週に1度必ずデートの誘いをかけていたりもするらしい。でもあの人は自分との年齢差を意識したことはあるんだろうか。いくら成人してる同士とはいえだいぶ年下に迫るのは世間的に危ないって思うことはないのか…?いや多分というかきっとないよな、そういうことを気にするタイプじゃない気がするし。
それにしたって…かたやさっきまでプレサンスに向けていた、発するそばからバラでも咲きそうな感じの声のトーンからガラッと変わって、オレにはマイナスの感情以外何もこもってない【ぜったいれいど】数十発分はあるだろう感じの冷たい声。差がありすぎなんじゃないか?ポシティブに解釈すれば人間はいろんな声が出せるってことなのかもしれないけどさ…いくらなんでもあれは対照的すぎるだろ、ちょっと。

そんなことを考えている間にどれ位経ったんだろう。図鑑チェック(っていう名前の口説きタイムだけど)は終わったらしい、プラターヌ博士とプレサンスがパーテーションの裏からようやく出てきた。博士は名残惜しそうにエレベーターのところまであの子を送りながらまだ愛の言葉を囁き続けている。よくもまあベラベラ回る舌だな、というかそんなに気安く話しかけるな、早く離れろよ。博士に向ける視線に音のしないブーイングを込めながら、その様子をほとんど睨むように見ていた。
「それじゃあ博士ありがとうございました、失礼します」
「運命は冷酷きわまりないね、もうボクとプレサンスのランデヴーの幕を引こうとしているなんて…約束だよ必ずまた来ておくれ可愛いプレサンス!今度は焼きたてのミアレガレットとシャラサブレをたっぷり用意して待っているからねー!それと今度の日曜日にアズール湾に繰り出すのはどうだい?青い海、白い砂浜にキミ!きっとこの世のどんな人やものよりも美しいに違いないね、想像しただけでうっとりだよー…!」
「もう大げさなんですから。でもそのアズール湾に行くお約束はできないんです、ごめんなさい…従妹が結婚するのでお祝いに行くんです」
「うーんそうか残念だなあ、でもプレサンスのためならいつまでも待っちゃうよー!なんならタキシード着て、もちろん真っ白なドレスを着たキミがヴァージンロードを進んで来るのをね」
「ふふ、博士はいつも面白いですねえ」
プレサンスは笑ってるけど、こんな笑えない寒いギャグ聞いたことない。夏も近いっていうのに思わず身震いした。万が一そんなこと(あり得ないけど)になったら、オレは式が始まる前に乗り込んでプレサンスだけ攫ったら博士は置いてきぼりにしてやるんだ、ヴァージンロードで一人待ちぼうけくらってればいいさ。ただ、幸いなことにあの人の熱烈な囁きはいつも笑って流されている。思うにあれだけ好きだ好きだって言ってるのにあんなふうに本気にされてないのは、連発される分かえって重みが無いからかもしれないな。あとは何よりカッコつけすぎなせいだ。
しかしだいたいいつまで待たせる気なんだ?博士はまだまだしゃべり続けるつもりみたいだったけど、これ以上プレサンスにベタベタされてたまるもんか。
「プレサンス」
「あ、カルム。時間かかっちゃってごめんね。図鑑どう?埋まってる?」
プレサンスの名前を呼びながら2人の間に割って入れば、小さい時から変わらないぱっと花の咲くような笑顔に一瞬で心臓がうるさくなる。お願いだからこれ以上他のヤツにその顔を見せないでほしい、って見る度にいつも思う位だ。
「ぼちぼちかな。そっち…プレサンスは?」
またわざと名前で呼んでみる。プレサンスの前だからだろう、博士は穏やかに見守ってますってふりしてる。でも顔には隠しきれない苛立ちが確かに見えていた。いい気味だ、待たせる上にオレの大事な幼馴染に馴れ馴れしくするからですよ。ただプレサンスはオレ達の戦いには気が付いてないんだろう、訊かれたことに素直に答えてくれる。
「いいなあ、私はまだまだ。特にメェークルがなかなか…すばしっこくていつも逃げられちゃうの」
「プレサンスは昔からのんびり屋だもんな。逃げられたって不思議じゃないだろ」
「えーっそれ関係ある!?」
しゅんとしたプレサンスにからかうように言えば、柔らかい頬っぺたを少し膨らませて、でもすぐに元の笑顔に戻った。オレはあなたと違ってこんな風に色々話が弾む位長い付き合いなんですよ、って意味を込めて「昔から」のところを強調しながら博士の耳にねじ込んでやれば――作り物の笑顔を浮かべていた博士の唇の端が歪んだのが確かに見えた。こうして軽口叩きあえる位の仲なんだってアピールはできる時にしとかないとな。それで、と。
「それはそうと来週の日曜空いてる?」
牧場があるから、そこで慣れて捕まえる時の参考にすればいいんじゃないか。そんなもっともらしい理由を付けて、あと牽制も兼ねてデートに誘おうと思って言いかけた…けど。プレサンスはオレが話しかける寸前にふと腕時計を見ていたんだ。そして大きな目をまん丸にして驚いたように言った。
「あっいけないこんな時間!サナと待ち合わせしてるからもう行かないと」
「そっか。じゃあまた」
そう上手くはいかないか…でも会えただけいいってことで。それにオレはどこかのナンパ博士とは違って会えたときにここぞとばかりに話しかける必要なんかないんだし。しつこい男は嫌われる、ってね。
そう思いながらプレサンスがエレベーターに乗り込んだところを見送ろうとした――ら、扉が閉まる直前。
「じゃあねカルム、またバトルしてね!やっぱりカルムとのバトルが一番燃えるから約束よ、後でホロメール送るし私も鍛えておくから!じゃあねー」
「っ…あ、もちろん!」
にこにこしながら手を振ってくれて、柄にもなく頬が緩んで赤くなる。やった、声に出さずに呟いた。見ました博士?これが距離の違いですよ――扉の向こうに消えていくのを見送りながら、プレサンスの前でクールぶるのはなかなか難しいなんて思った。



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