Say Cheese!


「オレさまさあ、最近ものすごく思うんだよ」
「なあに?」

 幸せの重みを感じながら、プレサンスは話しかけてきたキバナに応えつつ周りに目をやる。げきりんの湖の今日の空模様は、少し気取って表現すれば曇りと晴れのハーフアンドハーフといったところ。二人は手持ちをそれぞれ一匹ずつモンスターボールから出してやっているが、キバナのジュラルドンは野生のタチフサグマと気が合ったのか日陰で何やら喋っているし、プレサンスのキレイハナは陽当りのいい辺りへ移動して日向ぼっこを楽しんでいる。

「プレサンスのスマホロトムになりたいってな」
「ぷふっ、何それ」
「笑うなって……オレさま真剣に言ってるんだぜ?」
「ごめんごめん。で、何だってまたそう思うの」

 遠くにアーマーガアの鳴き声が木霊している。でもキバナの少しスネた声は、プレサンスの真横から良く聞こえる。それもそうだ。後ろから彼女をすっぽり抱き締めるようにしているのだから。

「だってよ、そうすればプレサンスのそばにずっと居られるだろ?オレが忙しいせいでなかなか逢えなくてもな」
 
 宝物庫に所蔵してあるものに、ヒビが入ったりカビが生えたりしていないか。はたまた、忽然と行方不明になったりはしていないか。恋人同士にして宝物庫を預かる者同士でもあるプレサンスとキバナは、そんな点検を今日数時間前に終えたばかりだった。果たして、無事に所蔵品全部が異状無く揃っていることを確認できたのは良いとして。

「何だってプレサンスとせっかくゆっくり逢えるはずだった日の夜にパーティーが入るんだかなあ……」

 心底恨めしそうな呟きがキバナの口から漏れる。いつもにこやかで、時として不遜にも見えるほどの自信をのぞかせる彼の、自分以外には決して見せない一面。プレサンスは何も言わずに受け止めて、そっと恋人の頭を撫でてやる。
 
 今日は宝物庫の点検をずっと前から予定していたし、終わったら泊りがけでキャンプをしようという約束も前々からしていた。けれど、キバナの筆頭スポンサーであるマクロコスモスバンクの都合――主にローズ絡みのあれこれで――延び延びになっていたパーティーの日取りが一か月前にようやく知らされた、と思えば今日の夜で、泊りがけの予定は立てられそうになくなってしまった。

 それでもキバナはせめて、支度のために夕暮れ前には帰らないといけないこの日数時間だけでも、どこかでプレサンスと二人きりになりたかったのだ。家デートが続いていたのもあるし、今日は宝物庫のような屋内で仕事をした分、開放的な屋外でプレサンスと過ごしたいという気持ちがなおのこと強くなっていた。だから泊りがけになるキャンプから――大事な恋人をワイルドエリアで一人過ごさせるなんて、考えたくもない!――陽が沈む前に引き上げるピクニックにさせてもらえないかと提案したのだ。

「悪いな、プレサンス。あんまり一緒にいられない上にオレのワガママに付き合わせてばっかりでよ」
「気にしない気にしない。私はそういう気持ちがすごーく嬉しいんだから。むしろキバナがちょっとだけでも私といたいんだなって思ってくれてるんだよ、それだけでもう……ちょ、ちょっとキバナってばー?苦しいんだけど」
「……おう」

 もう、幸せで幸せで。オレさまのプレサンスはどうして、こう、なあ……! キバナは心の中に込み上げて来た愛おしさに言葉も忘れてしまった。でも、こうしなくてはいけないのは確かだったから、彼女を一層強く包み込んだ。軽く抗議されてしまうほど力を入れるつもりは無かったけれど、籠り過ぎてしまったか。

「それよりさっきさあ、スマホロトムになりたいとか言ったけどそうなったら私とこうして触れ合えないよ? 良いの?」
「待った、それはダメだ!さっきの取り消す」

 先ほどしおらしく謝った様子も、今の焦ったような声も。キバナのことなら全部、スマホロトムで全部撮りたいし録りたくてたまらない。でも、そうしないだろうなとプレサンスは思った。スマホロトムに保存するなんてもったいない。自分だけにインプットして独占してしまいたいから。
 
「かーわいい、キバナってば」
「かわいいってのはプレサンスのためにあるんだろ。オレには禁止。いいな?」
「ええー」
「カッコイイなら何度だって喜んで受け付けるぜ?」

 キバナは後ろからプレサンスをしっかり包み込んだまま、チークキスをずっと贈り続け始めていた。ヘアバンドの生地が彼女の頭の地肌に触れる感触がする。

「そーれっ」
「あ!やりやがったな」
 
 プレサンスは、飛行機や列車の座席のリクライニングを倒すときのように、キバナに向かってそっと寄りかかった。しっかり鍛えている彼が恋人の重みを受け止められないはずがない。ビクともしない胸板に、プレサンスがまた少しドキドキしながら空に目をやると、不意にあることに気が付いた。

「ねえキバナあの雲見て。スマホロトムにそっくりじゃない?」
「言われてみれば確かにな。良いこと思いついたプレサンス、あれに向かって自撮りしようぜ」
「あはは、何それ」

 もちろん、解っていた。二人はお互いの顔を見られる体勢になかったし、「自撮り」したといっても本物のスマホロトムではないからメモリには何も残りはしないことぐらい。
 
 けれど。

「じゃ、撮るよー……」

 お互いたった今、きっと顔がクシャッとなっているだろう。でも、それはフラッシュの眩しさのせいでも、呼び起こされた砂嵐や日照り、雲の隙間から差してきた光の眩しさに顔を顰めたわけでもなくて、ただ嬉しくてそうなったのだ。そして、もしもあの雲が本当にスマホロトムだったなら。眩しさ以上に笑顔のきらめくキバナとプレサンスのツーショットを、きっとしっかり撮ってくれたに違いないということも。



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