パルレッスン(前)


雲一つ無い青空から、久しぶりに柔らかな日差しが降り注ぐ。真っ直ぐに伸びるリビエールラインを遠くまで見渡せば、青々とした葉が茂り、今を盛りと色とりどりの花が咲き誇っているのが見える。今日ほど春爛漫という言葉が似合う日もないだろう。コボクタウンで落ち合ったばかりのプレサンスもザクロも、眩しさに目を細めながら春の穏やかな空気の中を歩き始めたところだった。

「ピクニックにぴったりな日ですねっ!」
「ええ、最近ずっと曇りでしたからね。晴れてよかったです」

プレサンスは本当に嬉しそうに声を弾ませて、ザクロに向かって首だけ振り返りながら言った。はしゃぐ顔は煌めいている。ザクロも口調こそいつものように淡々としているが、その中にもようやく会えた恋人とのひとときを、いい天気のもとで楽しめる喜びをまとっていた。

―が、問題が一つ。

「プレサンスさん、そんなに急がないでもリビエールラインは逃げないと思いますよ」
「だって久しぶりのデートじゃないですか早く行きたいんですよ!ほらザクロさんも早く早く!」
「それはもちろん解りますが」

プレサンスが弾ませているのは声だけではなくて、足取りもそう。現に彼女はザクロの3歩くらい先を行っていた。そのままスキップでも始めて、彼を置いて行ってしまいそうなほどだ。前々からピクニックに行きたがっていたけれど、天気が不安定だったことや、チャンピオンとジムリーダーという互いの多忙な立場もあってずっと見送ってきた。今日はようやく希望がかなって嬉しいのだろうし、ザクロだって、プレサンスが言葉通り久しぶりのデートに心を躍らせているのも解る。

そう、解るけれど。ザクロは、折角一緒にいるのにこんなに距離があるなんて、と距離を詰めてから、プレサンスの肩を抱いた。

「プレサンスさんに置いてかれてしまっては寂しいですよ。こうしていましょう?」
「!」

動きを止めたプレサンスが、大きな目に驚きを浮かべてザクロを見上げてくる。彼ももちろん応えるように恋人の顔を覗き込んで笑みを向けた。

……けれど。プレサンスの反応はと言えば――まず固まって胡桃のような目を大きく見開いて。次に、耳まであっという間に真っ赤に染めて、そして最後に俯いてしまった。

また、ですか……。ザクロは声に出さずに唸った。

付き合い始めたころから、ザクロはプレサンスへの愛情表現を色々な形でしてきた。愛の言葉を囁くのに始まり、キスを送ったり、今のようにいやらしくない程度に触れたり。もちろん彼女も喜んではくれる――ただし、最後の触れることだけは例外だった。嫌がりこそしないが、こうして恥ずかしがって受け身になってしまうのだ。

最初の頃こそ、プレサンスが恥じらう様子はたまらなかった。けれど、そうするうちにザクロから触れることが当たり前になって、彼はいつしか「プレサンスが自分から触れてくれない」ということに物足りなさを覚えるようになっていた。やはり好きな相手には、一方的に触れるだけでなく触れ合いたいではないか。カロス地方では、恋人同士が触れ合うのは当たり前のことだけれど、プレサンスは他の地方の出身だからかまだまだこういったボディコミュニケーションを異性に積極的にする、といった発想が無いようなのだ。

かといって、プレサンスは触れ合うことが嫌いなわけではないらしい。手持ちにはためらう様子もなくそうして大喜びさせているところを、ザクロは何度も羨ましく思いながら見たものだ。ある時など、プレサンスに撫でてもらっているゲッコウガと目が合ったが「どうだ、羨ましいだろう」と言わんばかりの目線を寄越されて。ザクロは彼女の手前平静を装いはしたけれど、実に堪えるものがあった。

そんなわけだから、ザクロはコンパスが長い分先ほどのように物理的な距離を詰めることなど造作もない。でも、プレサンスの自分への心理的な距離はまだ遠いように思えてならなかった。プレサンスさんはポケモンには自分から触れられるというのに、私には何故そうできないのでしょうか?かといって無理強いすることなど考えたくもありませんが、どうすれば……彼は小さな溜息を、吹いてきたそよ風に流して何でもないふりをしながらそのまま歩いた。



やがて、いっとう花畑の密集する辺りに出てきた。そこで、ザクロはまだ俯いたまま足を動かしていたプレサンスに声を掛けた。

「プレサンスさん、『お目当て』が見えてきましたよ」
「ほんとですか?わあ……!」

プレサンスはその言葉に顔を上げて思わずため息を漏らした。

二人の眼の前には、満開の花畑。そして周りのそこかしこには沢山のフラベベたちがいた。

リビエールラインに行きたいとプレサンスが言い出した時、タイミングによるから見られるとは限らないがもしあったら見逃せない、と教えてあったのだ。まだ花を選んでいないフラベベが、春の訪れとともにこの辺りに花を探しにやって来るが、丁度その光景に行き会うことができたようだ。

確かによくよく見れば、花を持っていないのといるのとが半々くらい。既に持っている個体は、日向ぼっこを楽しむかのように日差しの中をのんびりと漂っている。それをよそに、そうでない方はきょろきょろと何かを探すそぶりも見せている。

持つ花の色がそれぞれ違う分、カラフルに彩られた春の景色の麗しいこと!プレサンスはしばらく気恥ずかしさも忘れ、目を輝かせて見とれていた。そしてもっと近くで見ようと考えたのだろうか、ザクロの腕の中からするりと離れかけて――彼は目を輝かせる恋人の様子と、離れてしまったぬくもりとに複雑な気持ちを抱えながらも、ひとまず見守ることにした。

――その時だった。花を持っていないフラベベが、プレサンスの、正確には被っているカノチェの方へ近寄ってきたかと思うと。

「きゃ!」

突然、カノチェに付けている黄色いフェイクフラワーピンズを引っ張り始めたではないか。驚いたプレサンスは小さな悲鳴を上げてカノチェを頭から取り「犯人」を見下ろした。フラベベは彼女の視線に気が付くと、取れないのが残念だと訴えるかのように不機嫌そうに鳴いてみせる。

「ごめんなさい、だけどこれは本物のお花じゃないの」
「気に入ったのでしょうか。離れようとしませんね」

ザクロもカノチェに目をやった。その間もフラベベはピンズから手を離そうとしない。気に入った花と一生を送るというが、本物の花だと思っているのだろうか。ポケモンの中でも特に小型の種族だし、そう強い力ではないから取れはしないだろうが、いくら花の形だからといっても本物とは違って生命力を持っていないからあげるわけにもいかない。プレサンスは困って眉を寄せながら話しかけた。

「困ったなあ、欲しいのかもしれないけどこればっかりはあげられないし……あのね、もっといいお花は他にもあるしきっと見つかるわ。いい子だからご機嫌直して、ね?」

そう言いながら、宥めるように喉元を撫でてやる。

すると先ほどまでの不満そうな表情はどこへやら、フラベベは気持ちよさそうに鳴いてピンズから手を離すと、くるりと回ってみせた。

「よかった、解ってくれたみたい」

プレサンスはほっとして呟く。よほど気持ちよさそうに見えたのだろうか、周りで見ていたフラベベたちも、自分にもやってと言うかのようにふよふよと漂ってきて、彼女のそばで押し合いへし合いを始めた。

一方、その様子を眺めながらザクロの心に浮かぶ言葉はただ一つ――「羨ましい」。とはいっても、フラベベに懐かれることが、ではなくてプレサンスに触ってもらえることがだ。

天気は良くて、最愛のプレサンスさんがそばにいて楽しそうにしている。しかも邪険にすることなどなく、優しく接する素敵な姿まで見ることができた。微笑ましい光景ではありませんか、これ以上何を望むつもりですか。ザクロは自分に呆れながらそれでも思う。

贅沢を言えばきりがないのは解っている。でもこれで、これでプレサンスさんが今しているように、気負わず私に触ってくだされば言うことなどないのに。今まで無理強いはできないと押さえていたけれど、恋人がためらいなく自分以外に触れているのをこうして目の当たりにして、もう抑えきれなくなりつつあった。

「こらこら、順番よ」

なまじプレサンスが律儀に相手をしてやっているものだから、なおさらその思いは募るばかり。そもそも今日はデートだとプレサンスさんはあれほど喜んでいたのに、初対面のポケモンを撫でているというこのはがゆさは一体なんということでしょう……そこまで考えたザクロの頭に、その時ある考えがひらめいた。



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