お守り


目を覚ましたオレさまを出迎えたのは、静まり返った部屋の空気。それから。

“キバナへ

いってきます!ゴーグルありがと
(早くに起こしちゃ悪いから起こさずに出るね、ごめん)
あと体に気を付けて、ドラゴンストームさん!大好きだよ

プレサンスより”

そんなことが書かれた、マクロコスモス・バンクのノベルティのロゴ入りメモ帳に書かれた置手紙だった。
「フフッ」
文面を読んで思わず吹き出した。ちなみに隅にはこれもプレサンスが描いた、手を振るジュラルドンのイラスト入り。メッセージアプリでも送れる内容なのに、アイツはこういうアナログな方法も好きなんだよな。
メモをリビングにあるコルクボードに留めていたら、スリープ機能を自動解除したスマホロトムが 「グッモーニン!ロト」って話しかけながらオレに近寄って来た。その音声も、ホーム画面に表示された時計と日付を見ながらの「……そうだよな、もう出発したよな」って呟きも、オレのほかには(ロトムは除いて)誰もいないリビングにいやに響く。いつもオレさまのほうがプレサンスより早く起きるのに、今日ばかりは先を越された。
だがそれもそうか。「出発の日はうんと早起きしなきゃなんだよねー」朝の弱いプレサンスが少し不安混じりにそう苦笑いしていた声を思い返して頷く。時間からいって、プレサンスは今頃ブラッシータウン駅に着いたぐらいだろう。そこでチームと合流して、ヨロイじま行きの特別列車だか飛行機だかに乗り換える、確かそういう話だった……そんな大事な予定が控えてるって前の晩に、オレが取材で遅くなったのにどうしてもって頼みこんで、1回戦だけの約束でプレサンス抱えてベッドになだれ込んだが結局3回しちまったのは反省しないとな。


キバナさまの幼馴染、そして今は恋人の、駆け出し考古学者のプレサンス。そしてオレさまはそんな恋人と今日から三カ月、逢えなくなる。早い話が期間限定の遠距離恋愛になるわけだ。
発端は、委員長肝いりの、ヨロイじまを調査するプロジェクトチームが結成されたことだった。そのメンバーの公募に、プレサンスは色々な審査を勝ち抜いて選ばれたんだ。なんでも(オレはその島についてはそこまで詳しくない。ダンデの師匠がそこで道場を開いてることと、ガラル本土じゃ見られないポケモンが生息してるってことを聞いたくらいだが)、島に眠るエネルギーがあるかもしれないからそれを探るのと同時に、遺跡や遺構についても研究して、プレサンスが所属するナックルユニバーシティのゼミと共同研究を進めるらしい。色々と手広くやってるマクロコスモスらしいというか。
別に、これがプレサンスとの最後の別れだなんて思っちゃいないぜ。あくまで一時的なものだってことくらい解ってる。それにヨロイじまもスマホロトムの圏内にしっかり入ってるんだ、連絡を取るのに何の問題もない。夜に自由時間が少し取れるから、その時に5分だけでも電話するか、どっちかの都合で無理ならアプリで短いメッセージだけでも送り合おうってことは取り決めてある。
……だが。通信ができるのはもちろんありがたいとはいえ、いつも子供のころからすぐそばにいるのが当たり前だったプレサンスが、いない。これはオレにとっては初めての事態だ。シャワーを浴びて(プレサンスも出かける前に使ったんだろう、シャワールームは何となくまだアイツの名残があった)、着替えて、ポケモンたちにもフーズをやる。オレさまも簡単に朝飯だとかを済ませたが、その後、何故か体が勝手にベッドルームに向かっていた。昨日の余韻の、皺がよったシーツ……つまり、プレサンスがそこにいた名残を台無しにしないようにしながらベッドに横になった。いつもなら何の気なしに元通りにするところだが、今日は少しの間そのままにしておくことにして、皺の一本一本までじっと見つめる。
「……」
昨日の夜にオレとプレサンス二人分の熱を纏わされたシーツが、もう温い。だがしばらく逢えないその体温が恋しいからって、アイツ以外の誰かをここへ連れ込むわけないだろ。プレサンスが使ってたシャンプーの残り香も漂ってきたが、やっぱり、薄まっている。香りや温もりが消えていくのを留めることなんてできるわけねえ。同じように、プレサンスが短い期間とはいえオレさまのところを離れて、目標のために踏み出していくのを止めさせることも。オレさまは、そうして輝いているプレサンスが好きなんだ。背中を押さないでどうする?
「ヘイ、ロトム。プレサンスの画像のスライドショー頼むぜ。ここ1ヶ月くらいに撮った分」
「了解ロトー」
……プレサンスのことをほんの少し思い浮かべただけで、もう会いたくなってきた。三カ月ぐらいすぐ過ぎるだろ、なんて考えていたころのオレはどうかしていた。初日にこの有様とはな。といっても、しばらくはこうするほかない。ロトムに頼んで(1ヶ月分とはいえかなりの数だったが)スライドショーを見てたオレの口は、一番最近撮った分が表示された瞬間、考えるより先に「ストップ」と言っていた。
写ってるのは、オレが贈ったゴーグルを手に笑うプレサンス。これはただのゴーグルじゃないんだぜ。砂嵐、日照り、霰、大雨に対応できる全天候型のもの。プロジェクトに参加するってアイツから聞いて、スポンサー企業がオレに提供した最新版のやつを、一般発売する前にプレサンスにお守りとして贈ったんだ。あの島でどんな天気に見舞われても大丈夫なように……キバナさまのプレサンスを、離れてもオレの代わりにしっかり守ってくれよ。アイツがまた笑顔で、何事もなく帰って来てくれるように――ってな。このキバナがそんな願掛けじみたことをするなんて、って驚くやつもいるだろう。だが、らしくないと思われようがそうしたくなるくらい、プレサンスって名前の宝物をオレは大事にしてるってことなのよ。
「ジムリーダージャーナル丿取材丿時間マデ、アト2時間ロト」
「サンキュー」
スマホロトムがスケジュールアプリに登録しておいた予定をリマインドしてきた。そう、今日もオレさまはトレーニングとメディアの取材の予定がミッチリだ。しかしもう少しだけ時間があるし、身支度もいつも通り手早く手際よく済ませるだけのこと。
だから、今しばらくプレサンス本人を見送れなかった代わりと言っては何だが、恋人の消えゆく温もりや香りだけでも、最後まで見送らせていただこう。それをまたこの腕の中で、この部屋で堪能できる日を、指折り数えながら。



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