スイートハートにスイートハートを(後)


乾杯を済ませるとマーシュはメインディッシュのカレーライスをよそい始めた。ライスの形を何やら手際よく整えてから今はお玉でルーを掬っている。先ほどから漂っていたスパイシーな香りはもっと鼻をくすぐりながら近づいてきて、プレサンスはシルバーを今すぐ取り上げたいほどだった。主催が盛り付けを終えて3人にお皿を配り、自分の分もマットの上に置き椅子に腰掛けるのを待って。
「お待たせさん。ほな皆さんおあがりやす」
そう促したのを皮切りに、まずは一口分をすくって口に運び――
「美味しいです。とてもまろやかで口当たりが良いですね」
「そうそう、それにとってもコクがあるし!」
「何度でもいただきたくなります」
「ほんま?よかったあそう思ってくれはって」
プレサンスだけでなくザクロもズミも口々に褒める。どこか緊張した面持ち――彼女にしては珍しく――の妖精使いだったが、友人たちの言葉にいつもとはまるで違う顔で喜ぶと料理に手を付け始めた。
4人分の食器が立てる音がダイニングルームを満たす。
実際それはお世辞などではない。人参、玉葱、ジャガイモにカボチャ。辛すぎない野菜カレーはスパイスと野菜の風味がとても程よくなじんでいてスプーンを動かす手が止まらない。最初はハートの形に盛られていたライスも胃の中へ収めていくにつれてどんどん形が変わっていった。折角綺麗な形にしてくれたのを崩してしまうのが忍びなくもあるけれどこればかりは致し方ない、進む食欲には勝てないのだから。ほどなくプレサンスは1杯目を綺麗に平らげて、マーシュはそのペースに大きな目を丸くした。
「あら、もう食べたん?」
「だってほんと美味しくて!ねえ、お代わりしたいけどいい?」
「もちろん。実は隠し味にプレサンスはんのプロデュースのしはったショコラ使わさしてもろたんよ、きっとそれのおかげやね」
「やっぱり?なんとなくそんな気がしてたー…なんて。友達が作ってくれたものなんだから美味しいに決まってるって」
「ま、お上手」
ほんとに食事会っていいなあ。2人してころころと笑い合いながらプレサンスは思う。お喋りは楽しいしお料理はおいしいし。マーシュが差し出した手にお皿を預けてお代わりを待つ。彼女がカウンターに近づこうと立てる足音におたまや食器の立てる音はとても賑やかにテーブルを彩っている。ザクロも、ズミも、声こそ上げないけれどとても穏やかでリラックスした感じだ。
そして実際ザクロも口にこそ出さないけれどスプーンを動かしながら同じことを思っていた。大会やバトルでの緊張感ももちろん良い。でも美味しいものを気心の知れた相手と囲む、心安らぐこの時間だってとても大切なものだと。男性2人の分は予め多めにしてあって丁度良い分量だからお代わりを頼むことは無さそうだ。けれどそれでも食が進んでお皿はあらかた空になりつつあった。
しかし不思議なものだ、とも感じた彼はシャンパンを一口飲んでからある疑問を口にした。
「この『食事会』も長いこと続いていますが…そういえばそもそも、皆さんはどういったきっかけで知り合われたのですか。私はズミさんにお誘いいただいたのですが」
この会に加わったのは言う通りズミ伝手だった。そこから同じジムリーダーではあっても顔見知り程度の仲だったマーシュと話すようになり今では友人と言えるくらいに打ち解け。そしてプレサンスと恋仲になったのだけれど。
そもそもは何年か前にスポーツの成績が伸び悩んでいた時期、息抜きに散歩でもとミュライユ海岸へ出たときだった。そこでカメテテを捕まえようとしたところに鉢合せした料理人はザクロを見るや叫んだのだ。「前々から見かけるにつけ思っていたがなんですその細すぎる体は!アスリートでもあるならばもっと食事に気を遣うべきです」とかなんとか。そして半ば強引に『食事会』に来るようザクロが目を白黒させているうちに約束を取り付けた(ちなみにカメテテはその間に逃げてしまった)。
しかし強引でもせっかくの誘いだからと赴いて話をしてみれば、ズミの高みを究めようとするあくなき姿勢はとても尊敬できるものだと知った。スポーツで上を目指そうとする自分にも通じるものがあったからそのまま交流が始まって今に至るのだが。
だが思えば他の3人が出会ったきっかけについて改めて話題にしたことはこれまでなかったような気がする。ごくごく自然にこの交流は続いているけれど、きっかけはなんだったのだろうと尋ねてみたくなったのだ。
投げかけられた疑問にまずマーシュが答え始める。
「うちは…プレサンスはんとは最初はお仕事で会うたんよね。それでズミはんとはプレサンスはん伝手に知り合うて」
「うん」
話題に巻き込まれた彼女は頷いて会話に加わった。
「私のお菓子をコレクションのモチーフに使いたいって言ってきたんだよね」
「絶対成功させたいのにテーマが決まらんと悩んどる時にプレサンスはんのこと知ってなあ。他のひとには出せんかいらしい感じのするお菓子見てこれしかないわあ思たんよ」
「ありがと。そうだ私ね、あのコレクションの最後に出てきた…『スイーツキングダムクイーンのドレス』で合ってる?」
「合っとるよ」
合間に食器の音や傾けていたグラスを戻す音を挟みながら彼女たちの話は続く。
「特にあれは今でもはっきり覚えてるんだ。ケーキの冠にキャンディのモチーフがつながったネックレスでしょ、ドレープたっぷりの白いドレスにアラザンみたいに銀色の大粒ビーズとか、クリームみたいにピンクのリボンがたっぷり縫い付けてあって…ほんと素敵だった。お菓子からあんなに可愛いイメージが描けてしかも形にできちゃうなんてすごいよ。お洋服見て感動で泣いちゃうなんて思わなかったもん」
プレサンスがそんないきさつで知り合った、今となっては親友の力作について惚れ惚れとした顔で語れば、彼女も応えるように。
「お礼言いたいんはうちのほう。一緒にああでもなしこうでもなしって頭ひねったくれたやない。うちかて感動したわあ、あんな素敵なお菓子考えてくれはって。それにコレクションのこともやし…プレサンスはんと会わんと、ズミはんのお料理ああしてご馳走になれてへんよ」
今まで聞き役に回っていたズミも自分の名前が上がったことで妖精使いの方へ視線をよこした。彼は丁度スプーンを置こうとしていたところでお皿ももうほとんど空だ。プレサンスは話題の中心が兄に移ったとみたかまたカレーを口に運び始めていたし、マーシュも案外ペースが早くあと少しで食べ終わりそうだ。その様子を見たザクロはそろそろデザートを出す準備をしましょうか、と話に頷きつつ席を立った。
マーシュの舌はその間もゆっくりと、だが滑らかに回り続ける。
「おかげさんでコレクション大成功して、お祝いにレストランでお食事しよかって。せやけどうち忘れられんお料理あったんよ、『ブロスターの白ワイン蒸し、カドリーユのイメージで』っていうて。ジョウトからこっち来てミアレのレストランで初めて食べて、ああこれがカロスの味なんやわって思うた時のね。それがなんでかその時どうしても、せめてもっかいでええから食べとうて仕方なかったんよ。けど問い合わせてもシェフはもうそのお店におらん言われて…そのことプレサンスはんに言うたら、な?」
「うん、お兄ちゃんの得意料理だってピンときたの。それであとで確かめたらそうだっていうんだから世界って狭いよね」
プレサンスが隣に座る兄に水を向けたのを聞きながらザクロはデザートを出す準備を進めていく。ブラウニーを適当な大きさに切って盛ったり、冷蔵庫からフルーツやらを出したり。優しい恋人はそんなところも好きだと言ってはくれたけれど手がお留守にならないよう気を付けつつ、ズミが話し出したので耳を傾ける。
「わたしはその時もう長いことスランプに陥っていたのです。一生逃れられないのではないかというくらいの…ですがプレサンスからその話を聞いた時、もう一度食べたいと求められる料理をまた作りたいと思うことができました。今でも感謝していますしこの先もずっと忘れないでしょう。思えばそのお礼に料理を振る舞ったのが『食事会』の原型かもしれませんね」
「なるほど、それがきっかけなのですね」
準備は大方できた、もう会話に混じっても大丈夫。ただ念のためフォークよし、ホイップクリームよし、フルーツよしと確かめてからトレーに乗せてテーブルへと運ぶ。ブラウニーの載ったプレートを置き全員が食べ終えたカレーのお皿を回収する。その間に今度はプレサンスが話し出した。
「これ今だから言えることなんだけど、お兄ちゃんあの時お料理全然思いつかなくなっちゃってすっごく荒れててさ…私立ち直ってほしかったけど声かけてもどうにもなんなくて悲しかったし、だからマーシュは私たちの恩人なんだよ」
「…情けない話ですがプレサンスに当たってしまうこともありました。もしあなたがあのように言ってくださらなければ、私たちの仲も険悪になるばかりだったでしょう。本当にありがとうございます」
「そない大仰なことはしとらんよ、ただ我がまま言うただけやし…あ、デザート来とるよ」
マーシュがしんみりしかけた兄妹にそう促せば、プレサンスの顔は途端にぱっと輝いた。本職がお菓子を作ることであってもやはり恋人が作ってくれたものは特別なのだ。
「ザクロのお手製なのですか?」
「は、はい。唯一手作りできるお菓子です。今日がバレンタインデイということもあるのでチョコレート味のものをと…お味はいかがですか」
そう恐る恐る問えば。
「ん、優しい味するわあこれ」
「甘さがしつこくなくて良いですね」
「そういえばこのお菓子、私とザクロさんの思い出のお菓子なんだよね」
「そうですね。覚えていらっしゃいますか?」
「もっちろん!私あの時まだ駆け出しだったけど、ザクロさんに喜んでもらいたくてがんばってカロリー控えめスイーツ作るようになったんだもん」
「プレサンスさんのそういうひたむきさ、やはり素敵ですね」
「やだもう照れちゃうー!」
熱い視線を交し合いながらまた2人の世界を繰り広げ始める恋人たち。ズミはまた複雑な気分で、マーシュは友人たちの熱々ぶりを見つつ苦笑を交わす。
かくして。辛いの、甘いの、ほろ苦いのありの、色々な味わいが仲良く溶け合う楽しい宵。そんな空間の外側では、果たして粉砂糖に似た雪が予報通り不思議の街を静かにコーティングしていくのだった。



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