剣を取り盾を構えよ


ガラルスタートーナメント。新旧チャンピオンや現役ジムリーダーはもちろん、ジムチャレンジで上位だった選手、一度は引退したけどこのためだけに復帰した伝説の大ベテランまで、この地方の名だたるスターたちがそろい踏みで輝くお祭り。
とはいっても、名前や試合形式がファイナルトーナメントとは違うものになったって、私たちマイナークラスのジムにしてみれば今まで通り何も変わらない。遥か彼方に確かに見えてるのに、掴めないほど遠くて近付いたら眩すぎるってところは。本当に、文字通りお星さまのための場所。メジャークラスが「一等星」なら、マイナークラスは喩えれば「星屑」。人気、知名度、メディアで取り上げられる頻度、ジムの設備や規模。何もかもに天と地ほどの差がある。ガラルスタートーナメントが始まっても、「地」のほうにいる私たちがすることはやっぱりただ一つ。まずはあの一等星たちの煌めく「天」に自分も昇ることを夢見て、ひたすら励むだけ。どうやったのかは知らないけど、第1回大会にマイナークラス代表で出たどくジムを羨みながら。
……そう思ってた。第2回大会の開催がアナウンスされた日のテレビのインタビュー番組で、ダンデさんがこんな発表をするまでは。
「第2回大会以降はマイナークラスのジムの出場枠を設け総当たり戦を行い、そのシーズンに優勝したジムが出場権を獲得できるシステムとします。観客のみんなには、今のメジャークラスにはいないタイプの使い手にも広く目を向けてほしい!選手たちには、様々なタイプのぶつかり合いで織り成すバトルで更に魅せてほしい!あらゆるトレーナーのあらゆる試合から学び、より互いに競い合い磨き合い高みへ導き合う、オレはガラルスタートーナメントをそんな場にしたい!」
それからっていうもの、マイナークラスを取り巻く環境はものすごく変わった。まずスポンサーが増えた。それに、マイナークラスのジムの試合は、誰が起きてるのって訊きたくなるような深夜にダイジェストの録画放送が時々ある程度だったのが、中継が入るようにもなった。そのおかげか、マイナークラス全体もうちのじめんジムのみんなも、もちろん私も、前よりずっと張り合いが出てるなって肌で感じてる。多くの人に知ってもらえるようになったからね。
そしてあれから少し経って、第16回大会を迎えた今日。リーグスタッフさんに案内されて控え室へ続く廊下を歩きながらいろんなものを感じる。観客席の熱気の方が先にダイマックスしてるみたい。ガヤガヤした声は、バトルが始まればきっとすぐに声援や歓声、もしかしたらどよめきに変わるんだろう。観戦のお供の一番人気、バックがプロデュースしてるカレー風味のスナックの香りも微かに漂って来た。バトル観戦って言ったらやっぱこれはマストでしょ、あとで買おうかな……じゃなくて。私はこれからお客さんとしてバトルコートを見下ろすんじゃない、選手としてバトルコートを踏みしめるんだった。うちのジムリーダーが骨折しちゃって、しばらくの間一番古株のジムトレーナーの私がジムリーダー代理を務めてるから。本当だったら、一介のマイナークラスのジムトレーナーが立てる場所じゃない。しかも今回はユウリさんとサイトウ選手とポプラ選手が都合で欠場するんだけど、私が何故かシード権までもらっちゃったからなおさらプレッシャー半端ない。「じならし」と「じしん」を同時にお見舞いされてるみたく体が震える(ついじめんタイプの技で喩えちゃったけど武者震いって言った方がいい?)。
だけど、ずっと一緒に頑張ってきたマンムーとゴルーグとサダイジャと一緒に勝ちたい気持ちは揺るぐわけない。前より注目されるようになった分「じめんタイプは地味な色のポケモンが多くて映えない、つまらない」だとか「砂嵐起こすのキバナさまのパクリじゃん」とかバッシングもされるようになってるけど、そんなの跳ね返して。代わりにさっきスタジアムに向かう途中に掛けてもらった「あんたの試合視てるぜプレサンス選手!頑張れよー」「じめんタイプあたしも好きでねぇ、底力見せつけておくれ」って応援してくれる声を思い出して応えるんだ。この「陸上」の意味を込めた背番号694番の誇りに掛けて!
それで……そういう気持ちで夢舞台の舞台袖まで来たっていうのに、まだ上がれそうにはない。
「プレサンスさまはワレと優勝するのです!」
「おやおーやなんと嘆かわしきこと、兄者がいつの間にやら高貴な者らしからぬ精神を持つようになってしまわれたとは!ここはワレに譲るべきでは?」
私が控え室に入った直後に、いきなり現れたこの二人――もとい青のスーツのソッド選手と、赤のスーツのシルディ選手が、どっちが私とタッグを組むかについて私そっちのけで揉めてるせいで。
視線が痛い。何となく私に同情してるようなホップ選手の目。「やれやれ」って感じの仕草をしたネズ選手の目。それから他の選手たち全員とリーグスタッフさんも。とにかくこの部屋中の目っていう目が、私たちに向けられてる。ソッド選手とシルディ選手が気付いてない感じなのは、いつもヘアスタイルのせいで注目集めてるせいで麻痺してるからとか?私としては思いっきり気にしてほしいんですけど!
集まる視線から目だけでも逸らしたい気持ちに任せて、壁のモニターを見てみた。トーナメント表が映し出されてる。反対側は、まずはネズ選手とホップ選手対ダンデさんとマリィ選手のきょうだい対決に、今コートに出て行ったばっかりのマスタード選手とビート選手対カブ選手とキバナ選手。こっち側は、ルリナ選手とピオニー選手対ヤロー選手とマクワ選手。その下のまだ何も表示されてないシードのところには、エントリーを完了すれば私とソッド選手かシルディ選手の名前が載るはず。このトーナメントは、始まってしばらくの頃は「思いもよらないペアが面白いバトルをする」のが売りだった。けど、段々「顔ぶれが固まってマンネリだ」って声が大きくなってきてたのも事実。そこで今回はダンデさんとユウリさんが「今後はこれまでに組んだことのない選手と積極的に組んでほしいって呼び掛けるつもり」とか発表されてた。
それにしても、マクワ選手とヤロー選手のペア、ルリナ選手とピオニー選手のペア。どっちが勝ち上がるとしても、私のじめんタイプが有利を取れるタイプと弱点を突かれるタイプの組み合わせのペアと当たるってことだよね。
「エントリー受付終了時間までもう間もなくです。規定の時間までに出場登録を済ませないと棄権したと見なされ不戦敗となりますので、プレサンス選手はお早くパートナーを決めてくださるようお願いします」
リーグスタッフさんの、ちょっとイライラしてる感じで急かす声にハッとした。そんなことで出られなくなるとか絶対避けなきゃ。この二人の手持ちにははがねタイプが多いのは中継で知ってる。私のじめん技が当たってダメージ受けちゃうのは仕方ない、よね。
「あ、あの!……ぷふっ」
「「いかがされましたプレサンスさま!」」
この人たちと組むのは気が進まないけどこれも試合に出るため。そう言い聞かせながら私が話しかけたら、二人とも目をキラキラさせながら勢いよく振り向いた。顔だけはイケメンだから一瞬ドキッとしそうになった。でもその拍子にあの髪型が、特にソッド選手のプルプル揺れて……思わず吹き出しちゃったあと血の気が引いた。まずい、よりによってスポンサー怒らせるようなことしでかした!
「出場登録の締切時間が迫っているですと?なに、ご心配には及びませんよプレサンスさま。そのような些末なこと、ワレラのスポンサー権限でいかようにでもできます。それはそうと兄者、やはりプレサンスさまはワレと勝利を目指されたいと仰せです。ワレの方を見て麗しき笑みを零されたことが何よりの証拠」
「フフ、弟よ。決めつけるなどセレブリティのすることとは言えません。プレサンスさまはじめんタイプの使い手、ゆえに極上の土の味を相手にテイスティングさせたいとお思いでワレに極上のスマイルをお送りになったに違いないのです」
「……」
私が髪型を笑ったことはちっとも気にしてないどころか、ポジティブに勘違いしてくれたみたい。助かった。ただ、叶うことならマクワ選手みたく、穴があったら落ちてしまいたいっていうか「あなをほる」でトンネル掘ってすごくここから立ち去りたい気分になってる。決めつけがどうのこうのとか言いながら自分もそうしてることについては気が付かないの?バトルコートに立つ前だし、パートナー決めもまだだから出場登録さえできてないのに、もうかなり気疲れしちゃってる。
というかそもそも、なんでこの二人私にチームを組もうって誘って来たんだっけ。目の前の怒涛の状況に押し流されかけてた記憶を振り返る。理由だけは、こうして言い合いを始める前にかろうじて訊き出せたんだよね。
「ワレワレとしてはユウリさまに是非ともお供したかったところです・が!まこと残念なことに諸事情あり今大会の出場を見送られるとのこと」
「なれどその代わりに、今回出場されるプレサンスさまに光るものを感じるのでタッグを組まれてはどうかとワレワレにおっしゃいまして」
「えっ!?チャンピオンが私を?本当に?」
確かにこの間、デイリー・ガラルの取材に「マイナークラスのバトルの放送も、ポケチューブに上がってるいろんなバトルの動画も時間があればチェックしてます」って答えてたのを読んだけど、それで私の出た試合も視たのかな?なんか、すごく嬉しい。
「チャンピオンに見出されたとなれば、そこいらのマイナークラスのトレーナーとはもはや別格と言って差し支えないでしょう?」
「それに」
そこまで言って急に真面目な顔になった二人は(ソッド選手の髪の先端が私のおでこを掠った)、いきなりスッと優雅なお辞儀みたいな動作をした。
「……罪滅ぼしのためでもあります。プレサンスさまの大切なジムを、あの騒動で半壊に至らしめてしまいましたからにはお力になりたく」
「その節は、大変なご迷惑をおかけしましたこと。改めてお詫び申し上げます」
「や、あのことならもう気にしてませんので。誰もケガしませんでしたし、ちゃんとジムも元通り建て直してくれたじゃないですか」
そういうことだったんだ。確かに私のじめんジムも二人が引き起こしたあのダイマックス騒動で壊れちゃった。それでもあとでちゃんとお詫びに来たとき、うちのジムリーダーの間で話は付いて、割と年季の入ってたじめんジムは最新鋭のきっとお高いはずの設備があるものに建て直された。「壊れたがケガ人もいなかったし設備も前より立派になったから恨みっこなしだぞ。焼け太りならぬ壊れ太りってか、ハハハ」なんてジムリーダーはのんきに笑ってたっけ。大らかっていうか、現金っていうか。
「ではプレサンスさま、そのような形とするということでよろしいですね」
「……へ?すみません、何ですか」
いけない。何だかんだちゃんとしてるところもあるっていえばあるんだよね、って思い出してたらなんかいつの間にか話が進んでたみたい。
「プレサンスさまに歯向かうものなど、ワレの剣が全て斬り捨てましょう」
「プレサンスさまに降り注ぐものなど、ワレの盾が見事防ぎ切りましょう」
「つまり……?」
聞いてなかった私もよくないけど、いきなりそう言われても何が何だか。一体何が決まったの、ってはてなマークを浮かべた矢先、アナウンスが答えを教えてくれた。
“えー、次の試合ですが……2回戦から登場のじめんジムのプレサンス選手は、この試合ではソッド選手と、決勝戦に進出した場合はシルディ選手とタッグを組むと、先ほど運営本部から通達がありました”
「えええーーーっ!???」
私も驚いて叫んだし観客席がどよめいた。ブーイングっぽい何かも聞こえる。それをよそに、ソッド選手とシルディ選手はドヤ顔トーナメントだったら優勝間違いなしの顔になって。
「どちらか一方のみがプレサンスさまとタッグを組むなどワレワレの気が済まない!」
「よって、タッグパートナーを途中で変えてはならないという規定を一時的に少しばかり変え、そしてチャンスが平等になるようワレワレとプレサンスさまをシードに据えただけのこと。これぞ!うーん、スポンサー権限」
「……そんなの、あり……?」
予想外の展開過ぎない?ガラルスタートーナメントってそういうもの?いよいよコートに立つんだっていう緊張も相まって、私は気が遠くなりかけたけど。
「「さあ参りましょうぞ、プレサンスさま。ワレワレの大好きな高みへ、優勝へ!!」」
剣と盾にそっくりな名前をしたタッグパートナーたちは、自信満々にそう言って手を差し出した。



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