食育


今日も賑わう宝食堂のカウンター席から、たった今同じタイミングで立った2人連れがいた。スーツに身を包んでいるくたびれ気味の成人男性と、アカデミーの制服を着て日焼けしている溌溂とした印象の少女。彼らが会計を済ませたのと前後して、コックコートを着た女性が姿を見せる。性別、年齢、体格、雰囲気……何もかもが違う(共通点は宝食堂の常連で、ポケモンバトルが強いことだが)アオキとプレサンスは、いつしかここの隠れ名物、あるいは福の神となって久しい。何せ、店内の目につきやすいところで色々なメニューを次々美味そうに平らげるので、それに触発された他の客も自分もあれを試してみようか、となる。だからこそ、普段は厨房で切り盛りに忙しい女将も彼らの見送りだけは欠かさないのだ。

「やっぱり何度か食べてみて、サンドウィッチの具に使うのよりもなんていうか、味が深い感じちょっと解ってきました」
「自分の感覚からすると、パンにトーフを挟むというのはなかなか想像が及ばんのですが……」
「最近はトーフを具にしたサンドウィッチのレシピがバズってるんですよ?ダイエットとか用に」
「はあ。ともかく宝食堂のあれは原材料からこだわってるんで、あの通り美味いですねやはり」
「『やだよアオキさんたら私のセリフ取っちゃってさ』ってさっき女将さんに言われたやつー!」

「アオキさんプレサンスさん、またごひいきに」という声に「……ごちそうさまでした」「ごちそうさまでしたー!」と、全く音量の違う挨拶を返した二人が、夜のチャンプルタウンを話しながら歩いていく。共通点よりも違いのほうが多い彼らの話題はジャンルが限られるけれど、今日のそれは先ほど食べたトーフについてのものだった。アオキが先ほどトーフについて述べた評価に、嬉しそうな顔で文句を言った女将は、半丁分を彼とプレサンスの皿それぞれに盛ってくれた。サービスのつもりだったのだろう。おかげで少し得をした気分だ。

「だけど大人の味はまだ私には早かったかも。まだ舌ヒリヒリしてる」
「大人なんてあまり急いでならんでも良いかと」
「なりたいものはなりたいんですっ」

今日、プレサンスはいつもならシンプルに醤油をかけて食べていたトーフを、初めてミョウガ乗せで食したのだ。いわく「大人の階段を昇りたいんですよお」とかで。それでも自分でも認める通り、まだまだ舌はお子様のそれのままらしい。

アオキがそらをとぶタクシーを呼び、到着までの間はチャンプル不動産の前で待つことになった。店じまい中なので一つずつ消えていく灯りにプレサンスの姿が照らされる。そして、最後の一つが消える直前、アオキがそっと目をやるのは――ふくよかに育ちつつあるその部分だ。

出会った当初より、ずいぶん丸みを帯びてきた……普段は生気の無いアオキの目に一瞬だけ、オスのぎらつきが宿った。しかしそれをプレサンスは知らないまま「今度は定番のガケガニスティック乗せようかなー、でも思い切ってテラピース添えにしよっかなあ」と、今度のメニューに思いをはせるのに忙しい。

思惑通りだ。アオキは内心ほくそ笑む。自分が頼んだメニューは、プレサンスも必ず真似をする。「だってアオキさんが頼むのなら外さないと思って」と、彼女はいつかその理由を教えてくれたが、ともあれアオキはそのことを存分に利用させてもらうことにしたのだ。ちょうどそのころ、トーフはその部分の発育に良いとも聞いたところだったから、それを頼めば彼女もはやり同じものを食すので、それを繰り返して……。

「もう少し、ですかね」

タクシーの姿が見えて来たことに託けて、心のうちを闇に溶かす。「大人なんてあまり急いでならんでも良いかと」なんて、”その部分”の成長には当てはまらない。ほかの男を惹きつけてしまう前に、「いただかれて」しまうその前に、邪魔者は薙ぎ払い、指折り数えて待つだけのこと。長考は十八番だ。それと同じだ。

さて……「食べ頃」まで、あとは。



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