レッツユアタイム!


バトルタワー最上階、執務室。机に向かっているダンデは、仕事の手を少し休めることにした。そして、いつか何かで見たイッシュ地方のポケモンの姿と、目の前のプレサンスの様子を重ねて思った。いつもジトッとした目のクルミルが、もしもご機嫌だったらこんな顔をするんだろうか……と。

「ふふふー」
「ずいぶん嬉しそうじゃないか」
「そりゃそうですよー!だってレプリカとかじゃない憧れの正真正銘のチャンピオンマント!しかもダンデさんにギュッてしてもらってるみたいで嬉しいなって…あー幸せっ」

執務机の近くには応接用のソファセットを置いてある。そこに腰を下ろしているプレサンスは、クルミルよろしくチャンピオンマントを小柄な体にしっかり巻き付け、すっぽりとその中に収まっているのだ。

ダンデがリザードンポーズに隠してきた、チャンピオンであり続けることに感じていた重圧も。今まで受けて立ったバトルで、強敵の思わぬ一手にワクワクしてやまなかった心も。あのマントは全て、誰より何よりそばで「知っている」。そして、今は同じ立場にして恋人になったプレサンスにだからこそ、身に着けることを許せたのだ。彼女の顔は嬉しいのを隠しきれない、というよりもそうする気もなさそうなくらいにニコニコしていて、見遣った彼もつられてしまいそうだった。



ダンデがプレサンスに王座を明け渡してから、それなりの時が流れた。その間に彼を取り巻く環境は大きく変わりもしたし、更に二つ新しい楽しみが増えていた。

まず、ローズタワーをバトルタワーに改装してオーナーに収まったとともに、今までしていた魅せるためのバトルより、純粋に勝つためのバトルに力を注げるようになったこと。

そして、もう一つ。公表したときは大騒ぎになった――新旧チャンピオン、それも勝者と敗者同士のカップルなんて前代未聞だから――が、恋人同士になったプレサンスと過ごすことだ。

「ほんとはね、ダンデさんみたくこういうマント羽織りたかったんだ。でもマントが映えないから止めた方がいいですねって皆に言われたし、実際作ってもらってはみたけど、引きずっちゃってすごくカッコ悪かったし」

ダンデがコーヒーカップを傾けたところに、プレサンスが問わず語りにそう言った。彼はカップを置き、羽を象ったスタイラスペンを再び取ろうとしながら答える。

「あれはあれで可愛らしかったと思うけれどな」
「えへへ……ただあの試作品はうちのゴンベがすごく気に入ったから、もうすっかりあの子のお布団になっちゃってるけど」
「オレもあのマントは身長が伸びる度に作り直してもらっていたが、そういえば小さい頃にチャンピオンごっこがしたいホップと寝床にしたかったらしいチョロネコがお下がりを取り合ってケンカしたって、おふくろから聞いたよ」
「してたしてた!マントってポケモンも人間も惹きつける何かがあるのかなあ」

結局、プレサンスはマントではなくアクセサリーを着けることになった。いち早くスポンサーになったのがアクセサリーブランドだったからだ。これはこれで人気が出ていて、今では子供向けにはプラスチック製のレプリカ、大人向けには本格志向のプラチナでできたレプリカが人気で、母娘やカップルでこれらを着けてプレサンスの試合を観戦するのが今のトレンドなのだ……と、ダンデはネットニュースがそう報じていた記事を読み、考えるよりも前にすぐさまブックマークに入れたのだった。

再び会話が途切れる。もちろんお互い話すのが嫌なのではなくて、プレサンスが目の前の仕事に集中し始めたダンデの様子を見て取ったから続けなかったのだと、彼も解っている。画面の右上の隅にはタスクの量と進捗状況の具合が表示されているが、残り約3分の1だと判ってペースを上げようと決めた。

「〜♪」

ご満悦のプレサンスの鼻唄はちょうどいいボリュームだ。それをBGMに、ダンデの手はスラスラと動く。電子化された印を書類に捺す。パーティーの招待状を開封して目を通す。新たにバトルタワーのスポンサーに名乗りを上げてきた企業とのやり取りのメールを返す。「10件片付けたら、画面から目を離して1分間プレサンスの姿を見ていい」というタスクを自分に課し、ストイックにこなしていく。

よし、これで10件。ダンデは心の中で数えて顔を上げる。相変わらずプレサンスは幸せそうな表情のままマントに包まっている。やはり、プレサンスは愛嬌があるな。そして見ていて微笑ましい。

……いや、違う。「微笑ましかった」はずなんだ。なのに、彼女の姿を見る度、いつの間にか抑えきれなくなってきたこのモヤモヤは一体何だ?

ダンデは最初こそ微笑ましく思っていた目の前の光景が、段々と面白くなってきたことにふと気が付いた。タブレット端末に電子化された書類がまた表示される。最後の一枚だ。スタイラスを先ほどまでと同じように画面に走らせサインを記したが、妙に力が籠ってよれてしまった。訂正機能を呼び出しながら、仕事が終わりに近くなった分集中力が低くなっていくまま考えてみる。

プレサンスを嫌いになったわけではない、それだけは確かだからそういうモヤモヤではない。

だが、この感情の正確な名前までは掴めないままだ。

「ダンデくんって思考回路でも“方向音痴”なの?」

このことを話したら、またソニアにああ言われるかもな。ダンデはコーヒーを飲みほしたあと、いつかの会話を思い出しながら首をすくめる。

いつの頃からか、徐々に抱き始めたプレサンスへの思い。ダンデはその名前が長いこと解らずにいた。ずっとバトルにまつわることばかりに意識を向けていた分、それ以外の――恋愛のことなんて、頭の中に入り込む余地が無かったせいだ。

何とも言えないが、少なくともきっと嫌悪感ではないはずのこの気持ちの正体は何なのか。強者同士は惹かれ合うものだからな、などと思っていたが、次第に身を焦がすような心地にまでなって苦しくてたまらなくなり、ソニアにふとそんな思いを打ち明けたら「ダンデくん、それ恋っていうの!」と呆れられてから、先ほどのあのセリフを言われたのだった(とはいえ何だかんだ世話焼きなソニアのこと、プレサンスに近づくためのアドバイスも色々貰ったので、ダンデはその後無事プレサンスと恋仲になれたことをソニアに報告するのと同時に、バトルカフェで使えるプラチナギフトカードもお礼に贈っておいたのだった)。

ただ、ジムチャレンジの時だったら、ソニアのワンパチも、一番の相棒リザードンも道案内をしてくれて大いに助かったけれど。まさか彼の思いが正解に辿り着くまでのナビゲートはしてくれないだろう、自分で考えるほかはない。

「……」

いつの間にかプレサンスはウットリと目を閉じていたので、彼女を遠慮なく穴のあくほど見つめることにしてダンデは考える。スタイラスペンを、音を立てないようにそっと置いて。

プレサンスに触れているのが、他の男やそいつらの持ち物ではないだけまだいいじゃないか。あのマントはオレの分身のようなものなんだから……そう頷いた。

これがもし、プレサンスが身に着けているのが例えば、ヤローのタオルだったら。カブのベンチコートだったら。オニオンの仮面だったら。ビートの腕時計だったら。マクワのサングラスだったら。ネズのアクセサリーだったら。キバナのヘアバンドだったら。ホップのジャケットだったら。

――目にするが早いか、無意識のうちにプレサンスから丁寧に引き剥がして、しかし即座に持ち主に返しに赴いたことだろう。その相手のもとへ向かう道中、そして彼女のもとへ戻る時には、いつものようには迷わないだろうという自信も何故だか強くあった。

「だが……いや、そういうことじゃない。違うんだ」
「何がですか?」

どうやらダンデの呟きにウットリ気分は破られたらしい。プレサンスが不思議そうに見つめながらそう訊くので、彼ももちろん恋人の視線を、もっといえば今の状態、彼女がマントに包まれている様子をしかと受け止めて――そこで突然、解った。

「プレサンス。……“マントタイム”は、そこまでだ」
「へ?」

プレサンスが今度は驚くような表情を浮かべる。あまりにも唐突にそんなことを言われてはそうなっても無理はない。

だが、掛けていた椅子から弾かれたように立ち上がったダンデはそれに構わず、プレサンスのもとへズンズン近づくや、彼女から手早くマントを外した(曲がりなりにも自分の分身のようなものだしプレサンスを驚かせてしまいかねないから、乱暴に引き剥がすような真似はせず)。それから、少し離れたところに丁寧に元通り専用のハンガーラックに掛けておいたあと、またプレサンスのもとへと戻る。

「ダンデさん?やっぱり、大事なものだからベタベタ触られるのヤだった?」
「違う。その、……だ」
「今何て言っ、わぁ」

ダンデはそのまま、プレサンスを後ろから抱き締め――そう、先ほどまでのマントのように――ソファにドサリという音を立てて腰を下ろした。足の上に彼女を座らせる形で。

「悔しいんだ!ほかならぬオレ自身が目の前にいるというのに、プレサンスはオレでなくあのマントに触れて、包まれて、嬉しそうだった……それが、悔しい!」
「えーそんなこと?深刻そうなカオしてこっち来るから怒っちゃったかなって思ったじゃないですかっ」
「済まない。おかしいよな。解っているんだ。だというのに自分が身に着けていた持ち物にさえ、面白くない気分になってしまう気持ちを止められなくて……なあ、このまま抱きしめていてもいいだろう?仕事は全部終わったことだし」
「そりゃもちろんダメなわけじゃ……あっでもやっぱりダメ!」
「どうしてだ」
「ドキドキするから!っていうかもう幸せ過ぎてひんしになっちゃうよーどうしよう!」
「ははは、効果はバツグンだったみたいだな?……だが離してやらないぞ。仕事も全部片づけたことだし、これからはレッツプレサンスタイム!だからな」

ダンデはそう高らかに宣言してやった。先ほどまでプレサンスを包んでいたマント以上に、それはもうしっかりと彼女を包み込んで。



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