あべこべセニシエンタ


そらをとぶタクシーが、アカデミー正面エントランスに面した階段のふもとの邪魔にならない位置に着地した。「お客さん、着きましたよ」と告げたドライバーの声に重なるように、イキリンコたちがピーチクとやかましい。彼らなりに到着のアナウンスをしてくれているつもりなのだろうか。

「はーい、ありがとうございます」とは応えたけれど。もう着いちゃった、でもホントはそうしたくないな。そんな思いに阻まれたように、プレサンスの爪先はこういうときにいつも地面に付くのをためらう。ここで「第一歩」を踏み出したら、また離れる時間がやって来てしまうから。

「どうぞ、プレサンスさん……頭をぶつけんようにしてください」
「はぁい」

それでも結局いつも、先に降りたあと、薬指に輝くあかしを付けた左手を差し伸べてエスコートしようとしてくれるアオキの手を、彼から贈られた同じデザインのリングを嵌めた方の手で取りたい気持ちのほうが勝ってしまうのだ。



モトトカゲたちが駆け抜けてゆく足音に、アカデミーの学生のおしゃべりやクレープのワゴンの呼び込みの声などなどが四方八方で飛び交う。そんな中でも、アオキとプレサンスにはお互いの靴音が耳を澄ませるまでもなく良く聞こえていた。

2人を結ぶのは、かさついた男のそれと、正反対のすべすべした、あとはアカデミーさえ卒業すれば大人になる少女の手。ぎゅうと繋がれ、指はいつの間にかカラミンゴの群れもかくや、というぐらいしっかり絡められている。それはどこか交わりを思わせて官能的ですらあった。

胸が苦しい。プレサンスさんへの愛おしさがそうさせるのか。いやだがそれ以上に物理的に……アオキはいつも通り無表情を装っているが、その実心臓をバクバク言わせながら彼女と歩調を合わせている。彼はプレサンスから聞いていたが、チャンピオンランクにしてアカデミーの生徒会長であるネモをもこの地獄の階段はへばらせるらしい。“灰かぶり”よろしくそこを駆け下りるのではなく、一段一段踏みしめて登っていく(今は魔法の解ける真夜中ではなく夕方だが)となれば、そうなるのも致し方ない。とはいえ男は好いた女の前では見栄を張りたいもので、それはどこまでも平凡な彼にもまた言えること。アオキとて、何回りも年下の恋人の前ではバテるような無様なところは見せたくないから何でもないフリをしている。

一方、若さゆえの体力のおかげだろうか。プレサンスは迫るしばしの別れの時間に名残惜しさを感じてはいても、足取りまで重くはない。履いているのはパルデアのどの靴屋でも売っている人気のデザインのスニーカーで、サイズも平均的。とても小さくて、それでいて目立つガラスの靴ではないから、もし落としてしまっても持ち主のもとには戻らなさそうなくらいにはありふれたもの。だが、ガラスの靴を落とした貴婦人を探して結婚を申し込む、なんてまどろっこしい物語をなぞることもない。だって、その「結末」はプレサンスの左手薬指にもう輝いているから。

「もう少しで色々片付くんで。来月にでも新居の内見、一緒にしますか」

何より、プレサンスのあとを追いかけようとする王子様はいない。いや王子様はいるのだ、彼女の横に一緒にぴったりくっついてエスコートしているアオキが(王子様と言い表すには大分くたびれているし、現に心臓破りの階段に実は息も絶え絶え。それでもプレサンスにとってはそうなのだ)。

まだ恋人だったとき、プレサンスがしっかり単位を取り、「卒業が決まりましたよー!」と連絡してきた夜。祝いの言葉をかけながらアオキは閃いた。式は卒業後のいつかだとして、せめてその前に婚約、それに籍と指輪も――電話を切ったあとに長考した末アオキが出した結論は、そんななんともせっかちな内容だった。

社会に出たらリーグに就職すると決まっているプレサンスだが、ただでさえ魅力的な彼女のことだ。社会人になれば、アカデミーの男子学生だけでなく、どこのバンバドロの骨とも知れぬ奴らに言い寄られてしまうに違いない、そんなことは耐えられない。だからアオキは翌日にはタスクを片付け、ハッコウシティのジュエリーショップにまさしく「飛んで」いき、プロポーズリングをひっつかむように買ったのだった。

「早くアオキさんともっと一緒にいられるようになりたいな。夕方にさよならなんて早すぎるのにー」
「自分もプレサンスさんと同じ気持ちですよ。ですが真夜中を過ぎても一緒にいられる日は遠くありませんから、どうかこらえてください」

部外者が立ち入れるのは寮の前までだ。解散までそこで抱き合って周りに(主に男子学生に)見せつけてやりつつ、アオキはそう囁いた。ただし「同居するようになったら嫌でも寝かせる気は無いんで」という言葉は、まだプレサンスが嫁入り前だし、日が高いのでしまっておくことにして。



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