新春恋情鞘当絵巻 逢瀬算段波乱之帖(終ノ巻)


「来た来た!大丈夫ですか?」
「どうにか…」
「大変だったけどプレサンスの顔を見たら元気になったよー」
ザクロ、プラターヌ、マーシュの3人が戻ってきた。あの後プラターヌにもプレサンスが連絡を入れ落ち合う場所を決めてあったのだ。男性2人を迎える彼女の傍らで、ズミはマーシュに歩み寄り少しばかりの恨み言を吐いた。
「プレサンスに何を吹き込んでくれたのですか…おかげで誤解されましたよ」
「よう言うわあ、うちらのこと置いてけぼりさんにしはってからに」
「、それは…」
言葉に詰まる彼に妖精使いはなおも続け。
「ほんま悲しいわあ、うちらの仲なんてそないなもんやったんねえ…なんて。そないなことしはったズミはんと悪戯吹き込んだうちと。おあいこやわ。でもええやないの、2人っきりにならはったんから」
「…今度の食事会はあなたの好物尽くしにします」
「ふふ、それでお手打ちやね」
(背中に刺さるザクロからの冷たい視線が痛かったものの)寛大な友人に感謝したところで、プレサンスが彼らのもとへやって来た。
「マーシュさんも大丈夫でしたか?ごめんなさい、あのこと言っちゃいました…」
「言わんよし言うたのに…せやけどね堪忍え、あれ悪戯なんよ」
「もー!」
女2人の話はやはり賑やかだ。ああ、何の話かは分からないけど美女同士の戯れ合いはいい。目の保養だなあ――プラターヌはその光景を横目でしばし見てから、会話の途切れ目を見計らって言った。
「さて…これからどうしようか?」
全員に向けているようでその実プレサンスにしか意識の向いていない声で。そしてマーシュさんはともかくザクロ君とズミ君は早く帰ってくれないかなあ、と顔に何度も書きながら。
「うーん…あ、さっきザクロさんが言ってたニンフィアのチャーム買いに行きたいな。まだ売ってるといいけど。それに売り場探さないと」
「よしじゃあ決まり!そこに行こうか、あとさっきみたいなことがまたあったら大変だからプレサンスはボクの隣にいて…わわっ!?」
今度こそは、とプラターヌはもはや大人の男の余裕をほとんどかなぐり捨てて言った。しかし踏み出しかけた彼のコートの背中は誰かにグイ、と掴まれて。
「折角会うたんやもの、そない急がんとちょおお話ししながら行きましょか」
振り返れば掴んだのはマーシュだった。一体細腕のどこにそんな力があるのだろう。しかも多少距離があったはずなのに厚底の靴の音一つしなかった。はたして厚底靴は滑車仕掛けだったかと驚いていると、ズミも横から被せるように話しかけてきて。
「奇遇ですねマーシュ、わたしも先ほど話に出たお知り合いのことについても詳しく伺いたいと思っていたところで」
「あのえっと、だからさっきみたいなことになったら大変…」
「博士もまた囲まれては大変ですよ」
友人2人の意図することろをザクロも理解したらしい、道をさりげなく塞ぐ。周りを見回せば来た時よりも人は少ない。人出のピークは過ぎたようだしもう先ほどのようなことは起こらないだろうに。4人がそうこうしている間に、プレサンスはというとじゃあ行きましょう、と言うが早いか元気よく一行の先頭を歩き始めてしまった。
マーシュの細腕の拘束は解けそうにない。折角のチャンスを3人の連携に見事に阻まれてしまった。こんなにも近くにいながらこんなにも遠い…プラターヌはがっくりした。ツイてない、今日はホントにツイてない。
「ニンフィアのチャーム?」
「この神社の名物だそうですよ」
「ええなあ、うちも買おてこよ」
プレサンスの後に続きながら3人は好き勝手に話し出したが、ほっぽり出されたプラターヌは段々不機嫌になってきた。
「あのー。それでお話ししたいことというのは…そもそもご友人お2人はなぜこちらに?」
思えば今日は散々だ。プレサンスと一緒にいられるはずだったのに――その恨みをぶつけるように訊けばマーシュがにこやかに答える。
「せっかくやしもっと色んな人に見てもらいとうてうちが呼びましてん。うち、お洋服には一着一着ありったけの愛を込めとりますのん。作るお洋服ぜーんぶ好き言うプレサンスはんがああして着てくれはるんやもの、ほんまデザイナー冥利に尽きるし見せたなるでしょ。プレサンスはんいつもにましてかいらし思わしません?」
「やー、確かにそうですが…」
そう言うマーシュの目は喜びにあふれているのが見て取れた。以前プレサンスに付き合ってこの妖精使いの出演する番組を見た時のこと。彼女は終始貼り付けたような営業スマイルを崩すことなくインタビューに答えていたが、その時は目が笑っていなかった。でも今は違う、嬉しさがこぼれて仕方がないと物語るように瞳に光が躍っている。
なるほど、ファンだと言ってくれるプレサンスが自分の手になる服を着ていることが嬉しくて見せたかったと。分かることは分かるし、おかげでもっと美しくなった彼女を見ることができたことには感謝している。
でもその一方でマーシュの言葉遣いを借りて表現すれば「これであとはズミはんとザクロはんがあんじょうお近づきにならはったらもーっとええわあ」と心の中で言っているだろうことも何とはなしながら察せられた。ジョウトの人々が本心を滅多に口にしないことは遠く離れたこの地でも有名だ。だがプラターヌとて少しばかり長く生きている分、伊達に様々な経験を重ね人の心の中を察する能力を身に付けてはいない。言葉には出さずともやはり彼女は友人2人をプレサンスに近づけようとして誘ったのだろう。ジョウト美人は援護射撃がお好き、か――プラターヌは整った顔をしかめた。大体バトルの実力者同士(自分には縁のない場所だが)バトルシャトーなりで顔を合わせることもあるだろうに、折角のランデヴーを邪魔しないでほしいものだ。この招かれざる客たちは遠慮というものを御存知ないらしい。
「あら、なんやら嬉しなさそ…もしかしてうちらのことお邪魔扱いしはりますのん?プラターヌはんって意外にいけずなお人やったんねえ、仲良しさん呼んだらあきませんの」
苦い顔をした彼に気が付いたらしい、先ほどの笑みのまま訊かれてギクリとした(ちなみに拘束はまだ解かれていない)。
「い、いやーまさか。ただボクは美人に囲まれるのは嬉しいんですが本音を言えばプレサンスと二人きりで…」
嬉しくないのかと訊かれたら嬉しいわけがない。ところが心にひっこめておくはずだった本音がうっかり漏れて――それが間違いのもとだった。
「ま、今の聞きはったあ?」
「着物姿を独占する魂胆だったのでしょう、おこがましい」
「心が狭いとあのようになってしまうのですね」
三人それぞれ目の形も色も違うけれど、向けられる刺すような視線は同じ。一体これは何の拷問なのだろう。そして予定では今頃プレサンスと二人きりで過ごしていたはずがなぜうら若き美男美女――美女だけならよかったのに!――に囲まれているのだろう。気力が1秒ごとに吸われていくような気がしてきた時だった。

「戻りましたー!買えましたよー」
話し込んでいる間に買ってきたのか、淡い桜色を帯びた小さな袋を幾つか手にして戻ってきたプレサンスの声は弾んでいた。その声がするや3人は先ほどまでの険しさをどこかへ押しやりマーシュもプラターヌから腕を離したから、プレサンスの帰りは彼にとって天からの助けにも等しかった。
「さっき言ってたやつかい?もう買ってきたの」
「売り場がさっきいたところから結構近くにあったんです。可愛かったからみなさんにも」
「ありがとうございます」
「人数分買おてくれはったん?うちも欲しい思てたんよ、おおきに」
「可愛らしいですね」
「ありがとう」
各々感謝を述べつつ受け取る。中身はもちろんお目当のニンフィアチャームだ。お座りをしたポーズで正面を向いたシルエットを象ったものだが、メタル製で可愛らしくなりすぎていない男女問わず付けられそうなデザインだ。
「そういえば、ニンフィアはマーシュさんやプレサンスさんの手持ちにもいますね」
「はい、…そうだ」
ザクロが言えば、彼女はふと思いついたようにプラターヌに向き直って口を開いた。
「ニンフィアって【むすびつきポケモン】でしたよね、博士?」
「ん、そうだよー。ニンフィアはトレーナーとの絆…まさしく結びつきの影響で進化するからそういう分類になってるね」
話しかけてくれたおかげか、さっき削られた気力もちょっと戻ってきたような気がしてきた。
「そういや、プラターヌはんの研究してはる…メガシンカ?あれはニンフィアにはあらしませんの?それでもっとかいらしなればええのに」
「残念ながら今は。でもこれから発見されないとも限りませんよ、フェアリータイプの研究はまだまだ進んでいる最中ですからね。当然メガシンカも含めて特有の進化の方法だってこの先発見される可能性も…ああそうだ、プレサンスにも協力してもらったよね。ボクの研究所の裏庭でイーブイと遊んだりグルーミングしたりして、絆を深めたらどうなるのか様子を見せてもらったりしてさ」
「そうそう、そしたらニンフィアに進化して」
「懐かしいねえ」
なんでもないように、しかしわざと自分のおひざ元でプレサンスがしていたことをさらりと言ってやった。彼女はプラターヌの意図に気が付かずに答えるが、一方では思惑通りズミとザクロは面白くないといった風だ。悪いね、キミたちと違ってちょっとやそっとの付き合いじゃないからさー――さっきのお返しだよ。ほくそ笑みそうになるのを押さえながら、結びつきがどうかしたのと訊ねて話題を戻せば。
「結びつきって、ある意味奇跡だなあって思ったんです」
プレサンスはチャームを愛おしげに撫でながら言葉を紡ぐ。
「奇跡?」
「そう。だってこの世にたくさん、たくさんいる人やポケモン同士が何かのはずみで出会って、結びついたりするなんて。改めて考えればほんとにすごいことなんだなって、ちょっと突然ですけどそう思ったんです」
「そうですね。私がズミさんやマーシュさん、それにプレサンスさん……やプラターヌ博士と出会うことができたのも、そのおかげなのかもしれません」
「あら、嬉し」
「…そうかもしれませんね」
ころころと笑うマーシュに、少し照れたような、でも満更でもなさそうなズミ。プラターヌも少し笑って見せる。今の間はなんだったのかな、と言及したい気持ちは隠して。
と、その様子を見たプレサンスはやがてにっこりと笑って言った。
「なんだか、いいですね」
「いい、というのは?」
ズミの疑問を受けた彼女はだって、と嬉しそうに続ける。
「いろんな人やポケモンと出会うたびに、いろんな結びつきが生まれて。私と博士はポケモン図鑑の結びつき。マーシュさんたちとはバトルの結びつきかな。それで今日は博士とズミさんの結びつきが生まれたでしょ」
「…そう、ですね」
もっとも誤解に満ち溢れてはいましたが――ズミは内心そう思ったが、蒸し返したくなかったので黙っていることにした。
「そういえば結びつきっていう言葉、ジョウトとかでは何か別の言い方があるんでしたっけ」
「そうそ。ご縁、て言うんよ」
「そっかあ…私がニンフィアや、博士とマーシュさんと、それからズミさんやザクロさんに会えたこともそのつながりだったりして。いいですねえ、ご縁。不思議だけどなんだか素敵です。こんなふうにすごく楽しい時間が過ごせるのもそのおかげなんじゃないかなあ。今年もみなさんとたくさんご縁があったらいいですね」
そう無邪気に笑うプレサンスを、マーシュは黒目がちな目を細めて、ズミとザクロはいつもはさほど大きく動かない口元を上げて。そしてプラターヌも垂れ目の目じりを下げて、思った。
ライバルは多い。前途は多難だ。でもこうして愛しいプレサンスが嬉しそうで、そしてボクはそんなあの子の近くにいられる。なんと幸せなことじゃないか。
ただ、今年こそは恋を実らせて一番近くで寄り添うのが自分でありたいものだけれど。それは今年の努力次第ってことになるかな。だけど頑張りますから、だから頼みますよカミサマホトケサマ…そして「むすびつきポケモン」のニンフィア様(これはチャームだけれど)。どうか今年こそはプレサンスとボクの結びつき…ご縁がもっと深まりますように。聞いた話では、カミサマというのは800万人だったか正確な数は知らないけれどとにかくたくさんいるらしい。それなら誰か1人くらいは気まぐれを起こして、こんなささやかな願いに耳を貸してくれたってよさそうなものだ。そうだ忘れちゃいけない、お願いにもう1つ追加――この手強い3人には、特に負けませんように。
そんな虫のいい願いをかけて握ったチャームは、それを知ってか知らずか静かにチャリリと鳴った。



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