トレジャーハント


「らっしゃい!どーもアオキさん!」
「……どうも」

今日も今日とて、宝食堂の引き戸を引いたアオキを馴染みの店員が迎えた。彼に会釈代わりの視線(と、多分賑やかな店の中ではこの至近距離とはいえ届いていないだろうボリュームの挨拶)を返しつつも、足は止めずにいつものカウンター席を目指そうとする。

アオキがいつもそこを定位置にしているのは、まずなんといっても、カウンター席の中で入口から一番近く、厨房が目の前だからオーダーも早く通り、すぐにお目当てにありつけて空っぽの胃にありがたいからだ。あと、後ろにある小上がりはグループ向けなので当然ガヤガヤしているが、その騒がしさと適度に距離を取りつつ一人のんびり食事ができるという点も良い。

しかし。最近アオキは、とある理由からあの小上がり席も悪くないのかもしれない、と考えを改めるようになってもいた。ジムテストのときはバトルコートになるそのスペース。そこでチャレンジャーと相まみえるジムリーダーとして、風向き、ではないが位置を変えて改めて眺めてみれば、何かしらの発見があるかもしれないから……だが、生憎とそんな(オモダカが聞いたら「素晴らしい!」と拍手しそうな)向上心溢れる理由ではない。あの、プレサンスというアカデミー生と、今一度差し向かいでバトルだけではなく食事もできたらと思う。端的に言って、彼女と親しくなりたいのだ。頭の片隅では、眩しくて向かい合えるかもわからんのに、という言葉が浮かんでやまないけれど。

――いるだろうか。ゆっくりとした足の動きとは正反対に、大入り満員の店内に素早く目を走らせる。ウォーグルなら、衝立に遮られずに「獲物」をすぐに探し出せるだろうけれど。小上がりでは、自分より年かさの男性が部下らしき数名といる。すぐ近くの2人席では、プレサンスより一回り以上離れた女性たちが盛り上がっている。だが違う。目当てのあの後ろ姿は、横顔はどこだ。見当たらない。今日も「何十敗目」に終わってしまうのか?

アカデミーの生徒として「宝探し」の一環で挑戦に訪れた女子生徒、プレサンス。手持ちの顔ぶれと繰り出すわざ、あれよあれよと間にトップへ上り詰め、同じくアカデミー生でチャンピオンクラスであるネモという少女同様、上司もプレサンスを高く買ってやまないということ。そして何より、ジムテストのあとにご馳走した料理を、それは美味そうに平らげたあと「美味しかったです!ごちそう様でしたっ」と、本当に嬉しそうにお礼を述べた様子。それがアオキの知る彼女のすべて。テラスタルオーブは直視できるのに、それとはまた違う眩さを放ち、でも一瞬で惹き付けられてやまなくなったすべて。お上がプレサンスを称して「パルデアの光」というのだけは同意できる。それに、彼女と食した飯の美味かったこと!バトルのあとの高揚感がそうさせたとか、女将の研鑽だとか色々理由はあるかもしれない、しかしそれとはまた違うような気もする。その正体はなんなのだろう。掴みたくても「ヒント」であるプレサンスの連絡先も知らないから、いてほしいという一縷の望みに賭けて宝食堂を訪れるほかはないが空振り続き。そのせいか判らないけれど、塩むすびも最近心なしかしょっぱくて……。

もともとアオキ自身としても、食べっぷりの良い異性に思いを寄せる(しかしそれが叶ったとは言っていない)傾向があるのを自覚はしていたが、プレサンスのその振る舞いは、彼の胃袋ならぬ心を掴むには十分すぎるものだった。それ以来、アオキは彼女が忘れられずにいる。

もう一度プレサンスとあれを味わいたい、なのに味わえなくてもどかしい。宝食堂はそもそもジムテスト以外で若者が訪れることは少ない店だから、また彼女が足を運んでくれるかどうか。ましてジムテストも視察も終えた今となってはもはや望み薄と言わざるを得なさそうだ。サラリーマンたるアオキにとって、互いを知る第一の手段は、学生のように胸を高鳴らせてスマホロトムのIDを交換するよりも、淡々とした名刺交換アプリでのやり取りになって久しいが、ああしてしまっておけば良かったものを。ポケモンリーグに挑戦しに来たときは周りの目があったからかなわなかった。ネモとプレサンスがテーブルシティでバトルをしようとしていたときは、残務があったので帰らざるを得なかった。「三敗目」のときには、眩しさから顔を逸らしたままノー残業デーを口実に帰宅してしまったが、今更さながらに後悔している。

せめてもう一度プレサンスのそばでひとときでも過ごしたい。この飢えは、いつまでも満たされないのか?



「……さん?あのー、アオキさん」
「! すみません」

お得意の長考、というより振り返っていたところで、アオキは店員の呼び掛ける声に我に返った。馴染みの彼は済まなそうに眉根を寄せて告げる。

「今日なんですけど2人席で良いですかね?小上がりはご覧の通りだし、いつものカウンター席も埋まってて」
「空席があるようですが……」
「それが、後からもう1人来るらしいんで。すみませんねえ」

カウンターの一番手前側の席から見て右側には、誰かが座っている気配が無いから指摘した。だが、それでもこれから連れが座るというなら致し方ない。店員が「手前側の2脚と奥側の3脚がね、ぐらつきがいよいよひどくなったから、いっそまとめて修理しようってことになったんですよ」と続けるのを聞くでもなく聞き、不承不承ながらもアオキは出入口寄りの二人席へ着くことになった。ここで駄々をこねないのが大人というものだから。

こうして奥側へ落ち着き「いつものをお願いします」と注文してネクタイを緩めたあと、ふと定席へ目を向けた。どんな先客がいるのか気になったのだ。

椅子の左脇の足元には、奇しくもいつもアオキがそうするのと同じように大きなリュックサックが置かれている。いつか「アウトドアグッズブランドとオカルト雑誌、異色のコラボ!」とか、そんな文句が踊るポップで宣伝されていたのを外回りのときにチラと見たような。アオキの携えている黒一色のくたびれたビジネスバッグとは正反対に手入れされ、そして彼のしょぼついた目を刺すようなビタミンカラーだった。

「はいお待ちどおさま、ゴーヤーチャンプルーだよ」
「おかみさんサンキュ!うまそーっ」

カウンター越しに今しがた料理を出されたようだ。店内でもよく通る声が、その先客がまだ若い青年、いや少年だと示していた。アオキが座った位置からは顔は見えないが、亜麻色の髪を長く伸ばして一部を違う色に染め、プレサンスと同じカラーリングのアカデミーの制服を着ている。「宝探し」でジム巡りをする生徒は多いけれど、その際には事前にアオキに来ることになっている連絡は受けていない。ということは、あの少年はチャレンジャーではなく純粋に食事に来たのだろう。あれぐらいの年頃なら「まいど・さんど」や「バル・キバル」あたりに流れそうなものだが、ああ見えてなかなか渋好みなのか。

それはさておき、ついていない。プレサンスさんが今日もいないうえに、あの席まで塞がっているとは。アオキは思わずカウンター席のあたりから目を逸らした。少年のリュックサックの色が、焼おにぎりに絞るレモンと同じ色なのに眩しすぎたから。半ばアオキの指定席のようにもなっているあの位置だが、かといってこの店は予約制ではない以上どの席を取るかは早い者勝ち、先客に退いてくれとも言えない。次は目を閉じたまま、同じ眩いのならプレサンスさんの姿を見たかったんですが、と彼女を脳裏に描きながら願ってしまう。肩を落とし、いつもよりもっと背中が丸まった。塩むすびは今日もきっと変わらず美味いだろう。でも……プレサンスと食したなら、もっと。

その拍子に零れた溜息は、ちょうど「オーダー入りまーす!ステーキ3人前、弱火ひのこ モモン添え!」と厨房に告げる声――と、同じタイミングで聞こえた「いらっしゃいませ!宝食堂通常バージョンへ!」「おーうい、ここだプレサンス!」と呼び掛けるあの少年の声にかき消された。

「……!」

プレサンス?聞き付けたアオキは、声のした方へいつもの動作からは想像もつかない勢いで向いた。ちょうど塩むすびの山を運んできた店員が「わっ」と小さな驚きの声を上げたのに構わず、件の少年へと近寄っていくあの姿をじっと見る。リュックサックのレモンイエローが目にささることこの上ないが、ともあれ間違いない、プレサンスだ。しかし「ペパーごめーん!デリバードポーチでバーゲンやっててつい寄り道しちゃった」「ったく、お待たされちゃんだぞ? プレサンスの分も今来たとこだから早く食おうぜ」……仲がよろしい様子を、自分以外の異性と名前を呼び笑い合う様子を見たいわけではなかったのに。少年は、プレサンスの到着が嬉しくてたまらないといったふうで満面の笑みだ。女将も微笑ましそうに見守っている。だがアオキはというと、無表情のまま、ほとんど無意識のうちに、だいもんじ並みの嫉妬の炎を燃やしていた。ようやく現れた想い人を「どろぼう」されて面白いわけがない。

一方、プレサンスが座るのだろう席の右隣にいる客の動きが何やら慌ただしくなった。スマホロトムで“LPプロジェクトの孫請けのチームリーダーが飛んだ!?はい、すみません今行きますっ”とかなんとか通話しながら、カウンターに勘定を放るように置いてバタバタと出て行こうとしている。あの様子、仕事で何かトラブルでも起きたに違いない。アオキは同じ社会人として同情の視線をしばしその背中に送ったが、そうする中で思い立った。そうだ、今なら。「今空いたあの席に移っても構いませんか?」と店員に訊く。そして彼が「はい、片付けますんで少し待ってもらって」と言うのも待たずに席を立って、つかつかとカウンターへ歩み寄り。

「プレサンスさん。ご無沙汰しております、こちらよろしいでしょうか」
「わ、誰……ってアオキさんじゃないですか!?お久しぶりですね、どうぞー」

そしてこれまたお伺いは立てつつも、プレサンスが返事をするよりも前に空席になった椅子へ腰を下ろした。呼び掛ければ彼女は驚くようなリアクションを見せたけれど、でも一瞬のことで。しかも自分のことを覚えてくれていたのが嬉しくて、少しばかり表情が緩みそうになる。そのまま、いつもとは反対側の位置にバッグを置く。彼女と自分の間の空間に、自分の物であっても割って入られたくはなかったから。

「……」
「……」

プレサンスは「このゴーヤーチャンプルー美味しいねー。そうだ、焼きおにぎり強火でお願いします!」と、料理を頬張ったり注文したりと忙しい。その一方、彼女を挟む男二人は食事も忘れて無言のまま威嚇し合っていた。喩えるならムクホークとマフィティフのにらみ合い。この目の前にいるプレサンスという宝物を譲る気は無い、と威嚇し合うオスの眼差しだ。

その間に、女将が何やら厨房から呼ばれて奥へと引っ込んだ。カウンター席の妙な雰囲気におっかなびっくりといった風の店員が、前の客の皿を下げ、アオキが最初に座っていた席から持ってきた食器や料理を置くや否やそそくさと去って行く。

「で。そのおっさん知り合いさんかよ?プレサンス」

スマホロトムのマップアプリでは、アオキは他のジムリーダーたちとは異なり、自分の顔が知れ渡らないようバックショットしか載せていない。そして、この少年が挑戦に来た記憶は無かったから、アオキの正体を知らないゆえの当然の反応だろう。

「アオキさんっていって、この街のジムリーダーも四天王もしてるすごい人なんだよ。ノーマルタイプもひこうタイプも使い分けててどっちも強いし、それにご飯ごちそうしてくれたの」
「……へー」
「そちらの彼はアカデミーのご友人ですか」
「はい!料理が上手で料理人目指してて。それで今は宝食堂とかハイダイ倶楽部とか、色んなお店で色んなもの食べて勉強してるのに私もくっついてきた感じでーす」

すごい人。強い。プレサンスの声で紡がれたそんな褒め言葉を、アオキは繰り返し頭の中で再生しながら身と耳にジンと沁みるのを感じた。あるとき詰められまたあるときには扱き使われ、賛辞を送られた日が思い出せないほど遠くなった今、それも密かに思う相手に言われたら、ガラにもなく浮かれそうな気分にもなってしまうというもので。塩むすびを手に取りパクリ。ああ、極上の美味さだ。やはりプレサンスさんと味わうのが一番だ。

そんなわけで少しばかり気を良くしたアオキは、改めて少年に向き直る。その面差しはポケモン博士にどことなく似ているように思えた。ひょっとして親族だろうか。有名人のあれこれについて情報収集などしようという発想にも至らないアオキだが、ゼロゲート付近にあるジムに配属されている分、そこに出入りしていたあの博士の顔は何度か見たことがあったのだ(そこではたと、もうずいぶん博士本人を見ていないような、とも思ったが、今気にすることではないとすぐに流した)。そして、雑談は得意ではないので、その代わりに恋敵といえど最低限の挨拶くらいはして大人の余裕というものを見せておこうと、「アオキと申します。何卒」と言いかけた。

だが、ペパー少年はそれを遮り、思い切り顔を顰めて「吠えた」のだ。

「フン!ちょっと強くてプレサンスに褒められたからって調子乗んなよ。つか、オレとマフィティフたちならぜってーこんなぽっと出のおっさんなんかに負けねえし」
「……」

差し出した手を、ものの見事に振り払われた心地だ。「ちょ、ちょっとペパーってば」と窘めるプレサンスの声に構わず、少年はツンとした表情のままゴーヤーチャンプルーをつついている。

わかりやすいことは、アオキにとって好ましいことだ。しかし、プレサンスと自分の間を邪魔する他の異性とその態度についてもそうだとは言っていない。大抵の不快なことには表情を動かさずにやり過ごすのがアオキの常だが、久しぶりに眉間にシワが寄った。オモダカが笑顔で差し出す追加の仕事を命じられたときにもこうはならない。挨拶を遮ったばかりか、次の言葉があれとは……それこそまたずいぶんな「ご挨拶」ではないか?この地方が誇る名門だというのに、初対面の相手に対する失礼にならない口の聞き方と態度を教えるカリキュラムは組まれていないらしい。

アオキはペパー少年にどうにか先輩風を吹かせてやらなくては気が済まなくなった。大人げない?そんなことは百も承知だ。

「プレサンスさんも、よければ“また”おひとつどうですか?」
「やったー!ありがとうございますっ」

自分の分のおむすびを勧めれば、その横でペパー少年はたちまちムスッとした顔になり、唇は真一文字に引き結ばれた。自分の知らないところでプレサンスが他の男と食事を共にしていたのを知って、ご機嫌斜めといった表情だ。そんな様子にアオキは優越感を覚えつつ、ちょうど運ばれてきた焼きおにぎりと、拙い手付きでレモンを絞るのに苦戦する(だがそんな様子も愛おしい)プレサンスを見て、更に「おいかぜ」を吹かせてやることにした。降って湧いた恋敵に、宝食堂の常連として、男として、自分こそが上を行くのだと理解〈わか〉らせてやるためにも。

「あれ?あんまり出ないな」
「プレサンスさん、その方法よりもこうするとですね……失礼」
「あ゛!!!」
「より汁が多く出やすくなりますんで。おすすめです」

プレサンスを挟んで右側に座る分、左側に腰かけるペパーはアオキがしたことを阻めなかったのだ。さり気なく彼女の手に触れてレモン汁を絞るのを助けたアオキに、少年は口をあんぐり開け「なんでこんなおっさんがプレサンスに触ってんだよ」と、顔に思い切り書いている。プレサンスはアオキの思惑に気が付いていないようで「わ、ホントだー」と歓声を上げているのだからなおさらだ。

だが、ペパーとてここで引き下がるつもりは無いということらしい。今度は彼がここぞとばかりに反撃する。

「また今度ピクニックしようぜ。プレサンスの好きな具材全部乗せのサンドウィッチ作って満腹ちゃんにしてやるから。雨降ったってオレの部屋でもできるしな!」
「そういやほら、こないだのバトルスクールウォーズでのボタンとレホール先生のバトルがさあ」

二人だけに通じる話題を出すことで、アオキを締め出そうという意図があることぐらい彼にも解る。これがせめてアカデミーの美術教師でもあるハッサクの話題なら、アオキにも割って入る糸口が掴めるというのに(例えば「あの人、説教が毎度長くありませんか……」とか)。でも、出てくる名詞はやれ「バトルスクールウォーズ」だの、それ「ボタン」「レホール先生」だの、同じ学校の学生同士でなくては解らないものごとや人の話ばかり。焼きおにぎりをペロリと完食したプレサンスもその話題に乗ってしまい、今度の「風」はペパーに吹き始めていた。

……いや、だが。それで自分が引き下がるとでも。アオキはそれを横目に見つつ、バッグからペンと、一応持っている紙の名刺を取り出した。裏面に書き入れるは自分のスマホロトムのIDナンバー。あとでプレサンスに、ペパー少年に見せつけつつ渡してやるつもりなのだ。

同時に、頭の中でタスクリストの同列1位に2つのことがらを書き加える――ひとつ、プレサンスを自分に振り向かせること。ふたつ、いつかペパー少年が挑戦に来た日には、完膚無きまでに叩きのめしてやること。


さあ、プレサンスという「宝」を最後にその手に収めるのは、果たして。



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