いくらなんでも


夢の内容が内容だったからって、驚きのあまりシャウトしなかったのを褒めてほしいくらいです……ようやくスパイクタウンにも活気が戻ってきそうかってときに、夜中に騒音を立てて街の評判を落とすワケにいきません。ましておれは前任とはいえこの街のジムリーダーだったんですしね――マホイップの群れにじゃれつかれるなんて、あくタイプ使いには十分すぎるくらいの悪夢を見て目が覚めたあと、まだぼんやりする頭でそう思う。

全く、イヤな夢でした。冷や汗が一筋背中を伝っていく。いくらあくタイプ使いだからって、悪夢を見ても平気でいられますかって。

ともかく溜め息軽く1つ吐き、すぐまた寝ようとしたんです。そしたら。

「むにゃ……アーマーガア、いいこね……すぅ」
「は……?」

シングルベッドにはおれしかいないはず。なのにその横からしてきた声に、近くで感じる体温と香りと柔らかさに、眠気は一瞬できれいに吹き飛ばされた(幻聴の類じゃないかって?テンション上がったり下がったりしまくるせいかフェイクニュースサイトにそんなこと書かれたことも何度かありますけど、こう見えてそのテのいけないオクスリとは生憎縁もゆかりもありませんよ)。

声の主はマリィじゃないのは確かですね。耳はいいんで電気の点いてない部屋でも声さえ聞こえれば判るし、第一そもそもこういうことをするタイプじゃないんです、おれの妹は。じゃあ誰かって、思い当たるのは……。

「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

やっぱりですか!状況が呑み込めて来るにつれ、心臓も急にバクバク言い始めて止まりそうにない。

「くぅ……」

ねえ、おれはどうすれば良いんですか。好きな子――プレサンスにベッドに潜り込まれて、しかも密着されてるなんてラッキーな状況で。



クールになれ、って念じ続けて早数分。どうにかこうにか収まってはきた感じです。デビューしたてのステージ以来ですよ、こんな緊張は。

別に、プレサンスがおれの家にいることについて驚いてはいません。マリィとプレサンスは、月に1回どっちかの家でお泊まり会をやるのが恒例になってますし(ただ、おれはプレサンスがおれらの家に泊りに来るって日に限って夜通しレコーディングして、朝に帰って来てみればプレサンスはとっくにお暇したあとだったり、またある時はおれがイッシュで開かれる音楽フェスに出演するために家を空けてたりしてたんで、必然的に今みたいなシチュエーションにはなりようがなかったんですけどね)。今回だって妹から「今日はワイルドエリアでキャンプするつもりだったけど、天気予報がワイルドエリア全域大雨っていうけん、うちにプレサンス泊めることにした」って連絡も受けててプレサンスが今夜うちにいるのは知ってましたから。この間はプレサンスの家に招(よ)んでもらったし、ってことらしく。

で、前の晩にはリビングで、お揃いのジグザグマ柄のパジャマのプレサンスとマリィが、一緒に萌え袖でピースサインをしてる写真を撮るところも目の前で見ましたよ(ついでに……おれもこっそりプレサンスのアカウント見てますが、彼女がSNSに「月イチ恒例、マリィとお泊マリィ♪笑 今日はふたごジグザグマコーデだよー」ってアップするが早いか、キバナが真っ先にその投稿に「いーね!」を押して光の速さで「今度はオレの家でじっくり見せてくれよな、プレサンス!」とかコメントしてたのも目にする羽目になりましたがね。心の底からムカつきました。でもそれ以上に苛立ったのは、おれはまだプレサンスの彼氏でもなんでもないんで、近付かないでほしいですねとか止める権利も無いってこと)。

ともかくそれでも、キバナには悪いんですがおれと(マリィもですが)プレサンスは今夜一つ屋根の下ですよ、良いでしょ、なんて密かに浮かれて、ちょっといい気分で寝たんです。

……けど。まさかね、ものすごく語弊のある言い方になりますけど、プレサンスとベッドを共にすることになるなんて思わねーでしょ。

こうなったのは多分、プレサンスが寝てたマリィの部屋とおれの部屋が隣同士だから。それに、前にプレサンスは「私、寝ぼけてとんでもないことしちゃうことあるみたいなの。小っちゃい頃なんか、タマゴから孵ったばっかりだったウールーの毛全部毟っちゃって、ママにすごく怒られた」とか話してましたっけ。今回のはとんでもなさすぎますが。さしずめ、夜中にトイレとかに立ったあと、寝ぼけて元いた妹の部屋でなくおれのとこに間違えて入って来た、ってとこでしょうかね。

「んー……よしよし、したげる……いいこいいこ」
「………」

眼が冴えてるのと距離が近いのとで、プレサンスの幸せそうな寝顔がよく見える。彼女の小さい手が、おれの髪をクシャクシャ撫でる。夢の中じゃ手持ちとキャンプでもして触れ合ってんでしょう。

それにしても、嬉しくはありますがよくよく考えればマズくもありますよね。どうにかブロッキングしたはずの興奮が、またジワジワ湧き上がって来るのを感じる。もう1秒だけでも長くこのままで、いやあわよくば……って企むおれ、もう少しだけでもこのままでいたらおれの理性が持たねえからとっととどうにかしやがれ、って自分に言い聞かせるおれ。そんな自分の板挟みだ。

何せ、このプレサンスって名前のお寝ぼけさんときたら。子供の体温のくせに。マリィと歳変わらないくせに。まだまだあどけない寝顔、してやがるくせに――歳に似合わずずいぶんとまあ、具体的にどこが、とは言いませんがボリュームたっぷりすぎやしませんかね?

さっき見てたマホイップに襲われるって悪夢、ある意味正夢でした。着痩せするタイプってやつですか?プレサンスのその部分、驚くほどフワッフワなんですから。見た感じじゃそこまで大きくはなかったと思うんですが。そんなご立派なのを隠し持ってたプレサンスに、こうもくっつかれてるとなると……どうしても健全な男としては、ステージとはまた違う昂り覚えちまいますよ、ね。まして、良いなと思ってる相手ならその分だけ。

いや、断じておれが触ってるんではなくて。本当に。プレサンスが抱き枕でも抱くみたくおれにくっついてくるんで、嫌でも味あわされてるんです。だからって「マリィの部屋に戻りなさいね」って起こすのも気が引けます。こんなに寝入ってるんだから可哀想……この感触と寝顔をもうちょっと堪能してたいからとか、そういうのでもないですよ。

ただ。小さく、プレサンスを起こさないようにして、さっき目が覚めたあとに吐いたのとは違う溜息をまた1つ。これがもし、恋仲でさえあったらね。こんな葛藤ナシで、すぐ「煽るのはおれの専売特許ですよ」とかなんとか言って、抱いちまえるのに。他の男にアプローチされてても「おれのプレサンスに何か?」って追っ払えるってのに。それもこれも “虫除け役”に徹しすぎてきたのがいけなかったんですかね……。

そもそも、おれはマリィとプレサンスが出かける時、都合が合えばくっついていくことにしてるんです(行けない時はエール団に護衛を頼んでますが)。2年前にチャンピオンになったプレサンスと、おれの跡を継いでスパイクタウンのジムリーダーになったマリィは今やすっかり有名人。顔も名前もガラル全土に知れ渡ってるし、SNSでもフォロワー数のすごいことといったら。トーナメントセミファイナルでは、お互い最後の1匹までもつれ込むほどの名勝負を繰り広げたんですからそうなって当然、兄の贔屓目を抜きにしてもここ10年はあれに並ぶバトルを目にしたことはありませんでしたし。

そんなこんなで、2人はいつの間にやら仲良くなったらしく、街に連れ立って繰り出すようになった。サインや握手をねだって囲まれるようにもなった。でも、そのうち沈んだ顔で帰って来ることも出てきた。気になってマリィに訳を訊けば、せっかくプレサンスと楽しく過ごしていたのに、どこかの男に何か心無い言葉を言われたとか。

妹とその友達――プレサンスのことは、あの時はまだ意識してはいなかった――がそんな目に遭ってるのを知りながら、放っておこうなんて思います?なんとかできないものかと考えて、都合の付く日はできるだけ2人に着いて行くことにしたんです。そしたら我ながら単純なことに、例えばプレサンスがカフェで手持ちのフォクスライを撫でてやってるときなんかのちょっとした仕草、それからマリィと笑い合ってるところ……気が付けば惹きつけられちまいました、すっかり。

最初は(もちろん今もですが)妹とプレサンスを守りたかった。でも彼女への想いを自覚してからは、プレサンスとの接点を増やしたいのと、ライバルどもへの牽制のためにも近くに居ようって思惑も加わったのは確かです。おれが同行するようになってからは、目に見えて嫌な奴に絡まれることは減ったからか、マリィは「もう大丈夫やしアニキに迷惑かけたくないけん、あたしとプレサンスであんなやなヤツらなんとかできるし」って強気でした。けど、そこは兄のあれこれで押し切りましたよ。「何かあってからじゃ遅か!」ってね。

なのに。プレサンスを意識するようになってから、皮肉にも彼女はおれを異性として見てはくれなくなった。妹の部屋から漏れ聞こえてきた、寝る前のお喋りがフラッシュバックしてくる。

「私にもマリィみたくネズさんみたいなお兄ちゃんいてくれたらなあ。すごく安心するもん。悪いリーグスタッフ探しのときも、ダイマックス騒動のときも本当に色々助けてくれたしね、さっすがお兄ちゃんって感じ!」

信じてもらえては、いるんでしょう。でも、その信頼は、おれを男としては見ていないことの裏返しでもあるんでしょう。

「……プレサンス。おれも男なんですがね。この生殺しはキますよ」

小声で、吐息に紛らせて彼女の名前を呼ぶ。男のベッドに潜り込んできて無防備にスヤスヤ寝やがるなんて、これが他の奴だったらどうなってたか。寝ぼけた意識の中でも、おれだから大丈夫なんて思ってたと?そんな信頼、もうぶち壊しちまいましょうか?今すぐキスの1つでもしてやれば。意味深な手つきでプレサンスを一撫でして“目覚めさせて”やれば――それとも、手っ取り早くプレサンスを貪っちまえば、嫌でもおれを男として見るだろうか。

……いくらなんでもできやしないでしょ。色んな意味でね。手を出そうものなら、マリィにもプレサンスにも軽蔑される。それにスパイクタウンの皆にもこの街にも、オーディエンスにも、おれのポケモンたちにも顔向けできやしません。誤解の無いよう強調しておきますけど、いくらあくタイプ使いだからってそういう道に走るつもり毛頭無いので。前に、人使いの荒い兄弟の弟の方に「悪そうな顔と格好でまともなこといわないでよ」とか言われましたけど、ヒトは見た目によらないんです。

おれはそれでもこれからも、プレサンスをあわよくば、って狙ってやがる諦めの悪い奴の誰よりも近くにいられる優越感を感じたいから、想いを告げずに、男としての感情を見せずに、このポジションにしがみつこうとし続けちまうんでしょうね……この、ダメダメなドヘタレ野郎が。いいこと思いついた、この気持ちを題材に新曲作っちまいましょうか。

――それどころじゃなかった。なんですか、この感、触……。

「!?!ちょ、」
「よしよしー……ふふふ、ここなでられるのすきだねぇアーマーガア」

……!さすがに、まずいでしょう……これは、っ……体が震えて、思わず普通の呼吸じゃない息が漏れた。プレサンスの手が、今度はおれの、その、際どいあたりを……彼女は夢の中でアーマーガアを撫でてるつもりなんでしょうけど。

おかげで、おれのおれはものの見事にキョダイマックスさせられちまいました。

おれはダイマックス嫌いってさんざん言ったはずですがね、プレサンスも知ってるはずでは……ああ駄目だ今は寝ぼけてるんでした、いやそれは置いといて。無理矢理ダイマックスさせるのはあの上から目線の妙ちきりんな赤と青の奴らだけで十分です、いくら寝ぼけてるからって、ほんと、……!

「っ、」

やばい。これ以上はやばいです。クールダウンしねえと爆発しますよ。名残惜しい気持ちを押さえつけて距離を取れば、プレサンスの手は空を掻く。そのままそろりとベッドを抜け出して、寝息を立てている彼女を起こさないように忍び足で部屋を出て行った。



「おはよ……アニキそのクマどうしたと?」
「もしかしたら昨日メイク落とさないで寝ちゃったんですか?そういうのお肌に悪いってルリナさんが言ってましたよー」
「あー、それです。作曲に夢中になってたら落とすのも忘れちまいました」

誰のせいだと思ってやがるんですか、誰の……とりあえず出まかせを並べながら、冷蔵庫からモーモーミルクを取り出した。

プレサンスは見た感じ、夜に自分が何をしたか全く覚えてないようだし、妹もプレサンスが間違えておれの部屋にいたことに気が付いてないようです。

――あのあと。おれがしばらく夜風に当たってあれこれ鎮めてから(何を、って、ナニです)クールダウンしてから戻ると、プレサンスの姿はベッドから消えていた。ようやく妹の部屋に戻ったんでしょうね。とはいっても、プレサンスの残り香や体温は微かだけれどまだしっかとそこにあって、おれのことを思いっきりヒートさせてくれやがって……こうして、朝まで悶々コースだったワケですよ。

ともかく、決めましたよ。朝飯代わりらしいシャラサブレをパクつく2人、プレサンスの横顔をチラッと見て思う。おれも本気、出すとしますかね。これ以上中途半端な立ち位置に居続けるの、止めにします。

ただその前に、もう1回惰眠を貪るとしますか。眠気には勝てっこないんです。

「じゃ、おれはもう一眠りしてきますんで。適当にやっといてください」
「はーい」
「オッケー」

そんな返事に見送られながら、一路目指すは自分の部屋――プレサンスの名残がまだベッドに残ってるのを、心のどこかで期待して。



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