うつろいよ、とどまれ


「なあプレサンス……良いだろ?そろそろ」
「ま、まだですよ!」
「言ったよな。ゆっくり待つのは苦手だ、って。これ以上は我慢が利きそうにねえ」
「ダメですったらセキさんっ」

迫る男の声に、戸惑っているような慌てているような女の声が応える。このやり取りだけ聞くと艶事めいているかもしれない。けれど今は昼日中。時空の裂け目が消え去り、そしてすっかり元通りの色になった空から、日差しがさんさんと降り注いでいる。それから声の主――片やコンゴウ団の若き長・セキ、片や時空の裂け目からの来訪者・プレサンスは、確かに恋仲にはなったがまだ“深い”仲ではない。ついでに今いるところは、どこかの閨などではなくて。

手ごわいお客さんだぞ、これは。主であるゲンゾウは、目の前の光景に苦笑いが一滴混じった笑みを零す。撮影機の方を向けども、目をギュッと瞑っていて頑なにレンズを見ようとしないセキは、自負して憚らないほど男前な顔をいくら損ねたって構いはしない、と言わんばかりだ。プレサンスはその目をなんとか開けさせ、カメラ目線になるよう奮闘していた。しかしそんな人間たちの横で、ジュナイパーとシャワーズは少し飽きてきたのか、2匹揃って欠伸をする。だからつまりゲンゾウの様子は、彼らの目には映っていないのだった。



その日、セキはコトブキムラの写真屋を初めて訪れていた。彼がこちらに来ること自体は珍しくはない。デンボクやヒナツと会うためとか、ムベに教えを受けるためとかの目的で――だが、勝手知ったるムラとはいえ、今日は勝手が違うのだ。

今日のセキさん、ソワソワしてるっていうか。緊張してる……? プレサンスは横目で恋人の様子を見やって不思議に思った。まず、輝く夜明けの光を湛えた目を、いつものように自分や、肝心のレンズの方に向けようとしてくれない。コトブキムラに姿を見せたときだって、店先に飾られたプレサンスの写真(特に異性と収まっているもの)を見やって顔を顰めていたし、写真屋の扉を開けたときなど、まるでこれから死地に赴こうとしているかのような表情だった。いざ撮影を始めたけれど、セキは機材を目に入れたくないとでもいうかのように視線を逸らしてばかりいるのだ。

しばらくそんな状態が続き、セキの額に一筋汗が伝った。強い照明のせいではないことを察知したゲンゾウが「休憩するかい?」と提案したので、お客2人はお言葉に甘えさせてもらうことにする。ポケモンをボールに戻したプレサンスは「セキさん、大丈夫ですか?あっちに腰かけて休みましょ」と声をかけた。

「おう……済まねえ、プレサンスもシャワーズもジュナイパーも、ゲンゾウのおやっさんも。オレのせいで長引かせちまってよ」

しっかりと詫びるセキだが、しかしその声にはいつものハリが無い。手持ちをボールに戻すと、ヨタヨタと覚束ない足取りで、店の隅の腰かけに近寄っていく。

そもそもセキは、今まで「ディアルガ様が司る移ろう時間を、人間が切り取って留めるなんざ恐れ多いだろうが」などと理由を付けて写真屋に来てはくれなかった。プレサンスにねだられたのと、カイに「あたしはプレサンスさんと何度も写真を撮っているぞ、現にこの間だって!どうだ羨ましいだろセキ!」と得意そうな顔をされたことに焚き付けられ、ようやく重い腰を上げたのだ。

「もしかして、体調悪いのに私が誘っちゃったから無理してるとか……セキさん、ごめんなさい」
「無理なんざしちゃいねえ。気にしてくれるのはありがてえが気に病むなよプレサンス……つっても、気になるわな。腹括ってオレがこうなっちまってる理由をこれから話すけどよ、1つだけ条件がある。誰にも言わねえって約束できるか?特にカイにはな」
「もちろん」
「その言葉信じるぞ?」

が、セキが挙げたのはシンジュ団の長だけで終わりではなくて。

「あとはツバキにもヒナツにもワサビにもススキにも、シンジュ団の連中にもデンボクの旦那にもあの学者先生にもな。おっとシマボシ隊長とムベさんにもだぞ。それから」
「よく解りましたから、セキさん落ち着いて!」

鬼気迫る顔とはこういうことを言うのだろうか。なまじセキの顔が整っている分、かえって怖いくらい……一方で、見惚れてしまってもいる。プレサンスはそんな気持ちを抱えつつ思った。特に秘密にしたい相手に、カイさんの名前が出るのはやっぱりそうだよねって予想できた。でもこんなに多いなんてなんでなの。というか、放っておけばセキさんが関わっている人全員の名前を挙げそうな勢い。プレサンスは気圧されながらも、彼の次の言葉を待つ。すると

「怖えわけよ。オレ……写真を撮られんのが。そんで緊張しちまった、ってとこだ」
「えーっ?!」

意外すぎるとばかりに目を見開いてプレサンスは叫んだ。そんな反応に、セキは照れくさそうに、恥ずかしそうにその原因を明かし始めた。いつも歯切れ良く話すすがたとは正反対だ(それでも、新しい一面が見られてプレサンスとしては嬉しかったが)。

「実はガキのころ、夜中にふと目が覚めたらどっからか迷い込んできたサマヨールと目が合ってビビッちまってよ。何が起こったんだかわからんが、群青海岸からはるばるお出ましとはな……おまけに、間の悪いことにその日はじいさまからゴーストタイプの出てくる話を聞かされてたからよ、あの、レンズってのか?それ見てるとどうもそのときのサマヨールの目を思い出しちまうのよ。魂抜かれるんじゃねえかって。言っておくが、時を切り取るのが恐れ多いって思ってるのもまるっきりウソじゃねえぞ」

裂け目から降ってくる前の、朧げな記憶がプレサンスの脳裏にふと浮かんできた。ある日無聊を慰めるため、スマホ(今となっては勝手にアルセウスフォンにされているが)でなんとなく色々な記事を流し読みしていたが、何かのまとめサイトに「いかがでしたか?大昔の人は、写真を撮るときに魂を抜かれるのではないかと怖がっていたことがわかりました!だから緊張しているせいなのかあまり笑っていないんですね!」とか、書いてあったっけ。

「そういうことだったんですか」

謎が解けたプレサンスは目を丸くするが、セキは右手を顔にかざし、頭を振りながら声を絞り出す。

「は、色男がなんてザマだ。それも好いた女の前でこんな無様なところを……」

そこまで言ってセキはハッとした。カイやヨネだとか同性はまだ良い。だがツバキやキクイが、オレより先にプレサンスと写真を撮ってたってことに妬けてきて仕方ねえ、しかもプレサンスは楽しそうだと来ている。だから、店に入るときにあの写真を睨まずにいられなかった。時を切り取るというのも、コンゴウ団としては気に食わないのは確かだ。それと同じくらい、男として、恋仲の相手が他の異性と笑っているところを見せつけられてひどく焦りもした。

――段々と、セキの中で決意が固まりつつあった。オレはプレサンスに、困り顔や心配そうな顔をさせたくて今こうしてその横にいるってのか?いいや、違うだろ?女を彩る一番の化粧は笑顔だと聞く。留めてやろうじゃねえの。プレサンスのとっびきりの笑顔を、それも他の知り合い連中とは違って恋仲にいる同士の写真ってもんを。ガキの時分に覚えた恐怖に囚われたまま、尻尾巻いて逃げ出そうとしている場合か。変わらなきゃいけねえときがまさに来たんだろ、コンゴウ団のリーダーよ!

「待たせちまったが、プレサンスとゲンゾウのおやっさん……改めて頼めるか!もう怖がりやしねえからよ」
「はい!」
「あい任された!」

セキがすっかり元通りになって、プレサンスに笑いかけながら仕草で誘う。嬉しくなった彼女も、もちろん促されるまま彼と一緒に撮影機の前へ進み出る、というより走り寄る。レンズから目を逸らさなくなったセキに、ゲンゾウも腕が鳴るとばかりにシャッターを切りまくった。

こうして、苦手だったものを克服した喜びと、プレサンスとの写真を手に入れたことでセキは有頂天になり、しばらくそれを見せて回るようになったばかりか、ひとしきりそうしたあとは自分の家に飾って大事にしていた(見せられたカイは「ふん、何だようらやましい!」などと悔しがっていた)。

――そして。時が移ろう中。セキとプレサンスが結ばれ、彼らに家族が増える度、年月を重ねる度、写真の枚数もそれにつれて増えていき。遠い遠い未来、ヒスイ地方がシンオウ地方と呼ばれるようになった時代には「ヒスイ時代の人々には、家族写真を撮る風習が既に見られる」という記述が、ほぼ全ての歴史書に見られるようになったのだった。



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