ひとはだ


付き合い始めてから、ペパーは私によく触ってくるようになった。

例えば一緒にナンジャモの配信視ながらちんたら宿題してるとき。教材のタブレットのタッチペン取りそうだった、のに私のほうに伸ばしてほっぺムニュムニュしてくる。かと思えば、しばらくしたら(みんなでエリアゼロに降りたあのときみたいほどの強さじゃないけど)手を握ってもくる。

別に、色々あって今はもう彼氏なんだから嫌だとは思ってない。シカトもなんだし「どしたの?」って訊いてみても「や、何でもねえ」ってはぐらかして、それ以上のことはしてこない。

――ただ。気になるのは、いやらしくはないんだけど、何かを控え目に欲しがってるみたいな、探ってるみたいな、すがってるみたいな……そんな手付きなんじゃないかなってこと。



「美味しかったぁ」
「どうだ、お腹いっぱいちゃんかー?」
「すっごく!ありがとね」

私が空っぽにしたお皿を、ペパーがちゃっちゃか重ねてシンクに持って行く。「今日はどうしてもプレサンスに作ってやりたいものがあるんで来てくれ」って言われて、コサジの灯台の元・研究所……今はペパーの部屋にお邪魔してる。で、作ってもらった料理をさっき全部食べ終わったとこ。

窓の外に広がる空もパルデア海も、どっちもテラスタルしてるみたいにキラキラ。彼氏が作ってくれる美味しいご飯でお腹も心も大満足。たまに窓の外を飛んでいくカイデンの群れが見える度、見違えるくらい元気になったマフィティフがじーっと目で追ってる。あ、飛びつこうとした。窓が無かったら届いてたかもってくらいの勢いで。「さっきの惜しかったねえ」「バゥフ!」なんてお喋りも楽しい。長い間ずっと目も開けなかったって言ってたし、快復した分動き回りたいのかな。こないだなんて特にテンション高くて、ペパーと私とでボール遊びしまくったあとウォッシュしてあげてたんだけど、終わったそばから草むらの方に猛ダッシュし始めて。

「おーうい乾かしたばっかだろ、泥に突っ込むなってのー!」

そう言いながらペパーはマフィティフの後を追っかけてたんだけど、文句言ってんのにめっちゃ嬉しそうに笑顔全開なのがもう面白くて(そのときのマフィティフはペパーの言うことちゃんと聞いて、突っ込んだのは鼻の先だけで済んだ)。私は大笑いしながらスマホロトムで動画撮って、秒でペパーにシェアしたんだ。

お皿が手際よく洗われるたびカチャカチャ立つ音をBGMにして、改めて周りを見てみる。ここに来るのはもう何回目かになるかな。初めて来たあのときは埃だらけで長い間使われてないっぽかったけど、もう部屋中掃除してあって気持ちいい――博士の使ってた機械や本棚とかがあるスペースも、綺麗にはしてあるけどそのままにするつもりみたい。私はそこから振り向いて、テーブルに置かれてた中で一番近くにあったレシピ本をなんとなくめくり始めた。この中にさっき出してくれたものが載ってるかなあって思ったから。

……それにしても。ちょっとパラパラしてみて気が付いた。このレシピ本、妙に綺麗なページとそうじゃないページの差が激しい。ほとんどのページには、書き込みに折れ目、多分料理中に散ったっぽいソースみたいなののシミとか、きのみの干からびた切れっ端なんかがくっついてる。なのに、全然そうじゃないページも何か所かある。何でだろ? あ、一番味が気に入ったメニューのページ見っけ。刻んで塩コショウ振って、人肌程度に温めて……って書いてある。

「あのよ、プレサンス」
「ごめんレシピ勝手に読んじゃった」
「それは良いって。で……本題だけど」

片付けが終わったっぽいペパーが、いつの間にかお昼寝タイムのマフィティフを撫でたあとに反対側の椅子に座って話しかけてきた。そのまままっすぐ私の方見てくるから思わずドキッとしちゃう。

そして、羨ましいくらい長い下まつ毛を少し震わせたあと、ペパーは。

「ありがとうな。本当に」
「改まってどーしたの。スパイス集めのこと?」
「それもあるがそれだけじゃねえ。人肌っての、プレサンスのおかげでようやく掴めたからその礼がしたくて……な、あんまちゃっちゃか話せねえかもだけど伝えときたいことあるんだ。聞いてくれるか」
「もちろん」

頷いたけど、キョトンとしてるんだろうな今の私。それに人肌がどうこうってどういうことなんだろう。そう思ってると、ペパーはぽつぽつ話し出した。

「オレさ、実は何度料理しても、レシピによく出てくる『人肌くらいに温めて……』ってのが、どれくらいの温度なんだかサッパリちゃんだったんだ。ネットで検索したら人間の体温ぐらいっていうんで、温度計引っ張り出してしっかり測ってみたこともある。それでもやっぱ何かが違え。なんとかあれこれ考えて思い出そうとしたけど、忘れたっつーか」

そこで一瞬、言葉が途切れて。続きは、少し震えてた。

「親と、最後に手繋いだのがいつで、そのときどんくらいの温度だったのかも。そもそもそんなこと自体、無かったかもしれねえ」
「……あ」

そうだった。親との記憶がほとんど無いまま、おまけにエリアゼロであんな辛いことを知って。吹っ切れたって話してたけど、ペパーに遺る傷はそんなところにもあったんだ。

「アイツはともかく、マフィティフはずっと無理させられない時期も長かったし、そもそもポケモンとヒトじゃ種族が違うんだから体温の基準も比較できねえしな。スパイスのこと調べるのにばっか没頭してた分ダチも作りそびれたんで、誰にも言えやしなかった。人肌の温度ってのを知るために協力してくれねえか、なんてことも」
「うん」
「もちろん何度か自分の体温を基準にして試してもみたんだぜ?だけどきっとオレ低体温気味なんだな、そうしてみても結局一度も美味く作れなかった。おまけに、自分の体温だけで人肌ってのを解ろうとしてるうちに、余計に突き付けられちゃってさ……オレ、独りなんだなってこと。だからそれが嫌で『人肌程度に』する必要がある料理、上手く作れっこないって避けるようになってた」
「じゃあもしかして……さっき見たそのレシピで、そういう言葉が出てくるページがみんな全部綺麗で不思議だったんだけどそういうこと?」
「まあ、な」
「それから私のほっぺたとか触ってくるのもそれが知りたくて?」
「プレサンスのとくせいおみとおしちゃんかよ!そーだよ、それで礼に作ったのがさっきの料理。でも嫌だったよな、断りもなくベタベタされて。ごめん」

ペパーはそこまで続けた後、シュンとしたみたいに項垂れた。打ち明けてくれたこととその仕草に、どうしようもなくキュンってなる気持ちが止まらなくなる。

「話してくれてありがと。てか、そういうのどんどん言ってよね」
「マジか?」
「マジ。それにそんなんでいいならこれからもいくらだって一肌脱ぐし」
「バッ……プレサンスオマエな脱ぐとかなんとか簡単に言うなよな!あとそれ他のヤツの前じゃ禁止だぞ、食われちまうだろっ」
「そういう意味と違くて、協力するからってこと!」

ペパーも私も成績多分同じくらいだけど、こりゃ単位が足りないわけだわ……美術や家庭科ばっかじゃなくてたまには言語学にも出た方が良いんじゃない?しかも担任の先生の教えてる科目なんだからさ。

なんて、そーいうこと今だけは言いっこなし。もう一度顔を上げたぺパーが、照れくさそうに何か言い出すのを聞く方が先じゃん?

「とにかく、プレサンスと出逢えて知れたんだ。あったけえんだなー、人肌って……さ。改めて言うが、ありがとうな」
「どういたしまして。うん、あったかいんだよ」

そこでペパーが立ち上がって傍に来た。「ちょい立てるか、プレサンス?」って訊くからそうしたら、わたしのことをギュッて抱きしめてきた。ハグはそういえば、初めてかも。それに後ろは向けないけど、足元にはそーっと、マフィティフも寄って来た感触がする。つまり私はペパーと手持ちのサンドウィッチになったってこと。

もちろん振り払いなんかしないまま、そっとペパーのほっぺに触る。あったかいなあ、どこもかしこも。おまけにお肌のきめ細かくて、ツヤツヤ。美味しい料理のおかげ?リップさんも嫉妬しちゃうかも……私の首筋のあたりに落ちた、きっとしょっぱい味のしそうな雫のことには触れないまま、そっとペパーとの距離をゼロにし続ける。

そんな哀しいエッセンス、人肌であっためて蒸発させちゃえって気持ちで。



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