新春恋情鞘当絵巻 逢瀬算段波乱之帖(二ノ巻)


先代チャンピオンにポケモン博士、四天王、ジムリーダー2人。カロスの誰もが知るあまりに豪華な顔ぶれにかえって声をかけるのがはばかられるのか、周囲は綺麗だすごいなだのと言いながら遠巻きにしている。マーシュはざわめきを背に到着した友人たちに歩み寄って迎えた。
「お2人ともどないしはったん、なんやらしんどそうなお顔して」
「すみません、この人出ですから思うように動くことができなくて…」
「ファンだとか言う女性たちに腕を掴まれて振り切るのに苦労したんです」
若い女性が多く訪れる場所柄2人ほどの美形が放っておかれないのは必然といえて、そして答える彼らの顔は確かに辟易しているといったふうで。気になったプレサンスは彼らのいる方に進み出た――プラターヌが止める間もなく。
「ザクロさんズミさん、大丈夫ですか?」
「プレサンスさん!…」
「…!」
その瞬間の二人の表情の変化ぶりたるや!ザクロは見惚れたかのように静かに感嘆し、ズミは目を見開いて驚きの表情を浮かべ。二人がプレサンスの着物姿に見惚れているのは明らかだった。
「…綺麗、ですね」
「…」
「えへへ、ありがとうございます。お二人ともあけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします!」
「…」
「ええ、よろしくお願いします…どうされたのですかズミさん、先ほどから押し黙って」
ザクロが不思議そうな顔で尋ねた。言葉を忘れてしまってもプレサンスを見つめていれば思い出すことができる、とでもいうかのように黙って彼女を凝視していたズミだが、そう訊かれて我に返ったらしい。
「む?…あ、ああ、似合っていますね。今年も良い年でありますよう」
ザクロは飾らない言葉で、ズミはいつもの険しい表情を少しだが緩めて、彼らは思い思いの言葉で着物姿を称賛し始めた。プレサンスの頬にはほんのりと赤みが差し始めていて可愛らしい。褒められて嬉しいんだろうな、でもやっぱり独り占めしたかったな。そもそもよく一目でプレサンスだって分かったな、ボク一瞬分からなかったのになんだか負けた気分…マーシュさんが教えてあったのかな。プラターヌは少し未練がましくその光景を横目で見やった。顔見知りのザクロ君と初対面のズミ君と。気は進まないけれどプレサンスの前だし、何よりオトナの礼儀として挨拶くらいはしないとねと思いつつ。
プラターヌはジムリーダーたちとなら面識はある。研究分野である進化に地域ごとの環境の差などが影響を及ぼすのかどうかについて調査を時折行うが、その際協力を仰ぐことがあるからだ。彼らは研究者ではないが、地域に根差している分各々のジムのある町や地域のことにもそしてポケモンのことについても一般トレーナーより詳しい。格好の協力者といえるのである。だからザクロとマーシュにはその関係で数回会ったが四天王であるズミとはこれが初対面だ。だが会おうと会うまいと噂は伝わって来るもの、あの二人もまたプレサンスに想いを寄せているそうではないか。
それはさておき、マーシュは何故彼らを呼び出したのだろう。美人の飛び入りは歓迎するけれど男性は呼んでくれなくてもよかったのに。水と岩と妖精と、得意とするタイプは違っても実力者同士通ずるものでもあるのか、彼らに親交があることはおぼろげだがプラターヌも耳にしたことがあった――そして、ザクロとズミがあの様子の通りプレサンスに想いを寄せているということも。
となるとマーシュはプレサンスと友人2人を近付けようとしたのだろうか?当の彼女はといえば、神社に行くのは初めてで云々と話している三人の傍らでどこか楽しそうにその情景を見やっている。どういう心づもりがあるのやら、真意を探ってみようとした時だった。
「プラターヌ博士?」
「え?ああ、はい」
彼の存在に気が付いたらしいザクロに声をかけられてその目論見は破られた。しかたなしに笑顔を貼り付けて声のした方向へ向き直る。まったく、今日は心づもりを狂わされてばっかりだなあ――別の方向から無言で向けられる視線も、痛い。
「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。研究でおいでになったのですか」
「こちらこそよろしくお願いします。そうですねー、そんなところです」
プラターヌの内心を知るよしもないザクロの丁寧な挨拶に返答しながら思う。今は年始の休みなんだしそんなわけないって、というか帰ってほしいなあ…と声にならないぼやきを隠しながら。
まあ、彼はいいとして。先ほどからこちらに突き刺さる鋭い視線の出どころは――誰あろう、ズミだ。あいにく刺すような視線を浴びて悦ぶような趣味はないからなんとも落ち着かない。怖いな、彼…吊り目のせい?それともせっかくプレサンスがいるのに恋敵に違いないボクがいるせいで気分がよろしくない?多分、いやきっとどっちもあるんだろうな。そう考えていると。
「そういえばズミさんはプラターヌ博士にお会いしたことは?」
「いえ、今日が初対面です」
そんな会話が聞こえた。多分この流れからして彼も礼儀知らずではないようだし挨拶を交わすことになるだろう。はたして思った通りこちらに歩み寄ってくるズミに向き直り。
「お初にお目にかかります。ズミと申します」
「こちらこそ初めまして、プラターヌです。よろしく」
改めて自己紹介をした。手を差し出し、数秒握ったのち離す。安っぽいドラマなぞだとここで骨を砕かんばかりに手を握り合うところだろうが、さすがに現実ではそういうことはない。
しかし握手の強さはどうであれ、彼らはその瞬間に互いを一目でライバルだと確信した。どちらも相手の整った顔に『邪魔しないでほしかったな』『なぜあなたがこちらにいらっしゃるのですか』と書いてあるのを読み取ったからだ。
――気に入らない。そっくりお返し(するよ)(いたしますよ)、そのセリフ。二人は脳内で思い切り舌を出す光景を同時に思い浮かべる。かくして出会って数分にもかかわらず、彼らの互いに対する心象は早くも最悪といえるレベルになっていた。

ともあれこれで全員が合流したようだ。これで全員でしょうか、と無言の戦いに加わらなかったザクロが尋ねれば、揃ったと思いますよ、ほんなら行きましょか、と女性陣が返す。
それを聞いたプラターヌとズミの視線は交わるや今度は火花…いやもはや閃光を生んだ――この気にくわぬ相手をどうにか下してプレサンスの隣にいち早く収まろうと。先人の言うことには、確か先んずる者が勝つというのがあったではないか。彼らにとっては今こそその実践の時なのだ。
傍から見れば実に馬鹿馬鹿しいことこの上ない戦いだろう。だが当人たちにとってはゆゆしき問題なのである。隣にいれば心理的にも物理的にも距離を縮められるのだし――ズミとプラターヌの脳内はメタグロスをも凌ぎそうな速さでシミュレーションを始めた。
さて、今一度状況を整理してみよう。今ここにいるのは女性2人、男性3人の合計5人だ。なりゆきでだが共に行動せざるをえなくなった以上あまり離れるのも良くない。となると付かず離れずの間合いを取りつつ動くのが妥当なところだろう。そして次に問題になるのはどういった形で固まるか。人数は奇数だから3人と2人に別れるのが良さそうだ。余談だが彼らの脳内には縦1列に並ぶという案は元より存在しえなかった。プレサンスの顔が見えないからだ。そして2人組を構成するのが彼女と自分であることは確定事項だった。
…では、そうと決まれば。
「プレサンス、手つなごうよ」
「寒そうですが手袋は付けていないのですか?ネイルを見せたいのでしょうが冷えますよ。仕方がない、手をつなぐといたしましょう」
この場の主導権も、そして今度こそはプレサンスの手も握ろうとしたプラターヌと。強引に見せてその実女心にも配慮した誘いをかけるズミと。彼らはそれぞれ異口同音に言った。だがどうしたことか、そのタイミングは綺麗に重なったのだ。
「…」
「…」
互いの声が遮った驚きに沈黙しながらまた視線を交わす。ズミの瞳が余計なことを、と匂わせればプラターヌの瞳もそっちこそ、と暗に言い返し。だがここで譲り合えるほど2人のプレサンスへの想いは軽いものではなかった。
何の悪戯なのだろう、これは。目を合わせたままさらなる重い沈黙が二人を包む。吊目と、垂れ目と。形こそ対照的だが浮かべる光は同じ。何とも異様な雰囲気を感じたギャラリーは言葉も忘れてそのなりゆきを見守っていた。
「…えっと、ズミさん?」
「何か?」
しばしの間の後再び口を開いたのはプラターヌだった。
「誘ったのは私なんですからプレサンスは私と一緒にいるべきだと思うんですよねー」
彼、初対面だから知らなかったけど侮れないや…ふつふつとわきあがりつつある何かは隠して大人の余裕を漂わせつつ、色男の異名をとる自身のとっておきの笑みを向けて牽制する。早く、早くプレサンスと一緒に…
しかし彼は焦りのあまり忘れていた。異性には効果覿面でも同性に効くはずもないことを。
「先ほどから聞いていればこの痴れ者が!彼女と共にいるべき者があなただと?戯言は大概にしていただきたいものです。ザクロ、あなたも何か言」
相手の ズミには 効果が 無いみたいだ…かえって神経を逆なでするだけで終わってしまったらしい。キッと目を吊り上げ負けじと応戦しながら、加勢を期待したのかズミは友人がいると踏んだらしい方向へ顔を向けた――が。
「いややわあ、うちザクロはんと違いますえ」
「なっ」
クスクスと笑いながら答えたのはあにはからんや、ザクロではなくマーシュだった。代わりにズミの予想ではそこにいるはずだった長身の姿は影も形も無い。しかも想い人の姿もいつの間にか見えなくなっていた。予想外の事態に面食らう彼にプラターヌが思わず吹き出せばたちまち頬を紅潮させて睨んだ。
「…マーシュ、プレサンスとザクロはどこへ?先ほどまですぐ近くにいたはずですが」
「ああ、もう先行きはりましたえ」
ね、と彼女が指す方向を見るズミ。気になったプラターヌも見てみると…確かにいた。背が高いのと石を編みこんだ特徴的な髪形のおかげですぐに分かった。傍らにはプレサンスもいて――いや待てよ、あれはもしや。
「ええっ!?」
「腕を…組んでいる…!?」
ズミの驚愕に満ちた言葉が表す通り、ザクロは何とプレサンスと腕を組んでいるではないか。あの2人、いつの間に――!
「と、止めてくださいよー」
「堪忍え。せやかてお2人さんがなんやら楽しいにしてはったんやもの、止めに入るんも野暮やわあ思て」
「楽しいわけなどあるものですか、だいたいマーシュあなたどちらの味方なんです!?」
男性2人からは悲鳴にも似た抗議の声が上がる。だがマーシュは何も答えずにいつもの笑みを返すだけ。絶対楽しんでるな、この状況…プラターヌはそう思った。
その間にもプレサンスと参道を進んでいくにつれ小さくなっていくザクロの背中を見送りながら2人は歯噛みした、のち。
「…決めました」
「え?」
「次回の食事会のメニューはシュカの実尽くしにすると。ザクロが一番苦手な木の実ですがアスリートには理想的な栄養素を多く含んでいるのです、納得して食べるでしょう…いいえ、食べさせます」
なるほど、ズミ君は友達でも恋敵になるなら容赦しないタイプか。プラターヌはふんふんと頷き。
「うわあ、おっかないなー。…そういえば実は知り合いに無農薬の木の実栽培をしている農家がいましてね。よろしければ紹介しますよ」
「それは興味深い…先ほど痴れ者などと申しました無礼を心よりお詫びいたします。のちほど詳しく伺えますか」
「勿論です。それに私こそ先ほどの言動に失礼がありました、申し訳ありません」
――許すまじ。ダークホースの出現からその間数秒、即座に一時休戦協定を結ぶことに2人とも異議は無かった。
そんな彼らのやり取りは、傍で観察していたマーシュにとある先人の言葉を思い出させた。そういえば曾お祖母様が『初めて会うた時の仲が悪うほど、後でえらい仲良しさんになるんよ』て言うてたわあ、なんやらお2人さんも仲良しさんにならはったんねえ。なんだか自分まで楽しくなってきていつもの作り笑いではない笑みがこぼれた。仲良きことは、まこと美しき哉…経緯はどうあれ。
「ほらほら、それはええとして早う行かんと置いてけぼりさんになってまいますえ」
「おっといけない…行きますか」
「そういたしましょう」
顔を見合わせて何やら笑い合うプラターヌとズミ、そして彼らをにこやかに見やるマーシュ。ほどなく参道を歩き始めたその組み合わせは、恐ろしいほどに美しかった――その場に偶然居合わせたとあるテレビレポーターH嬢は、のちにそう語ったという。



目次へ戻る
章一覧ページへ戻る
トップページへ戻る


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -