わるいこと


とある星々の怒り、悲しみ、そして勇気によって、紆余曲折を経てアカデミーは平和な風景を勝ち取ることとなった。

あれから一年半が経った学び舎には、いつだって明るく賑やかな声が絶えない。朝は、階段に負けないくらい長い女子学生たちのおしゃべり。昼は「やっべー次の数学当てられた」「購買のプレミアムサンドウィッチ奢りなら見せてやるよ!」という男子学生たちのやり取り。そして放課後なら、自宅や寮に帰ったり思い思いの活動に興じたり、夜間クラスをこれから受ける受講生が授業前の腹ごしらえに食堂を訪れたり。

そんな今年の2月14日は、あのときまでとは雰囲気がまるで違う。ここパルデア地方では、男性から女性にバラやスイーツなどを愛の証として贈ることが多い(言語学の教師は、授業中の雑談で「パルデアとは反対に、女性から男性へアモーレ告げる日になってる地方もあるでんがなー」と言及していたが)。それに、かつての生徒会長が制定した――そして彼がその座を追われる原因の一つともなった――「学業に関係の無い物の持ち込みは禁止」という校則もとっくに撤廃されている。そんなわけで、思い人のために持ち込まれた贈り物の香りを纏うソワソワした空気が、グラウンドもエントランスも教室も、だからとにかくアカデミーを丸々包み込んでいた。

……いや、違うといえば更にもう一つ。

「あれってもしかして」
「何おっぱじめる気なんだ?」

エントランス前の広場には、行き交う生徒らに遠巻きにされる一団があった。指定の制服を着ていないからというだけではなく、とにかく色々な意味で目立ちすぎている出で立ちの6人組だ。

「そろそろ、スタンバっとかないと……でも」

その中心にいるピーニャは、愛用のパソコンの画面を見やりつつ心の内を零しているところだった。右下の時計は「ライヴ」のオープニングまであと数分だと示している。あとはDJアプリさえタップすれば、今日ばかりはたった一人に贈りたいステージはいつだって始められる状態だ。けれど、心の準備もそうだとはまだ言えなくて。初めてゲリラライブやったときにも負けないくらいドキドキしてるじゃんボク、と彼は思った。「プレサンスくんに伝えたいことがあるから14日の夕方、エントランス前の広場に来てくれる?」――スマホロトムのメッセージアプリを通してプレサンスに告げておいた時間は、刻々と近づいているというのに。

「心臓がさっきから勝手にBPM上げっぱ。ぶっちゃけ勇気チルアウトしそうでヤバすぎなんだけど」
「人前に出て何かするなんてピーニャには今更どうってことないはずだろ。DJ活動もあいさつ運動みたいのだっていつも堂々とやってるじゃん、あれと同じようにすればいいだけ」
「それとこれとはまた緊張の種類が違うっしょ。だってプレサンスくんにコクるんだし!?」

弱音を吐くピーニャに、まず発破をかけたのはオルティガだった。すると彼に続けとばかりに、思い思いの励ましを伝えようと他の仲間たちも口を開いて。

「勇気出して、タナカちゃんやカーフのみんなも応援してるって言ってた!相手の子や夜間クラスの授業の邪魔にならない時間も、音が響きにくくて部活動とかの迷惑にならない場所もちゃんと調べてあるんだよね?それなら問題にならないと思うし、きっとうまくいくよ」

「ファイト!」とばかりに拳を握りしめてみせるビワ。

「とある本にいわく『アイサツは大事』。それを地道に実践して惚れたプレサンス殿とお近づきになれたのでござろう?なれば次は限定グッズが如く、しかるべきときに手に入れられずに後悔のなきよう図るのみ。是非我らその様子をこの目でしかと見届け『おめでとうさんでスター』とピーニャ殿に伝えたい。とまれピーニャ殿とプレサンス殿のカップリング、全身全霊にて推せる自信しかござらん」

ニンジャよろしく指で印を組んでいる……ように見せかけて、ハートを作りつつ頷くシュウメイ。

「いつものトバしていくとかなんとかフカしてる普段のテメーはどこ行きやがった。そのプレサンスとかいう女のこと呼び出しといて尻尾巻いて帰んのか?ハラ括ってとっとと爆ぜて来いや」

いっとう熱く背中を押すメロコ――そして、締めるのはもちろんボタンだ。

「星が輝き始めるのって夕方だし。えと……これ以上ないくらい絶対ピッタリのタイミングのはず。ピーくん、がんば」

仲間たちから次々と降り注ぐ背中を押す言葉。それは、さながら流星群のよう。呼応したのか一番星が遠い空に顔を出した。今にも始まろうとしているステージを照らすスポットライトが焚かれる光景にも似ていて。つまりもう、後には引けない。素直にプレサンスくんに伝えるだけだ。ピーニャはついに覚悟を決め、ボスたちにサムズアップして応えてみせた。

「だね。ここで怖気づいたらタイトじゃないっしょ!サンキューみんな、とりま行ってくる」



プレサンスとの約束の時間まで、あと5分を切っている。彼女のほうから初めて話しかけてくれたあの日のことを振り返りながら、ピーニャは一歩また一歩と待ち合わせ場所に近づいていく。

「ピーニャ君、おはよ。今朝のアレなんか良かった。今まで誤解しちゃってたけど……スター団って悪いことしてる悪いひとばっかじゃないんだね」

登校するようになったピーニャの隣の席に座っていたのが、プレサンスだった。一目彼女を見るなり、どんなリリックでも言い表せない、どんなサウンドを聞いたときとも違う強烈な何かが、ピーニャを駆け巡ったのだ(しばらくその状態が続いたので、彼は思い詰めて医務室に「ボク、隣の席のコをちょっと見るだけでドキドキしてしょうがないんだけど何の病気?」と相談しに行った。すると学校保健師改め養護教諭は「どこも悪くないわよきみ」とキッパリ即答したあと、「はー、アオハルね」と遠い目をして言ったっけ)。

だがプレサンスは、最初はとてもよそよそしかった。ピーニャだって、誤解の解けた先生たちはともかくとして、生徒にそういう態度を取られても仕方ないと覚悟はしていた。とはいえ、やはり実際に肌で感じるとなると堪えるものだ。それも気になる相手だからなおさら。何かしら訊けば、無視はしないで最低限のことは応えてくれたが――何かが変わり始めた境があったとしたら、きっとエントランスであいさつをしまくったあの日だろう。あれから距離が日を追うごとに縮まっていったのは、きっとピーニャの気のせいではないはず。プレサンスの方から少しずつ他愛もない話をしてくれるようになったし、手持ちはまだコダック一匹でバトルも上手くないけれど、この間はチーム・セギンのSTCを訪れてくれたこともあった。仲良くなってから聞けば「強引なスター団の男の子にしつこく勧誘されたから、スター団嫌いだったんだ。『ボクとお星様みたく輝く青春送ろうよプレサンスちゃん!』って言われてもさ、困るし。で……ボスだったっていうなら、それよりもっと悪くて迷惑なことしてるんじゃないかって勝手に思っちゃってた」

ともあれ、プレサンスの姿が見えて来た。だがそこまでは良いが、どうやら「デブリ」に付きまとわれているようだ。バレンタインだからなのか、一抱えもあるバラの花束(とはいえどう見ても造花だ)を抱えて星形のサングラスをかけた男子が「ねえねえプレサンスちゃーん、これあげるから付き合ってよー」と彼女にグイグイ迫っている。「しつこいってば!待ち合わせしてるんだからどっか行って」とプレサンスが言っているのもおかまいなしだ。そんな光景を見てしまったなら、もう取るべき行動は一つだけ。

「ちょっとそこのキミ悪事が過ぎるんじゃない?そこまでにしとこうぜ、プレサンスくんはボクと約束あるんだからさ!」
「なんだよ邪魔すんじゃ……え!?」

割って入った相手の正体に気が付き、件の男子はギョッとした顔で見てきた、だが彼に構うことなく、ピーニャは指先で素早くアプリをタップする。たちまち起ちあがるDJアプリは、この日のために作ったオリジナルサウンドを待ってましたとばかりに流し始める。「あ、ピーニャくんじゃんやっと来た!」と喜ぶプレサンス(と、先ほどまで彼女に迫っていた男子や思わず足を止める生徒たち)のざわめく声はたちまちかき消されていく。ピーニャは思い切り深呼吸をして、この日限定のステージに踊り出た。まっすぐプレサンスを見つめて、彼女への迸る思いをビートに乗せて、刻むのは。


“ピーニャa.k.a. DJ悪事がプレゼンツ!お騒がせご容赦スクールメイツ!
ボクはライヴでラブ捧げたい そうさキミへの熱い想い
掟破りなリリック聞いてよ イカサマなしだよありのままだよ
プレッシャー感じて黙ってアウェイ そんないつかにさよならバイバイ
巡り合えたねイカしたお宝 仲間と手持ちとプレサンスいたから
キミのハートはスタンバイオーケー?ギブミーアンサー!
ビー・マイ・バレンタイン、プレサンスくん!?”

歌った。歌い上げた。歌い切った。サウンドが流れ終わって、肩で息をするピーニャ。ポカンとした顔を真っ赤にしているプレサンス。彼らの間にだけは、盛り下がっている空気とはまた別物の沈黙が下りていた。「なになに?何の騒ぎ?」「スター団が公開でコクってんの!」飛び交うギャラリーの声や、そこかしこで鳴るスマホロトムの起動音が、何故か遠くに感じられる。

「って、ことで!ボクはプレサンスくんのこと、初対面からずっと好きでした!!ボクと付き合ってください!」
「もー……ピーニャくんのばかぁ!!」
「え!?ご、ごめん!ボク何かわるいことしちゃっ、うわ!」

予想外のリアクションに、呆然としかけていたら。

「じゃなくて、違くて!私が先にコクりたかったのにもー!先に言われた!!でもいいよ、ありがとね!これからよろしくー!!!」

良かった。一世一代の告白は、無事に受け入れてもらえたということだ。思い切りフラれたことを悟って崩れ落ちた先ほどの男子をよそに、ピーニャとプレサンスは集まった人だかりに揃って手を振ってみせた。カップル成立を見届けて「おめでとーっ!」と囃したり、指笛を鳴らしたり、やんやの喝采とはこのことだ。もちろんスター団の面々だって、仲間の念願が叶ったことに手を取り合って喜んでいた。

「今日だけは、目を瞑りませんか?」
「……ですね」

たまたま理事長としての仕事のためにアカデミーを訪れていたオモダカが、様々な意味での様々な輝きに目を細めて提案した。クラベルは、自分とは違って反省文を書かされないことをほんの少しばかり羨ましく思いつつも、自慢の教え子たちを見やるのだった。



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