新春恋情鞘当絵巻 逢瀬算段波乱之帖(一ノ巻)


その姿が約束の時間まであと少しとなったころに人ごみを抜けて眼の前に現れた時は見惚れた。しかし彼女が周りの視線を集めながらパタパタと音を立てて真っ直ぐこちらへやってきた、かと思えば自分の名前を呼んだ時はいっそう驚いて言葉を忘れた。
「プラターヌ博士っ!」
こんな艶やかな姿をした女性は知り合いにいただろうか、そう思ったから。いつぞやの?はたまたあの時の?プラターヌは遍歴の記憶を紐解きしばし考え込みそうになった。いやでも違う、思い当たらない。しかし。
「博士ったら私ですよプレサンスですってば!まさか忘れちゃったんですか?」
「プレサンス!?え、本当に?」
もう一度呼ばれてまじまじと見やりようやく気が付いた。まぎれもなく自分が憎からず想っている少女だ。しかも、その姿はとても…
「それにしても…」
「驚かせようって内緒にしてたんです。マーシュさんがデザインした着物なんですけどどうですか?さっきから何も言ってくれないけど…あ、ひょっとして服に着られてるとか?」
「いやいやそんなわけないよー!ンン…それにしてもなんと美しいんだろう!」
プラターヌは先ほどまでの驚きから覚めて一転、目を見開いて褒めちぎり出した。カロスの男にとって女性を褒めるのは挨拶のようなものだ。けれど少なくとも今のプラターヌは嘘偽りない本心からそう言っていた。
プレサンスは淡い撫子色に色とりどりの花をあしらってある、言葉を奪うほど目にもあやな振袖を着ていた。顔や爪にはそれに合うように上品な薄化粧や派手すぎないネイルアートが施されているし、髪は結い上げてうなじが見えている分楚々とした中にもほんのりと色気があって、何より彼の言葉に嬉しそうに微笑んでいる彼女はいつもにましてとても魅力的だった――そうして、ひとしきり称賛することしばし。
「…それじゃあ、改めて」
「はい」
彼の口はその言葉を言わんと動き始め、察したプレサンスも口を揃えようとする――そして。
「「あけましておめでとうございます」」
そんな挨拶を同時に交わした。

新年を迎えたレンリタウンはいつも通り静かなものだ。ただしその近郊の、今彼らが落ち合ったこのレンリ神社を除いては。
古来人々は世界中からこの地に集ってきた。ジョウトから、イッシュから、その他色々な地域から。それに従って当然色々な文化も持ち込まれてくる。特にこの町は一番東に位置している分古来東から伝わるものと最初に出会うところだったから、その中で根付いたものの1つがこの神社だった。
ところでカロスの片隅で今日まで長いことひっそりと佇んできたレンリ神社は、最近ある評判とともに有名スポットの仲間入りを果たしていた。いわく、「この神社に詣でると片思いの恋がかなうし恋人同士はずっと幸せになれる、1年の始まりの1月に行くのが特にいい」のだと。嘘かまことか、この数年のうちに恋愛にそんなご利益があると囁かれ始めたのだ。すると瞬く間に若い女性やカップルたちが押し寄せるようになり、もともと静かだった町のさらに静かだった町外れの様子は激変したという次第だった。
それはさておき、プラターヌもまたあやかろうとする一人であった。これまでの彼なら神頼みなど考えもしないことだっただろう。非科学的だからと信じていないわけではなく、異性は放っておいても向こうから寄ってくるものだったから。ただしプレサンスに関してだけは別だった。何せ彼女の鈍感さはきっとカロス一、プラターヌだってこれまでずっとアプローチしてきているのにまるで成果をあげられていない。しかしだからといってうかうかしているわけにもいかない。チャンピオンの座をカルムに譲り一トレーナーに戻った今でも就任中に知れ渡った実力と愛嬌のある性格に今でも惹かれている者は数知れない。誰にさらわれてもおかしくはないのだ。だから今年こそはライバルに差をつけて一抜けするんだ――そう考えて、別に信心深いわけでもないけれど見えない力の手も借りたくて誘い出したのだった。

それにしてもこんなに美しいプレサンスを独り占めできるなんて今年は年明けからついている、上機嫌にならないわけがない。
「知ってるかい?あの赤いのは鳥居っていうんだよ、真ん中はカミサマが通るから人間は遠慮して通らない方がいいんだって」
「へえー、勉強になります」
シンオウにいた時に得た豆知識を半ば浮かれながら披露すれば感心したように素直に頷いている。可愛いなあと見やりつつあらかじめ立てて置いた今日のプランをもう一度振り返った。まず社殿に詣でて、周りの屋台でクレープなんかを買ってあげて…もっともこの人出だから計画通りに行くかはわからないけど。ともかくもうそろそろ行くことにしよう。その前にまずは。
「手つなごう、この人ごみじゃはぐれちゃうからねー」
ほら、と促せばプレサンスは素直に手を差し出してきた。華奢な手が重ねられようとしている。はぐれないようにする口実に手をつなごうなんて初恋を知ったばっかりのスクールボーイじゃあるまいし。大人のすることじゃないなあ、いつもなら気軽に肩でも抱いているものなんだけど。本気で好きになった相手だから慎重に行きたいとはいってもね…プラターヌは少しだけ自分を嗤った。
だけどこうしながらでも、少しずつではあっても近づきたいのだ。この神社の<お参りすれば恋がかなう>というご利益を知ってか知らずか誘いに乗ったプレサンス。でもここに行くことになった時点でちょっとは意識してはもらえないものだろうか、なんて。ボクはプレサンスにとって旅立ちのきっかけを与えた博士にすぎないかもしれないけど、こんな年上の男は眼中にないかもしれないけど。今年こそは恋人同士になりたい…いや、なる。先はまだまだ長いだろうけど、ね。そう考えながらプレサンスが重ねてきた手を握ろうとした

――が、それはかなわなかった。
「プレサンスはーん」
ふいに後ろの人ごみの中から通りのいいソプラノが彼女の名前を呼んだからだ。プレサンスは声につられて体ごとその方を向き同時に手を引っ込めてしまった。いいムードの入り口で突然の足止めを食らってしまったプラターヌも驚いて同じ方向を見る。なんだなんだ、ランデヴーの闖入者は一体誰なんだ。声からして女性であることは間違いないけれど、気になったのはカロスではほとんど聞かない特徴的な言葉遣い。覚えがあるよな、ないような…
しかし思い出すには少しばかり時間が足りなかった。その人物に気が付いてざわつきながら割れた人ごみの真ん中を、彼女がコツリコツリと厚い靴のヒールの音を立てつつ彼らの前にやって来る方が先だったのだ。
「あー、ようやっと追いついたあ」
「マーシュさん!」
プレサンスが弾んだ声で呼んだ通り、そこに現れたるはクノエシティのジムリーダーであるマーシュであった。いつもの服の上に裾に梯子レースをあしらったピンクのケープを羽織り同じ色の手袋を付けた彼女は、このジョウトの文化の名残を残す場所に違和感なく溶け込みつつも存在感を放っていた。そうだ、かの地からやって来てカロスに暮らす今でも故郷の言葉を使い続けているんだった。プラターヌに気が付かなかったか彼のそばを素通りしてプレサンスのもとへ向かっていった妖精使いを見やりながら思い出した。
「さっきぶりやね、こうしてみるとやっぱりプレサンスはんいつにも増して別嬪さんやわあ」
「もー照れちゃうじゃないですかあ、でもどうしてこちらに?それにクノエから来られたにしては早くないですか」
その様子を見ながらプラターヌは首をひねる。あれおかしいな、ボクはいつの間にマーシュさんを誘ったのかな?そんな記憶はないんだけどなあ…それにさっきぶりって言ったけどどういうことだろう。しかし彼を尻目に2人は早くもきゃあきゃあと話に花を咲かせている。女3人寄ればかしましいなどと言うものだが2人でも十分に賑やかだ。
プレサンスが前々からマーシュや彼女のデザインする服に憧れていることは知っていた。手持ちにフェアリータイプを加えるのに始まり雑誌やテレビで取り上げられれば欠かさずチェックしていたし、クノエジムに挑んだ後はジムがどれだけ可愛らしかったかについて興奮気味に話してたっけな。プラターヌがそう振り返る間にも。
「さっきメイクしとる時にレンリ神社にお参りする言うてはったやない?聞いたら懐かしなって、久々に行こか思てトゲキッスに乗ってきたんよ。ジョウトにおれば毎年お参りしとるけど最近帰っとらんよって」
「そうなんですね。それじゃあよければ一緒に行きませんか?私たちもこれからお参りするところだったんです。ね、いいでしょ博士」
「あーうん、もちろんだよー」
そうか、プレサンスの着物の着付けやメイクはマーシュの手になるもので。それでここに来る前に彼女のもとにいたから「さっきぶり」と言ったのか。しかし疑問が解決したはいいものの返事をしながらプラターヌは頭を抱えたくなった。せっかく二人きりで行くつもりだったのに、出だしから計画通りに行かなくなってしまったなんて。でもプレサンスのおねだりとあっては断れない。せめてもの救いは他に男がいないことかな、両手に華が咲くならそれも悪くないっていうことで…そう考えて大人しく提案を受け入れることにした。
「ええの?ほんならお言葉に甘えてご一緒さして…ん、博士?」
「やーどうも。あけましておめでとうございます」
マーシュはここでようやくプラターヌに気が付いたらしい。挨拶をすれば黒目がちの大きな目が向けられた。
「あらプラターヌはんやわあ、今年もよしなに。今日はプレサンスはんとご一緒なん?うち、お邪魔になってやしませんやろか?」
「いえいえ、ジョウト美人の飛び入りならいつだって大歓迎ですよー」
「相変わらずお上手やこと、そない褒めてもなんも出ませんて」
社交辞令にちょっぴりの本音もまじえつつ、マーシュの差し出した手を取り儀礼的な挨拶と握手を済ませて、と。さて今度こそ行こうか。思わぬ展開にはなったけれど人生思う通りには行かないってことだ、プラターヌは強引にそう結論付けてから2人を促そうとした。
「じゃあ行きましょうかー」
「はいな…あ」
しかし、そこで何かを思い出したらしいマーシュははたと立ち止まった。
「ちょお待って忘れるとこやったわ、もうあと2人来るんよ」
『マーシュさんってちょっとうっかりしたところあるんですけど、そんなところも気取ってなくて素敵なの!』――プラターヌは前にプレサンスが言っていたことを唐突に思い出した。それが本当ならば自分の前をうっかり素通りしたのもそのせいか。そしてどうやら次は待ち合わせの相手を置いていきかけるところだったらしい。ああ、でもまた人が増えるなんて…もはや計画はほぼ潰えたに等しかった。
「ジムトレーナーさん達ですか?」
「ちゃいます。んー遅いわあ…ファンに捕まっとるんかなあ」
2人?ファン?プラターヌは頭の上にクエスチョンマークを浮かべてプレサンスに尋ねた。
「誰かなあ?分かるかい?」
「うーん…あ、もしかしたらあのお2人かも」
問いかけに少し考えたプレサンスは誰のことか思い当たったらしい――と。

「来はったわあ。こっちこっち」
待ち人の姿が見えたらしいマーシュが手を高く上げて振った。プラターヌとプレサンスが目をやればその先に見えてきたのは2人の姿――それもどちらも相当の美青年だった。
まず一人は浅黒い肌で、黒いダウンジャケットに灰色のスキニージーンズ。この人出の中でもすぐに分かるほどの長身だ。続いてもう一人は色白で、丈長のベージュのトレンチコートに白いボトム。連れ合いほどではないがこちらも背が高い。2人は手を振る彼女に気が付いたようで、正体を察した周りの人垣が譲って現れた道を進んで来る。周囲は興奮した老若男女の囁き交わす声で溢れていた。
「ねえ見てあの人たち超かっこいい!それにあの女の人たちってまさか」
「え…うおっすげえオーラ!」
「美形と美女なんて絵になるわね〜」
よりによって増えるのが男性だなんて。しかも2人…プラターヌは年の始めから早くも天に見放されたことを確信した。

「遅れてすみません」
姿が見えてからややあって。かけられる声に軽く手を振って応えながらやってきた一人が、実直な性格をうかがわせる口調で謝れば。
「なんという人ごみだ…」
先ほどの彼とは対照的にもう一人が顔をしかめて続いた。
ざわめきは止みそうにない。尤も、マーシュ、ザクロ、ズミ。そしてポケモン博士たるプラターヌに前チャンピオンのプレサンス。この地方きっての有名人たちがそろい踏みと相成れば、予想外の状況にギャラリーが色めき立つのも無理のないことだった。



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