特等席で


12月も終わりかけのスパイクタウンの底冷えする夜は、最近続いてばかりいる。北にあるキルクスタウンから、どうやら冷気の「おすそ分け」をたくさんいただいたおかげで。

だからそんな夜は、暖房を利かせた部屋で、誰かの隣という特等席で身を寄せ合って過ごすに限るというもので。

ガサゴソ、ペリッ。リビングのローテーブルの上にある紅茶キャンディのパックの中で手を動かして、摘まみあげたアルミの包装を破れば小さな音が立つ。ネズはクリスマスステージの配信を数時間前に終え、その足でプレサンスの家を訪れていた(マリィはユウリの家に泊まっているのだ)。彼は何度目かのその音を聞きほんの少し口元を緩める。プレサンス(それにマリィも)が立てる音は、何だって心地よく響くから。

「もいっこ食べる?あーん」
「いただきますよ、どうも」

呼応して舌を出すネズに、プレサンスはポン、と薄茶色の飴を乗せてやる。彼女の家のソファの上には、ネズが訪ねてきたときには紅茶味ののど飴の袋が2つあったが、たった今1袋目が空になったところだった。

流行りのスイーツだとか最高級シャラサブレもたまにはいいけれど、ネズとプレサンスにはやっぱりこれがほっとする味だから、ついつい手が伸びる。
それに理由はもう一つ。仕事柄、ネズは喉のケアにとても気を遣っていることをプレサンスはよく知っている。のどスプレーの定期便を契約しているのはもちろん、色々なフレーバーののど飴を大袋ごと持ち歩く(人間もポケモンも食べられるものを選んでいるので、自分で食べるだけではなく、手持ちのポケモンやプレサンスやマリィ、エール団員たちにも配ることがある)し、ガラルスタートーナメントやニューアルバムの収録の前後にネズの家を訪ねると、数台の加湿器がフル稼働している。
それから、二人はキャンプが好きではないので家でカレーを食べるが、ネズの分はいつも中辛の一歩手前の辛さ。外見からして彼はタバコを吸っていると思われることもあるようだが、もってのほか。すべては喉を刺激しないためだ。
寝るときだって、あくジムのマーク入りのものだったりレパルダス柄だったりと柄は様々だが、とにかく最高級のコットンでできたマスクも欠かさない――例外は、プレサンスとベッドを共にする夜だけだ(そういう時に備えて、プレサンスはネズを家に招くことになったら、部屋の片付けと飴の用意して、その次に静音タイプの加湿器をちゃんとベッドの近くに置いてスイッチを押すのだ)。

こうして過ごす間、時折モゴモゴと口を動かしているネズに、いや、もっといえばプレサンスはその喉元に見とれてしまう。
ステージで売れっ子シンガーソングライターとして歌い上げる、哀愁漂うサウンド。バトルコートで「あくタイプの天才」と自称して轟かせる気迫あるシャウト。正反対の響きだっていうのに、この喉一つから生み出されるんだからすごい。恋人としても、端くれだけれど音楽に関わる者としても、プレサンスは誇りに思い、感心することしきりだ。

「〜♪」

あ、始まった。プレサンスはいっそう耳を澄ませる。やはりシンガーソングライターの性だろうか、ネズは無意識にハミングしたり、歌詞の元ネタになるらしい言葉に節を付けて口ずさんだりすることがたまにある。そんなときいつもプレサンスは、耳をピッタリとネズの喉元――正確に言えばチョーカーに阻まれてしまうが――に着けて堪能させてもらうのだ。

「好きですね、プレサンスも」

メロディを紡ぎ終えた恋人がボソリと言った。照れ隠し混じりの囁きが、こんなにも近い。

「だってハミングだけでもいい声だし、もっと近くで聴きたいって思ったら自然とやっちゃうじゃん。ほんと特等席だよね。欲を言えば耳がちょっと冷たいからどうにかなったらな、ってのは思うけど」
「アンコールはいつも通りないです……が、これはリハみたいなものなのでいくらでも聞かせてやりますよ。代わりに冷たいのくらいは我慢しやがれ」
「はぁい」

ネズはそう言い置くと、また何やら口ずさみ始める。プレサンスはその答えに満足して、まだまだこの状態のままでいさせてもらうことにした。外の冷気よりずっと優しい冷たさが、火照りに変わろうとしている温もりをいい感じに冷ましてくれているのを感じながら。



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