ぬいつける


伝説のシノビがヘビーなトレーニングの果てに会得すると聞く「分身の術」。我にも使えればよいものを。シュウメイはここのところそう思わずにはいられない日々を過ごしていた。とても忙しいのだ、分身したいくらいには。色々あって復学し、将来の夢のために算術、もとい数学に力を入れると誓った以上勉学にも身を入れたい。スター団の仲間たちと過ごすひとときだって当然大事だ。それに趣味のことも。アニメの配信を見られずに何本か貯めてしまっているから視たいし、マリナードタウンの競りに自作の衣装などを出したら評判を呼んで、この間など市場の代表者から直々に「もちろん無理のない範囲で良いから、これからも頼むよ」と言われたからにはそれにも応えたい。

ただ。もしそんな術が使えたとしても、今日プレサンスがこれから赴く先に付いていくのは、分身にだって譲りたくはない気持ちがあった。彼女からのせっかくの誘いを、もう断ってしまっているというのに。


シュウメイが手を伸ばしたのは、プレサンスが身を包むドレスのウエストに付けたリボンだ。左右に少し引っ張り、形を更に美しく整える。その腰の細さを実感し、それからビビヨンを模した髪飾りを着けシニヨンにまとめた髪の下、いつもは見えない彼女のうなじにそっと目をやり心臓を高鳴らせてから。このドレスは、アカデミーのスクールカラーの生地をプレサンスに最も似合うパターンで仕上げたお手製。「前からドレス作ってみたいと思ってて。それで、シュウメイくんに色々アドバイスもらえたらなって思うんだけど良いかな」というプレサンスの頼みを引き受けデザインやら何やら助言していたもので、先ほどついに完成を見たばかり。裾の刺繍だとかの細部に凝りに凝って……とやっていたら、当日ギリギリの仕上がりになってしまったのだ。

「いかがでござるか? プレサンス殿」
「……すっごい! ほんとすごいわシュウメイくん! デザイン一緒に考えてもらえるだけでも助かったのに、このネイルもリップもドレスとこんなに合うなんてもう感激すぎ! 何から何までありがとうね」
「我には過ぎたワード、恐悦至極也。プレサンス殿の類稀なるスキルありてこそのこの仕上がりでござろうに」
「でもでも、デザインしてくれたのはシュウメイくんでしょ」

姿見を見ながらフィッティングと最終調整が進む。プレサンスの口からは絶賛と感謝の言葉が迸って止まない。口紅もネイルも、シュウメイが贈ったものだ。学生の身分ではおいそれと手が届く値のものではないけれど、競りで得た資金でなら十分に賄えた。

シュウメイの目の前にいる女子生徒――プレサンスは、彼の「同胞」であるヒロノブの姉だ。そして、シュウメイが密かに思いを寄せる相手でもあった。

「初めまして、あなたがシュウメイくん? 弟と仲良くしてくれて本当にありがとう!」

――ヒロノブに「シュウメイ殿。実は、折り入って姉上が伝えたきことあるらしきゆえ、一度だけでも会ってはくださらぬか」と請われて引き合わされ初対面を果たすなり、プレサンスは心から嬉しそうにそう言ってくれたのだ。

それからも接する機会を重ねる度、距離は近くなった。なんでも、スター団が『スター大作戦』を決行する前は、友達がおらずいじめられていた弟が気がかりだったが、やがてプレサンス自身もターゲットにされた挙句怪我まで負わされたせいでアカデミーをしばらく休まざるを得なかったらしい。でも、両親や当時の入れ替わる前の先生に訴えても放任主義だから一人ではどう対処して良いのか解らずにいたとか。だからこそその分、いじめっ子たちを一掃してくれた上、ヒロノブも自分も毎日楽しく学校に通えるようになってとても感謝している、とも彼女は話していた……何より、プレサンスはいわゆるオタク趣味の持ち主ではないけれどもシュウメイと同じく数学が苦手、一方裁縫が大得意なことも判って、二人が次第に仲良くなっていくのは当然の流れだった。

「生地がどの長さならいくらになるのかって、すぐ自分で計算できればなあとは思うの。でもね、生地選びと柄の組み合わせとか考える方にばっかり意識が行って、結局いつもスマホロトムの電卓アプリに頼っちゃう」「まことアグリーでござる」……こんなふうに、趣味や考えが合ったら。

「プレサンス殿、この部分に使うべきはシャンタン一択でござろう?」「シュウメイくんの意見でもそれだけは賛成できないわ。絶対ベルベットじゃなきゃ!」……そんなふうに、何の生地が最も良いかについて白熱した議論を戦わせた数日後に「私、ちょっと言いすぎちゃったよねこの間」「何の。我の方こそあの時分は失礼仕った」との言葉とともに互いに差し出したお詫びの飲み物が、揃ってサイコソーダだったから。

またあるとき。「もしやプレサンス殿も此度の試験レッドポイントを?」「えへへ。実は当てはめる公式ぜーんぶ間違えちゃってたの、終わったあとに思い出して……お互い頑張ろうね」数学の追試会場でバッタリ遭い、試験前に少し盛り上がったら(ちなみに、タイムに「お二人とも、お話はテストのあとのお楽しみにしましょうね」とやんわり窘められるオマケが付いた)。

……とにかく。好いてしまったものは好いてしまったのだ。三次元の相手でも。

念入りに全体をチェックするフリをして、シュウメイは実はプレサンスをじっくり見ていた。姿見に映る姿ではなくて彼女自身の方を。なんとゴージャスビューティフル、目にも綾なるこの姿。でも、こうして着飾ったプレサンスが、他の男のもとへ行ってしまう時間が近づいていると思うと悔しくて、だから、引き留めたくて。「む、やはりこの部分がまだ補強が要る模様。失礼」と断り、でも別に解れてもいない裾(それもプレサンスからは見えにくい部分)をそっと持ち上げ、何か直したフリをしては時間を稼ごうとしていた。

シュウメイとプレサンスが今いるのは、教室棟の家庭科室だ。寮の部屋では準備をするのに手狭なので、家庭科担当であるサワロに許可を得て放課後も使わせてもらっている。窓の外では既にとっぷりと日が暮れ、星が瞬く冬の夜が訪れているのが見えた。でも、寒々しいどころか、むしろ今日のアカデミーは華やかな熱気と賑わいに満ちていた。

今夜学び舎を行き交う生徒たちは、いつもの制服姿ではない。アカデミー主催の自由参加のパーティーがホールで間もなく開かれるので、参加者は寮や自宅、気合を入れたい者はヘアサロンで、思い思いにドレスアップして良いのだ。今年一年間勉学に励んだことをみんなで労い合おう、ということで近年始まったこの催しは、教職員による出し物あり、パルデア各地の人気レストランのケータリングや人気パティスリー・ムクロジのスイーツ食べ放題あり。寮の門限も特別に深夜0時までに延ばされる。シュウメイの仲間内では、ピーニャがダンスフロアにかける音楽を頼まれたといい、その作曲に忙しくしているのは知っていた。めかし込んだ姿がライトアップされているのもあって、生徒たちはまさにテラスタルに負けないほど輝かんばかり。

ただ。シュウメイは元から宴などというものには興味が無い。団の仲間は、ピーニャを除いて皆家の用事が偶然重なったというので参加を見送ったから、誘い合って行くという発想にも至らない――だから、プレサンスが「シュウメイくんはパーティーどうするの」と訊いてきたときには、ほとんど何も考えずに「シノビに宴は似つかわしくないゆえ、ドロンする所存」要するに行かないと断ってしまったのだ。良いデザインの案が湧きかけていたからそちらに意識が向いていたのもあって。そのときプレサンスがどんな表情をしていたのか、リアクションはどうだったのか、彼は覚えていない。そう応えてしまったあと、気まずくて彼女の方を見ていなかったから。プレサンスは内心はどうあれ、そのあとドレス製作に協力を仰いできてこれまでも変わらず接してくれているからには、嫌われていないとは思いたいけれど。

「ヒロノブ殿もやはり宴への推参は見送るのでござったな」
「そうなの、好きなアニメの一挙配信オールで見たいって。あの子らしいでしょ」

開場が近いのだろう、より多くの学生たちが集まり始めていて、外の喧騒は先ほど以上のものになっている。そろそろプレサンスも出発する時間か。他愛ないことを話しながら、シュウメイは着飾ったプレサンスを前に、内心で自分に忸怩たる思いを抱いていた。プレサンス殿のオファーを断るなど、このシュウメイ一生のとんだ不覚。今からでも言を翻してしまいたい……しかしシノビに二言は、我に止める権利は……しかしきっと、かほど麗しきプレサンス殿は必ず注目を浴びるはず。その手を取り、否、それだけに飽き足らずポイズンファングにかけんとする奸物どもがワンアフターアナザー湧いて止まぬこと間違いなし。

我以外の男に、プレサンス殿が毒されてしまう。 かような狼藉――許しがたき!

「プレサンス殿っ」
「え、どうしたのシュウメイく……」

そんな思いと衝動に突き動かされるまま、シュウメイはプレサンスの前に踊り出る。そして驚く彼女の手を取るなり――その形はこんな時にまで、シノビの結ぶ印のそれのようになってしまったが――口が勝手に動いていたのだ。

「何卒、此度の宴への推参を思いとどまってはくださらぬか? 我、プレサンス殿の魅力を最大限に引き出したく、パターンからデザインから僭越ながら助言申し上げて参った……なれど、我の慕い申し上げるプレサンス殿があまりにも麗しい、他の輩共に注目されて我の恋敵が増えてしまう。いっそこの場にプレサンス殿を縫い付け、いずこへも行くことかなわぬように仕立ててしまいたい。ユーの誘いを断っておきながらおこがましいのは知りつつも、この思いは、忍ぶことかなわず」

勢い叫んだ告白の言葉は、外のざわめきにも埋もれはしない。シュウメイが一息に言い切ったあと、彼もプレサンスも何も言わずしばらくその状態のままでいた。それでもその間に、プレサンスがシュウメイの手を振り解こうとしなかったのは、つまり。

「今の、シュウメイくんが私に告白してくれたっていうこと?」
「い……イエス。で、ござる」
「ふふ。嬉しい! 良かった」
「!」

思いがけず想いが通じ合ったことに、彼もプレサンスも同じ色に染まった顔を見合わせる。二人の顔は、かつてシュウメイが着ていたシノビ衣装にも負けないほどの赤みの強いピンク色をしていた。

「ご心配なく。私……シュウメイくん以外の他の男の子のことなんて見ないから。優しくて趣味が合うのよ、好きにならないわけないじゃない。それに、パーティーに行かないってはっきり言ってくれてホッとしてるの」
「? 断られて安堵とは一体……それにそのドレスは、宴のためのものだと我はてっきり」

プレサンスがそう言った理由に全く見当が付かなくて、シュウメイは驚きに目を瞬かせた。

「あ! そういえば言ってなかったよねごめんね、別にパーティーには行かないつもり。ドレスは作りたくなった時期が偶然それの前に重なっただけなの。それにね……シュウメイくん、あなた自分がカッコいいの解ってる? 絶対他の女の子たちがほっとかないから、そういうとこ行ってほしくないな、って」
「さようでござったか。我もまた、同じ気持ちでござる」

そうしている間に、ざわめきは教室棟の近くではなくてホールの方から漏れ聞こえるようになってきていた。パーティーはますます盛り上がりそうだけれど、シュウメイとプレサンスは自然と近づき合った唇同士の方を、しっかり、縫い付けることに忙しかった。



目次へ戻る
章一覧ページへ戻る
トップページへ戻る


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -