飛び級ちゃんと竜年くん


カキツバタは留年している。だからこそ、他の生徒たち以上にこのブルーベリー学園の様々なこと、教科書にも載っていなければ新聞部も掴んでいないあれこれに詳しい。先生の噂、BPの効率的な稼ぎ方、食堂のメニューのおすすめアレンジ方法、そしてテラリウムドーム各所の人目に付きにくいサボりスポットまでなんでもござれ。根城としているポーラエリアは、もちろんお気に入りの場所ではあるけれど、気候が気候なのでサボりに向くかどうかはまた別の問題。そもそも、あのエリアでちょっとでも転寝しようものなら、あっという間にゴーストタイプの仲間入りを果たしてしまうだろう。

というわけで、カキツバタのいっとうお気に入りのサボりスポットはまずはやはりリーグ部の部室。自主自律を重んじるとの方針のもと、ここには教職員もほとんど来ないから。次点はコーストエリアのとある一角だ。周辺の環境はサボりにおあつらえ向きだし、開放的な海を眺めながら、このエリアを取り仕切るプレサンスと語らう――というより、彼が一方的にあれこれ話しかけている――ことが、バトルにも負けないくらいの楽しみでもあったから。

「おーすチャンピオン。やっぱここかい。気ぃ合うな」
「授業は……って聞くまでもないね、カキツバタくんのことだから」
「さすがプレサンスはオイラのことよぉく御存知で」

フラフラと現れ声をかけた同級生に返事こそすれ、プレサンスはカキツバタに向き直らずコーストエリアを眺め続けている。単位を早々に取り尽くしたので、多く空いたコマにはこうして過ごすのが彼女のリフレッシュ方法なのだ。そして、プレサンスが今のようにしているところに出くわしたら、カキツバタはすぐさまその横にどっかりと「隣いーかい」だとかの断りもなしに座るのが習慣だった。断られたことはない。ビックリしたプレサンスが思わずこっちを向いてくれないか、と彼はいつも期待してしまう。バトルで向き合うのとは違う一面を、近くで覗きたい。あわよくば、ドキドキしたような反応も見せてほしい。ただ残念ながら、今まで一度も叶ったことはない。そして、この先、残り少ないだろう時間の中でも叶うことはないのを、カキツバタは今しがた知ったところだった。

「もしかしなくてもオイラとデートがしたくてたまらなくなって待ち伏せてたってか。いやー照れるねぃ」
「そういうのよくない」
「お、実はタロとシンクロ中か?」

ジムリーダーを務めるそれぞれの親族に引き合わされたことがあるので、カキツバタとタロはブルーベリー学園入学前からの顔見知り同士。彼女は今年入学したばかりだが、1年生ながら早くもブルべリーグ四天王に上り詰めた。当面はプレサンスと共同でこのコーストエリアを取り仕切りつつ、彼女からリーグ部運営のあれこれを学んでいる。二人は実に仲良くやっているようだ、それは良い。しかし昔馴染みなのでカキツバタはよく知っているが、彼女は温厚そうに見えて実はものごとを臆せず物申す性質でもある。だから、プレサンスに話しかけているところにタロと出くわしたら「まーたカキツバタはサボってる上にプレサンス先輩がリフレッシュしてるところに無駄絡みして迷惑かけるんだから! そういうのよくないと思います!」と、手で×を作りつつ小言をくらってしまう日もある。それでも、ポーラエリアでの授業やバトルのたび、この世の終わりが来たような顔をしながら厚着で参加するほど寒がりなプレサンスは、自身の根城であるコーストエリアによくいる。となれば考えるより先に、カキツバタの足は勝手に彼女のもとへ向かうのだ。

「そーいやプレサンス。聞いたぜぃ」

テラリウムドームの人工的な潮風に吹かれて、ほんわりと香るプレサンスのシャンプーの香り。それに惑わされたみたいに口を開きながらも、カキツバタは後悔した。この話題、止しとくんだったか。空気を震わせかけている言葉を引っ込めたくなる。口に出したら、プレサンスが自分のもとを離れる日がやがて遠くないうちに来るのだと認めることになってしまう。だけど、もう、止められないから。

「……卒業、決まったってな。おめでとさん。しかも校長先生が直々に試験官の卒業試験バトルも難なくパス、飛び級もしてのけるたぁ大(て)ぇしたもんだ、見上げたもんだ。でもってめでたくオイラは置いてけぼり、リーグ部部長の仕事もたっぷりってな」
「ありがと。でもねカキツバタくんが授業出なさすぎるのがいけないでしょ。それにサボってるならせめてその時間部長の仕事に充てれば?」
「そこはツバっさんにも色々あるっつーことでひとつ」
「またそういうこと言って。私がいなくなった後にネリネさんやタロちゃんや、これから新しく四天王になるコに負担行かないようにしてよねっ」
「承知ー」

呆れたトーンのプレサンスの声さえ、小さな溜息さえ、カキツバタには心地良いのだ。

なあ、何もそんな急いで卒業するこたねえだろぃ。なんならもうちょい、いやずーっと先延ばしにしてもっと学園に、オイラの隣にいてくれよ、プレサンス。ブルべリーグでずっと、勝っても負けてもお祭り騒ぎのバトルいつまでもしてようぜ――広い世界へ飛び出していくのだろうプレサンスに向けて、カキツバタの口からはそんな言葉がそれこそ今にも飛び出しそうになる。オイラにゃプレサンスを引き留める権利なんざ、と自戒しつつ、軽口で本心を覆い隠して。

同学年でずっと同じクラスの隣同士の席、なんなら入学式の日からそうだったプレサンス。同じ日に揃ってブルべリーグ四天王に上り詰め、カキツバタと互角の実力を誇る彼女は、タイプにこだわりを持たず「いろんなコの可能性を探したいの」と話す。その分、繰り出すポケモンをバトルごとに変えてくるため対策が取りづらい。手持ちの顔触れは、あるときはエンブオー、またあるときはペンドラー、とにかくボールから出てきてのお楽しみだ(そして実力が及ばない生徒が、陰で「プレサンスって選ぶポケモンの節操無さすぎなんだよねー!」と悔し紛れに零すほかないくらいに)。かつては序列を決めるため、公式戦を何度か繰り返したけれど全て引き分けに終わったものだから、シアノの「じゃ、プレサンスくんとカキツバタくんはダブル1位ってことでー」という一声で今に至る。

そうして。いつしかカキツバタの中で、プレサンスはなんとなく話す隣の席で同じ部活の女友達から、ライバルへ、そしていつしか目で追う相手になった。彼は生まれたころから周りにドラゴンタイプがいて、その流れでこのタイプを使ってきた。それは彼にとって当たり前のことで、だからこそ、プレサンスが様々なタイプに目を向けるのが新鮮に映るのだ。ただ、プレサンスとの関係をカキツバタは「ライバル兼仲良しキョーダイ」から変えたくはなかった。仲良くゆるーく、こうして留まりたかった。そうできると思っていた。彼にとってこの学園もリーグ部も安住の地だ。教師陣は自主性を重んじるという方針のもと、もはや放任主義。「ジジイ」の目もここには届かない(タロからさらにその父経由で、祖父にカキツバタの動向の報告は行っているかもしれないが)のでのびのびと過ごせる。周囲の期待やドラゴン使いの一族に生まれた者ゆえに掛けられる諸々の重圧も、ここでなら忘れられる。かつてとある知り合いは「音楽で食っていく!」と言い残して一族を飛び出したと聞くが、そうなれる自信は、まだカキツバタには無い。

「とりあえずリーグ部の連中でプレサンスの追い出しパやんのは確定だから菓子買い込むとして。次、どうするよ」
「卒業してからってこと? 色んなとこへ行きたいな。カロスも良いし、シンオウも楽しそう。それを通して、何か見付けられたらなって」
「何を」
「それは……まだハッキリどんなものかは自分でも解かってないけど、とにかく何か」
「見付けてくんねえのかい。オイラのプレサンスへの思いは」
「何か言った?」
「なーんでも」

未来に想いを馳せながら、同列チャンピオン同士の会話はなんとなく続く。この先もするかもしれなかったやり取りを、前借りするみたいに。

「卒業、かぁ……これからのことばっか考えてたけど、大好きなコーストエリアでカキツバタくんと話してたらなんか急に学校生活名残惜しくなっちゃった。ブルべリはこれからどう変わっていくかな? 直に見られないのは寂しい。タロちゃんの成長も見守りたいし、ネリネさんもすごい力着けてるでしょ。この間なんて久々に最後の一匹まで追い詰められたんだから。カキツバタくん以外相手のバトルだといつぶりかっていうくらい」
「頑張ってる奴は刺激になるからねぃ。お、今思い付いたんだが留学生招(よ)んで、ブルべリーグのテッペン狙ってもらうのはどうよ」
「それ良い! うちの学生負けず嫌い多いから、よその学校からのコに負けるもんかってみんな強くなるだろうしね。あと、お料理上手なコが入ってきたらBP全部払ってでも教わりたかったな」
「調理部に体入してその日のうちに家庭科室出禁になったのに向上心の高いこって」
「っ、何で知ってるのそれ! 出禁じゃなくって調理器具は絶対使わないでって言われただけだから! それよりゼイユさんって、えーと、確か私たちと違って、イッシュの出身じゃなくて遠い東の地方から来てるんだったよね。だから手持ちにこっちじゃ見られないポケモンがいて、戦ってて楽しいんだ。弟も来年入学するとかチラッと聞いたけど、どんな手持ちがいるのかな」
「……ゼイユに直接訊くのが早ぇと思うがねぃ」

他の異性、それもまだ入学してすらいない相手をプレサンスがちょっとでも気にかけているのが癪で、カキツバタは思わず低い声が出た。

そのとき、カキツバタが腰に巻いた布も、プレサンスの制服のスカーフも、ちょうど吹き始めた常夏色の風に揃ってそよぎ始めた。テラリウムドームは気象や気温も何かしらのかがくのちからでコントロールしている(ブライア先生が何かを仕込んでいるからだとかなんとか小耳に挟んだような)。腰を下ろしている分、自身が重石になっているので彼の方は端が少しはためく程度だ。一方彼女の方はというと、スカーフ留めが無ければそのままそれに乗って行ってしまいそうな勢いで風が当たっている。それはなんだか、これからの互いの未来の暗示のようでもあった。



目次へ戻る
章一覧ページへ戻る
トップページへ戻る


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -