聖夜に寄せて―sideP


(プラターヌ視点)

足を動かせば冷たくて強い風が体を舐めては過ぎ去っていく。厚いコートの裾がこのまま持って行かれそうな気さえしてしまう。いつも道端で眠るメェークルに目をやれば木枯らしにこれでもかとさらされていて思わず気の毒になるほどだ。もう冬毛に生え変わったようだけど寒くないんだろうか。
光の都なんて言われるミアレだけど実は結構北の方にあるから冬は毎年かなり冷え込むんだ。分かってはいるんだけど寒い…けどこれを乗り越えないことには。ええと、確かこの通りだったよね…あった。今の季節とは一番近いのに正反対の季節の名前が付いたプランタンアベニューを抜けた先にその看板を見つけた僕はそこへ―文房具店に向かって歩みを進めた。

もとはといえば僕が言い出したことだった。季節は冬、早いものでもう1年が過ぎ去ろうとして―そしてカロスの一大イベントであるノエルがやってこようとしていた。
ノエル―それは昔も昔大昔に聖なる人が生まれた日とか…なんとかだっけ。僕はその日についてそれくらいしか思い出せないほどの関心と信心しか持ち合わせていないけど待ちきれない。だって楽しみなことが盛りだくさんだから。
なんたって美味しいものや気の置けない大事なひととの語らいのときが待っている。カントーなんかでは恋人と過ごすらしいんだけどこっちでは家族で祝う日っていう位置づけだ。家族とゆっくり過ごせるのはノエルのグッドポイントだよね。
それに眼にも美しい季節でもある。特にこの時期の夜のミアレの街は僕らミアレジャンご自慢の風物詩。ライトアップされていつもにましていっそう煌びやかになる光の都は世界中を虜にしてやまない。
それからグリーティングカードのやり取りもおなじみだった。
…なんで「だった」ってこれだけ過去形で言うのかというと今ではそんなに見られないものになっているから。その代わりに今のノエルの挨拶は紙のカードじゃなくてデジタルデバイスを使って済ませることがほとんど。

でも、なんだか今年は違うことをしてみたい気分だった。ノエル用のエフェクト(ホログラムをデコレーションするためのもので使うとたとえば電飾やオーナメントを飾ったりすることができるんだ)で飾ったホロメールを一斉送信してのグリーティングは始めたころこそ目新しくて知恵を絞っては工夫したものだった。だけどこの何年かは味気ない気がするようになったっていうのがひとつ(フラダリさんごめん)。
何より今年はせっかくプレサンスっていう可愛い恋人ができたんだからそのことも大きい、というかほぼ全てかな。いやあ思えば一枚の絵の話がきっかけになって恋心が成就するまでにまあいろいろあったよー…と、それはひとまず置いといて。

だから言い出したんだ、「カード交換しない?」って。何か形に残る、実体のあるものを心を込めて準備したかった。
ただ心配だったのはプレサンスの反応。そんなの古臭いって言われやしないかって。でも提案してみれば、あにはからんや大乗り気。瞳をきらきら輝かせて素敵ですねって賛成してくれた。
なんでも昔読んだ物語に出てくる女の子が貧しくて好きな人へのプレゼントも何も用意できなかったけれど、カードだけは一生懸命用意する場面が印象に残っていて。それで自分もいつか大事なひとに贈りたいってずっと憧れていたんだって。
僕もその本の挿絵のタッチが大好きで擦り切れるまで読んだから内容は知ってる。しかもそうしたいっていうことはつまりあの子が僕を大事なひとだって思ってくれているわけで。それに読んだことがある本までお揃いなのが分かって、あんまり嬉しかったものだから思わずぎゅっとしたら真っ赤になって―あの照れた顔の初々しさったら!
まあとにかくそんなわけで、僕はたった今ミアレの老舗文房具店のドアを開けたところだった。

ドアベルの音が店内に響く。その音に店員がこっちをちらっと見たけどそれ以外のリアクションは何もない。
カントーなんかの店だと入るなりすぐに声をかけてくるそうだけどね。でもここはカロス、店員のサービスの質にゆめゆめ期待するなかれだ。そんな対応には慣れっこだからさして気にすることもなく店内へと分け入っていった。
お客の途切れた時間帯みたいで他には誰もいない。思えば文房具店に来るのは久しぶりだ。切らしたら助手の誰かが持ち回りで買いに行くことになってるから。子供のころは色々な色のペンを集めたなとか回想しながら少しばかり歩けば、お目当てのカードコーナーはあった。
へえ、いろいろあるんだ…少し驚いた。予想以上に取り揃えてある。デジタル化が進む今日この頃だけど一定の需要はあるっていうことなのかな。
試しにすぐ手前の1枚を手に取ってみれば、赤い上質な紙に金文字でメッセージが書かれただけの模様もないシンプルなもの。これはフラダリさんに良さそうだな。それを戻して左にあったものを見て見れば、これは子供向けなのかデリバードたちがおもちゃのラッピングに忙しくしている様子を描いたほほえましいイラスト入りのもの。見ているだけでもなかなか楽しい。おや、こっちのペロッパフたちのポフレ工場のなんかもいいかも。師匠―ナナカマド博士に贈ろうか。あの厳しい顔なのに甘党な人に、ちょっとばかりミスマッチを狙ったりして。

そこまで考えてさて、と腕を組んだ。あれこれ見るのも楽しいけれどちゃんとどれにするか選ばないとな。でもこんなにあると迷っちゃうよ。目を陳列棚に走らせながら思いを巡らす。
自分で作れるほどの器用さがあればよかったんだけど僕不器用だし。きっとどこに出しても恥ずかしいものしか出来上がらないのは目に見えていた。だから既製品に頼るしかないんだけど…せっかく乗ってくれたプレサンスをがっかりさせたくない。
あんまりシンプルすぎてもそっけない。だからってイラスト入りのだと子供扱いして、って拗ねるかもしれない。飾り気のないのかな、それとも可愛いのかな。どんなのが好きなんだろう、それとなくリサーチしておけばよかった。悩むなあ

―でも。この悩みは全く嫌なものじゃない。それはきっと大事な人を想うゆえなんだろう。
出会ってそう経ってるわけじゃない。でもその長くない時間の中で、おまけに今は会えなくても日々プレサンスは僕の中で大事な存在になっていっているっていうことなんだ。
鏡を見なくても顔がしまりのない状態になっていることが分かって慌てて引き締めた。周りに人がいないのが救いだ。店員が見てないかってひやっとしたけど恐る恐る確かめたらそっぽ向いてポケギアをいじってた。よかった見られてなくて…
あ、そうだ。ふと思いついた。うまく作れなくても文字で伝えるっていう手があるじゃないか。じゃあ文をちゃんと書き込めるくらい余白のあるのにしよう。それでいて子供っぽくもなくてシンプルすぎもしないものに。
そうと決まれば…これはどうかな?いや、売られてるからには買う人がいるんだろうけどいくらなんでもノエルにチョンマゲを生やしてセンスを持ったヤドキングの絵はちょっとね。何の嫌がらせなんだか。こっちのはデザインはいいけどもうメッセージが書き込まれてるからパス。それじゃあこれは…
他のお客が入ってきたり店員が気まぐれを起こして声をかけてくる気配もないからカード選びは当分邪魔されないだろう。僕はあれやこれやと品定めに没頭していった。

エレベーターの扉がガコンと音を立てて開いた。ふう、と息を吐く。ようやっと暖かい場所に戻ってきた。
店に長逗留することになったけどそれぞれのイメージに合うこれぞというものを見つけることができた。寒いし帰る前にカフェでブランデー入りの暖かいショコラを飲みたいなんて誘惑にかられもしたけど、たまには静けさの中で手紙をしたためてみようと思い直して研究所へ帰ってきた。
付けたままにしていた暖房のおかげで部屋は外の寒さをすぐに忘れてしまうほどに暖かい。コートを脱いでかけてからカードの入った袋をデスクに置いた。
デスクに乗ってるのはそれだけじゃない。出かける前にお気に入りのパルファムの入ったアトマイザーとハンケチとビニール袋も置いておいた。手元に必要な道具が揃ったのを確認してチェアに座る。そして引き出しから愛用の万年筆を取り出して―さあ、準備は整った。

最初にプレサンスに贈るカードのビニールの外袋を破って文章を書き始めた。ブルーブラックのインクが想いを認めはじめる。
選ぶ時とは違って文は時間をかけずスムーズに書きあがりつつあった。帰り道であれこれ考えていたからだ。といってもすんなり決まったわけじゃなかったけど。
『良いノエルでありますように』これは必ず書きたい。『愛してるよ』ってことももちろん。そしてちょっとひねりも加えたいし。いざ考え出すとアイディアが押し合いへし合いを始めるものだからなかなかまとまらなくて悶々としながら。
でもサウスストリートへ踏み出した時いい考えを思いついた。あれでいこう!って―。

ちょっとクサいかな、笑われちゃうかなって迷わなかったわけじゃない。
でも、とそれを打ち消した。
いいんだ、素直な気持ちをしたためた手紙に勝るものはないってどこかの誰かも言ってた気がするしね。そう頷いて書き終わったカードを脇によけた。それからフラダリさんや図鑑をあげた子たちにもそれぞれ宛てのカードに文面を、封筒には住所を書いて切手を貼って…それを何度か繰り返して、出す分は全部書き上げた。
残るは仕上げのひと手間だ。カードを脇によけてハンケチとお気に入りのオードパルファムを手元に引き寄せた。左手にブルーのタオルハンケチ、右手にアトマイザーの口をあてがってプッシュ。一吹きすれば香水は布の中へ吸い込まれていく。書き上げたカードをハンケチと一緒にビニール袋の中へ入れた。これで香りが移るだろう。直接吹きかけないのはそうすると香りが強くつきすぎてしまうから。あくまでほのかに香るのがいいんだしね、少し放っておけばいい感じになるだろう。

これで準備はできた、頃合いを見て投函しに行こう。デスクから立ち上がって伸びをしたらお湯が沸いたことを知らせるアラームが鳴った。いいタイミングだ。コーヒーを淹れながら自然と鼻歌が出てくる。
プレサンスはどんなカードをくれるかな。お母さんが画家なだけあって感性が豊かだからきっと素敵なものを選ぶだろう。
あの子はカントーから移り住んできたけど、こことは違ってノエルは恋人同士で集まるからカロスでもそうなんだと思ってたらしくて。だから家族で祝うものなんだよって教えたらそこは賢い子だ、僕と過ごせないって分かって残念そうだった。
そこでカードの話の後に言ったんだ。「じゃあ、僕とプレサンスがゆくゆくは家族になればいいよね」そうしたら一緒に過ごせるよって。
しばらくは意味がつかめなかったのかきょとんとしてた。でも少しして分かったみたいで顔真っ赤にしちゃってさ、可愛かった!
そんな愛おしいきみに会えない埋め合わせはこのカードでするよ。届くのをしばらく待っていてね。どんな顔して受け止めてくれるかな。
ゆっくりマグを傾けながらコーヒーを味わう。喜んでくれるといいな。その光景を期待しながら飲むコーヒーは、いつも通りのインスタントなのにとても深くて優しい味がした。



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