一緒


日が暮れた。真っ赤だった空は、すっかりキョダイゲンエイみたいな闇の色になっていて、ゲンガーが笑ったときの口の形みたいな細い三日月も昇っている。カブさんは前に「ガラルの陽は沈むのが早いね!今の時期は特に」って話していたけれど、この地方から出たことのないボクには他の地方の様子がまだよくわからない(もし他の地方に行くなら、訪ねてみたいところはたくさんある。おくりびやま、タワーオブヘブン、メモリアルヒルやスーパー・メガやす跡地とか)。

目的地に一歩一歩近づくたび、街から聞こえる賑わいの音は小さくなっていく。今日はハロウィンで、ガラルのあちこちの街で仮装イベントが開かれている 。もちろんラテラルタウンでも。ボクの何メートルか離れたあたりを、特大サイズのバケッチャ2匹と、普通サイズのパンプジン1匹が漂っていった。ガラルではワイルドエリアや4番道路でしか見ないバケッチャたちがこの辺りにいたのは、仮装イベントに参加しているトレーナーたちのもとを離れて流れてきたからかもしれない。

ただ、街のイベントだからジムリーダーのボクも一応は顔を出したけれど、頃合いを見てジムトレーナーさんたちが「あとは私たちで引き受けますよ、どうぞ向かってください」って言ってくれたから甘えさせてもらうことにした。ああいう場が苦手っていうだけじゃなくて、今日は大事な用事があるから。

右手に花束を持っているから、着けた仮面を空いているほうの左手でそっと撫ぜる。あの職人さんが最後に作ってくれたこれは、ボクの顔に吸い付くみたいで、どんな激しいバトルの間でも取れかけたことさえ一度もなかった。なのに最近少しフィットしなくなってきたな、今度プレサンスさんに直してもらわないと、って思いながら。

そうして見えてきたのは、街外れにある小さな墓地。カンムリ雪原にある古代の墓地の何倍かある広さで、でもあれほど荒れてはいない。目指すのは、2つ目の角を曲がって突き当りの区画。歩いていると、ボクの立った髪の毛は風もないのに勝手に右を向いたり、ひとりでに左に靡いたりする。ボクの髪には、ゴーストタイプがいると反応するセンサーみたいな機能があるけれど、ここにいる「みんな」の気配を感じ取っているんだ。今は夜。ゴーストタイプのポケモンたちが、一番活発になる時間だから。

……あれ?近付いていくにつれて、生きた人の気配もしてきた。あと、微かだけど話し声みたいな声も。街はイベントで大盛り上がりしているし、この時間にボク以外の人がいるなんて。そう思いながら、お参りしたいお墓が見えたときだった。

「……っ、ごめんなさい、おじいちゃん……もっと、一緒にいればよかった、っ……」

ちょうどか細い月の光が差した。照らし出されたのは、まだ新しくて、あの職人さんが大好きだったミックスオレが供えられているお墓。そして、喪服を着た、ボクもよく知っている女の人。

「……プレサンス、さん……」

いつもの笑顔は浮かべずに、顔を手で覆って泣いている。驚いて思わずその人の名前を呼んだけれど、ボクの声は途切れ途切れのしゃくり上げる声や独り言に掻き消されて、ボクでさえやっと聞こえるくらいだった。



ボクの仮面をずっと作ってくれていた職人さんが亡くなって、今日でもう1年になる。すごく元気で「身体が資本だからなあ、こう見えて色々気を付けてるんだよ」が口癖だったのに。今着けている仮面をボクに渡してくれてからすぐ「おれとしたことが急に身体がイカれちまってな、しばらく入院しろってよ。まあこんなもんとっととやっつけてまたいい仮面作るから、オニオン坊っちゃんは心配なさんな」って連絡が来たと思えば、次に来たのは退院したっていう報告じゃなくて、お葬式の日のお知らせだったんだ……。

そして何か月かしてから、ボクはその人のたった一人の肉親で、孫娘にあたるプレサンスさんに出会った。職人さんがたまに話していたから、会う前から名前と、何年か前に他の地方へ行ってアクセサリー職人をしてることは知っていたけれど。

「遺言で祖父の仕事を引き継ぐことになりましたプレサンスでーす、オニオンくんこれからよろしく!アクセ中心だったから仮面はまだ専門外だけど私手先器用だしそのうち覚えるから心配しないでね、てかすごいねそのトシでジムリとか!私手持ちはガラルのじゃないサニーゴだけだしバトル全っ然ダメたからマジ尊敬するわー、そういえばジムチャレンジのコーヒーカップみたいなあれオニオンくんの趣味?」

そんなことを初対面で一気にものすごい勢いで話してきた。人見知りなんて言葉を知らないみたいに。

でも、ボクは固まってしまった。ど、どうしよう。不安だな、苦手だな、こういう人……ボクはお年寄りの人といるほうが落ち着くのに。ジムのトレーナーさんたちや、プレサンスさんのお祖父さんみたいに。

それに、お祖父さんが亡くなったのに、プレサンスさんは全然悲しくなさそうで、しかもずっと笑いながら言っていた。初対面のときだけじゃなくて、それからも時々仮面のお手入れのために会うときでもニコニコしているから、ますますよくわからない(他の人に頼めないのは、ボクの仮面はガラルサニーゴの殻でできているけれど、これは扱いが難しくて加工できる人はそもそも少ない上にこの近くだとプレサンスさんしかいないから。腕のほうは、確かにプレサンスさんが自分でも言っていたようにすごくいい。緩んだり、バトルで技が飛んできたせいで焦げたり削れたりした部分だとかもちゃんと補修して、仮面を元通りにしてくれる。そのことは心配要らなかった)。

でも、どうしてなんだろう。プレサンスさんといて不思議に思うことがある。最初は確かに矢継ぎ早にあれこれ喋られて、ボクは困ってしまった。なのに(仮面を作ってもらったり、調整してもらったりするから当たり前だけれど)プレサンスさんに顔を触られるとドキドキするようになったから。大勢のサポーターの前で負けられないバトルをするときや、強いトレーナーが来たときに嬉しくて感じるそれとは違うものだっていうことは、なんとなくわかる。

それ以外にも、よく喋るプレサンスさんと無口なボク、何もかも正反対のはずなのに、どこか似たようなところが、どうしてなのかある気がする……。

「ぃーーーやーーー出たぁぁぁ!!!」
「!!??」

いきなりお墓中に響いた悲鳴に、ボクは声にならない叫び声を上げた。びっくりした拍子に仮面もずり落ちた。ヒロインさんに話しかけていいのか、しばらくそうしないほうがいいのかどうか迷いながらあれこれ考えていたら、プレサンスさんが後ろにいたボクに気が付いたみたいだった。

「……って、なんだオニオンくんじゃんあービビったぁ!おどかさないでよゴースト使いだからそういうの好きかもしんないのは想像つくけどさー」
「あ、こ、こんばんは……」

ゴーストタイプのトレーナーだからって、おどかすのが好きなわけじゃ……そう言いたいのは堪えて「お祖父さんのお墓に、お参りに来ました」って切り出そうとした。

でも、ボクがそう言うより先にプレサンスさんはいつも通りの笑顔をサッと貼り付けて「ありがと、来てくれて。祖父も喜んでるよきっと」って言いながら場所を譲ってくれた。ボクが今日ここに来た意味はやっぱりもう解っていたみたいだ。

ボクはプレサンスさんが立っていた場所に入れ替わりに進み出て、花束をプレサンスさんがお供えしたミックスオレの横にそっと置いてからお墓の前を離れた。

そうしたら、その様子をじっと見ていたプレサンスさんがおもむろに話しかけてきた。

「……ね、オニオンくんてさあ。霊視えたりその霊と喋れたりするっけ?霊ってポケモンのじゃなくて、人の」
「えっと、ポケモンのそれは視えます。でも視えるだけで、は、話せない、です。それに人の霊は……すみません」

ボクはつっかえながら謝るしかなかった。

「そっか。あっいいのいいの謝んないで!なんか実感なかったな、この1年。ケンカして飛び出して以来音沙汰なかったのに何度も連絡きて、何かと思ったらもう長くないとか言われて、理解する前に危篤になってマジ一瞬であっち逝っちゃうし。死に目にあったしお葬式も出して、こうしてお墓も立てたのにね……受け止めきれずにいたっていうか?このままじゃ良くないかなーっていきなりだけど思ってさ、去年行けなかったハロウィンの仮装に今年は行くつもりだったの止めといて、喪服引っ張り出してきたの。で……そしたらなんか色々ドバーッって出てきて。いつの間にか夜よ」
「は、はい……」
「赤ちゃんだったときに両親が死んで育ててくれたたった一人の家族だったのになあ。振り返ったらマジくだらないことでケンカして飛び出した挙げ句、次に会ったのがもうあとは死ぬのを待つだけってタイミングとか、さぁ……」
「……」
「もっと、一緒に、いればなぁ……もういないの、遅いの、わかってるのに、っ、そう思っちゃって。で、オニオンくんに、祖父が視えてたら、喋れたら……ごめんねって……伝えてくれないかな、って……」

プレサンスさんは、もっと明るく、笑って、なんでもないふりをしてそう言いたかったんだろうな。でも「仮面」は月明かりの下にどんどん剥がれ落ちていくばっかりだ。笑顔はもう、涙に呑まれそうになっている。

そのとき突然、解った。プレサンスさんはお祖父さんが亡くなったのを悲しんでないわけじゃないこと。笑顔をずっと浮かべていたのは、今まで実感が沸かなくて悲しみに向き合いづらかったからなんだ。

そして、ボクとプレサンスさんがどこか似ているって思った理由も。きっと、一緒だから。仮面を被っている同士だから。ボクは人目を避けるために、プレサンスさんは悲しみを覆い隠すために。目的と、仮面そのものを着けているか、笑顔を浮かべ続けているかっていう違いはあっても。

「じゃあ、私これで帰るから。オニオンくんはまだお墓残るんでしょ、また仮面のことで何かあったら言ってね」

そう言い置いくと、プレサンスさんはボクに背中を向けて歩き始めた。いつもならそのまま見送るだけだったはず。でも、このときだけは。少しだけ解ったプレサンスさんに、少しだけでも寄り添いたかったから。

「あのっ!……プレサンス、さん!」
「何なに?どしたの?」
「プレサンスさんが、これからもお祖父さんをそうして心の中で思い続けてれば、っ、ずっと一緒にいることと同じだってボクはお、思います……たとえ、視えなくても!」

振り向いたプレサンスさんは、多分ボクが知り合ってから初めて大きな声を上げたからか、しばらく意外そうな表情だった。でも、少し経ってからボクの言いたいことを受け止めてくれたみたいで――そのとき見せた「仮面」を着けていない「素顔」は、微かな月明かりの中で、何より輝いて見えた。



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