それでは「開始」です


アオキとプレサンスが交わした、結婚してから初めて一緒に迎える年最初のキス。夫は甘酸っぱいと思ったし、妻は少し癖になる渋みを覚えた……要するに、お互いのような味わいだと感じていたのだ。大穴を隔てた向こう、アカデミーのチャイムも含めて鐘という鐘が打ち鳴らされ、集まった人々が新しい日々の幕開けを祝い合っているテーブルシティ。そんな光景をスマホロトムの画面越しに特別配信で見つつ、パルデア地方の新年の風習に従って赤白6粒ずつ、合計12粒のぶどうを食べた直後のことだった。

「アオキさんと『ことしも、ずっと、いっしょに』……って思いながら食べてたの」

諸説あるというが、一説にはこの風習で食べるぶどうは鐘の音が鳴り始め、聞こえなくなるまでの間にポイポイと口に放り込んで全部片付けるのが主流らしい。だが、とてもそんなスピードに追い付けないし、食べるものはゆっくり味わいたいというアオキのポリシーにそぐわない。何よりプレサンスが「詰まらしちゃったら大変!」と心配してくれるので、彼はそんなお喋りや、妻が披露するこの風習に込めた思いに耳を傾けながらぶどうの一粒一粒、そして彼女が横にいる幸せを併せてじっくり噛み締めたのだ。

部下の酷使ぶりに定評のあるオモダカは、かつては年末年始であろうともありがたいことに仕事を振ってきてくださった。そのおかげでこうして家で年越しを過ごす回数より、リーグ本部で迎えるそれの方が多かったほど。おまけにテーブルシティに近い分、嫌でもお祭り騒ぎの喧噪は聞こえてきてしまう。それを耳にしながら「あーあ、良いなあ」とプレサンスはぼやいていたっけ。

ところがアオキとプレサンスの結婚を受け、どういう風の吹き回しか――あるいは上司なりの「御祝儀」のつもりなのか――、オモダカは営業部勤務の夫も、総務部勤務の妻も直接呼び出し「あなたがた、この日からこの日までは揃って休暇をお取りなさい」と、圧を感じるあの笑顔を浮かべながら言い渡してきたのだ。話を終えた彼女に解放された夫妻は、上司の部屋のドアの向こうで顔を見合わせ「何か悪いものでも食べたんでしょうか、お上……」「シッ!聞こえちゃう」と言い合ったことは記憶に新しい。

我らがトップの真意はどうあれ、アオキにとっては念願が叶ったということでもある。宝食堂も年末年始はさすがに休業するが、新年の料理の予約も受け付けていて年内最後の営業日に受け取れるのだ。ずっと食す機会を逃していたけれど、仕事納めの日の夕食をプレサンスと摂って、注文しておいたお重もろもろと家路に就いた。先ほど夕食に摂った年越しソバも、明日からのお楽しみであるおせち料理もぜんざいもそうだ。

これがもし、プレサンスと一緒になる前だったら。食卓にあるのは当然アオキ1人の分(あと、手持ちにも用意したポケモン用の新年の祝い膳)だけ。「置かれている」と言った方がしっくりきただろう。けれど、目の前のダイニングテーブル――プレサンスを迎えるにあたって大きなサイズのものに買い替えたのだ――を「彩っている」料理は、今年からは全部2人前ずつある。

「……」

食されるのを今か今かと待っているかのようにアオキには思えて、ぶどうの皮をプレサンスの分も一緒にゴミ箱に片付けたあと、視線が吸い寄せられてしまった。

「もしかしてもう食べたいと思ってるでしょ、アオキさん」
「プレサンスさんにはおみとおしですか……腹減りましてつい」
「バレバレでーす。気持ちは解るけど明日の朝までがまん!こらえる!ノーマルタイプのエキスパートなんだからどっちもできますよぉ」

アオキの表情が緩むのは、これまでおにぎりの山を前にしたときぐらいだった。そこに新たに加わったのは、こうしてプレサンスと他愛の無いやり取りをするとき。ビジネスの場でならそっぽを向いて無反応を貫くか、重要な接待の場なら精一杯の愛想笑い(ただし同僚たちが、かつてアオキの表情筋を言い表して曰く「ドンファンの皮のほうがやわいんとちゃいます?」「おじちゃんのおかおってデカヌチャンのハンマーみたくかたいかたーいですの!」「セグレイブの冷気を至近距離で浴びたとてこれほどまでには凍りませんでしょう」……つまり動かなさすぎるという点で一致するくらいなのでたかが知れている)を浮かべて終わらせるだろう。それでもよく解らない理屈さえ、プレサンスがケラケラ笑いながらこねると愛おしさが増していく。不思議だ。

しかし、プレサンスは思い違いをしている。アオキは常々思っているのだ、プレサンスさんと出逢って以来、彼女に関することの堪え性の無さだけは普通以下になってしまった……と。だから「“おせちについては”善処します。その代わり」などと含みのある答えを返す。そしてそうするやいなや、彼女のもとへ近寄りその体をかき抱いて誘惑を囁くのだ。

「プレサンスさんをいただきたくてたまりません。今すぐにでも……あなたを食べてしまいたいと思うほど愛おしい気持ちは、きっと今年も変わりそうにないんで」

先ほどアオキは、ぶどうをスローペースで口にしつつ、横目でさり気なくプレサンスを見ながら思い浮かべていたことがあった――白く細長い妻の指が赤いブドウの皮を剥いていく手は、夜着を脱がす動きにそっくり。彼女が赤い丸い実を頬張ろうとする光景は、自分の陽物を口で愛撫してくれる様子を思わせる……食べる様子はつまり、そういうこととも繋がっているなどとはよく言ったもの。おまけに、今年は例の「お楽しみ」もあることを思い出したところでもあった。

「お願いした“あれ”は着けていただけましたか」
「あの赤いやつ?」
「はい。プレサンスさんの白い体に映える赤。自分の故郷では実にめでたい色の組み合わせですから新年に相応しい……まあ、自分がこれから全部取り払って白一色に染めてしまうわけですが」

もちろん12粒のぶどうを食べることだけでなく、パルデアの新年の風習は他にも色々あるが、その1つが赤い下着を身に着けるというもの。知ってはいたけれど、この地方で暮らしていながらそんなものには無縁だったし興味も無かった。なのに、時期が近づくと勤務中にアオキの手は勝手に、そう、重ねて言うが勝手に、スマホロトムの通販サイトでプレサンスによく似合いそうなそれを注文して彼女に渡していたのだった。

顔も、耳も、よく熟れたぶどうみたいに赤くしたプレサンスが「ちゃんと着けてますー」と答えて、そっと体を密着させてきた。つまり「めしあがれ」というサインだから。

「ふふ……アオキさん。その、たくさんしましょうね?今年も」
「是非前向きに検討したく思います。それでは」

そこで、一呼吸置いてから。

「“開始”しましょうか」

自分なりの「はい、喜んで」という意味の返事をして、アオキはプレサンスのパジャマのボタンを1つ外した。



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