お返し


『お守り』の続き

飛行機のシートでウトウトしてたところに、乱気流で機体が揺れて目が覚めた(ヨロイ島に行く前にキバナとベッドで一つになってるときの夢見てたから、アノ時の揺れと似てて顔赤くしながら起きたなんて内緒!)。少し乱暴な目覚ましだったけど、朝にとことん弱い私もこれで一気に眠気が吹き飛んだ。
目を閉じる前、空はキバナの眼よりずっと薄いブルーだった。でも今はもう、ナックルシティの建物のレンガよりちょっと明る茜色に染まってた。今朝までいた、白一色だったカンムリ雪原とは大違い。
って、ことは。逢えるんだ、もうすぐキバナに何ヶ月かぶりに。画像じゃなくて本人に。そう思うだけで、もう心臓がドキドキ高鳴って仕方ない。

私はこのところ、考古学者としてヨロイ島でフィールドワークしたあと論文書いて文献読んで、もう一つおまけに研究室とスポンサーに向けての成果プレゼンもして、って忙しかった。今日もカンムリ雪原での調査を終えて、ピオニーさんたちに見送られて帰って来るとこ。幼馴染で今は彼氏のキバナも、ジムリーダーの仕事に宝物庫のことに、って色々抱えてるからなかなか一緒に過ごせない。同棲の話を今月から進めるって約束はしてるけど。
それでも、あんまり寂しくはないんだ。誤解されそうだけど、別にキバナが居なくても全然平気って意味じゃなくて。その理由は、今は機内モードにしてあるスマホにある。いつもならロトムにスライドショー頼むけど、飛行中は休ませてるから手動で立ち上げて。
「ふふ」
お目当てが表示され始めた直後、思わず独り言が漏れる。まずい聞かれたかな?って慌てて見回したら、私の斜め後ろに座ってたソニアがバッチリ目撃してたみたい(他のメンバーは全員爆睡してた、よかった……)。「ラブラブじゃん」って小声でからかってきた。デレッとした顔のまま、こっちも「まあねー」って控え目のボリュームで返してから、また画面に向き直る。
何秒かおきに映されてるのは、キバナが毎日欠かさず送って来る自撮り。キバナだけが写ってるのがやっぱり多いけど、手持ちのポケモンたち全員に囲まれてるのもあれば、ジムトレーナーのみんなといい笑顔で収まってるのもあって見飽きない。キバナの家のリビングで撮ったもののバックに、私がヨロイ島に出発する日に残していった書き置きがコルクボードに貼ってあるの見えて嬉しかったし、多分ミスったんだろうけど砂嵐だけの画像も何枚か送信されてて。こういうとこ、憎めなくて好き。かがくのちからってすごいよね。今じゃこうやって、離れてても大事な人が身近に感じられるんだから。
そうこうしてるうちに、スライドショーが終わった。もう一度再生しようかなとも一瞬思ったけど、頭で考えてることと手の動きはシンクロしなかった。右手はスマホのタップとスワイプを繰り返す。表示されたのは「ガラルスタートーナメント エキシビションマッチ」の入場QRコード。しかもスペシャルシートの。あと、左手は手荷物の中身を探って全天候型ゴーグルを取り出してた。4ヶ月くらい前、ヨロイ島に向かう前にキバナがくれた最新型のもの。ヨロイ島で大雨に見舞われても、カンムリ雪原での猛吹雪の中でも。これさえ着けてればどんなお天気でも視界はクリアなまま、ずいぶん助けてもらった。他のメンバーたちからもすごく羨ましがられたっけ。
「私、キバナにもらってばっかりいるね。お返しちゃんとできてるかな」
……ゴーグルを握りながら唐突に思い出すのは、カンムリ雪原に出発する何日か前のやり取りのきっかけになった、私の零した一言だった。
私も、今は駆け出し学者だけど前はトレーナーだった。一応何となく、って流れでなったけど、バトルの才能にちっとも恵まれてないことがバトルの回数を重ねる度はっきりしていくばっかり。キバナは正反対にメキメキ力を付けていってた。ジムチャレンジでも上位に入ってガラル中の注目を集めて、扱いの難しいドラゴンタイプも手懐けて。同じ日に人生で初めてのモンスターボールを手にした同士なんて信じてもらえないほど、差が付いちゃったんだ。
そんなこともあって、私はすごくいじけてた時期があった。子供の頃からずっと一緒だった、きょうだいみたいに育った彼が離れて行こうとしてる、焦って頑張ってもとても追いつけない。顔を合わせるのも嫌になって避けてたらとうとう捕まって。「プレサンス、オマエ最近どうしたんだよ。落ち込んでねえか?というか、オレのこと避けてるだろ。オレ何かしたか?」ってキバナに訊かれたときには「キバナに私の気持ちなんか解んないでしょ!」って叫んで、八つ当たりまでした。なのに。
「プレサンスはプレサンスでオレさまはオレさま。それぞれが活きる場所がバトルコートかそれ以外の場所かって話だろ。日照りの時、砂嵐の中……それぞれの天気で活躍するポケモンたちがいるのに似てるかもな。あるはずだぜ、プレサンスにとってのそういうところがよ」って。それから「そうだ、オマエ気付いてたか?昔宝物庫に初めて見学に行った時、オレ以上にあれこれ熱心に見入って色々質問して館長に感心されてただろ。実際ああいうの見てるプレサンスって、バトルの時よりイキイキしてたんだぜ。そういうの究めてみるってのも悪くないんじゃねえの」って。
あの日のキバナの言葉がなかったら、私は惨めにコンプレックス抱えたまま引きずって生きてきたかもしれない。ゴーグルみたくモノだけじゃない。キバナがくれたのは、私が私になれた道しるべなんだ。
そうだ、まだあれには続きがある。「もらってばっかり」って聞いたキバナは、座ってたソファの横に私を呼んでから、そっと肩を抱いて呟いたんだ。
「オレさまだってそれは同じだ。プレサンスからどれだけ色々もらってきたと思ってる」
「確かに誕生日プレゼントは毎年欠かしたことないけどさ」
「フフッ、マジでプレサンスは相変わらず面白いヤツだよな。でもそういうことじゃねえよ」
「? ……んっ」
そのまま顔を近づけてきたキバナは、不意打ちで、でもそっと優しいキスをして。
「オマエの分まで強くなって、オマエの見てる前でダンデを倒す。な?プレゼントみたいにモノもそうだけど、プレサンスは思いもオレにくれてるわけよ。で、オマエにして欲しいお返しはそうだな、また無事に帰って来てくれること。それ以外に何も思いつかねえよ」
多分どんなキメ顔の自撮りも敵わなそうな、すごく、すごく、優しい顔で、言い聞かされたんだっけ。


“当機は間もなく着陸態勢に入ります。シートベルトを締め、……”
アナウンスが流れて来た。もうそろそろ、大好きなひとが待ってるところに降り立てる。
明日がんばってね、キバナ――そして、ありがとう。心の中で囁いた。この後逢ったら今度は言葉にして直接伝えるんだって、とっくに過ぎ去ったナックルシティの方へ思いをはせてそう誓った。



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