つかまえたぞ!


プレサンスはクチナシと並んで座るソファー――元々彼の家にはなかったし、この先だってずっと必要ないはずのものだったけれど、プレサンスと恋人同士になった直後に買い足したのだ――の左側を見た。重力が、左の方向にばかり偏っているなと思いながら。
「……」
まず左肩に感じるのは、何も言わないままそこに頭を乗せて寄り掛かるクチナシの重さ。それから左手首に感じるのは、対照的な二つの温度。一つは、彼の家を訪れて間もなく掛けられた手錠のひんやりした感触。もう一つは、それで捕まえるだけでは飽き足らずしっかりと、でも痛くはないくらいの強さで握りしめてくる恋人のほのかな体温。鎖の先を辿った先のもう一つの輪の方は、クチナシの右手首に嵌っている。
「…プレサンスが、悪ぃんだぞ」
「はいはい」
「こうやってスネちゃうんだからな、おじさん構ってくれねえと」
「ん、ごめんね」
その体勢のまま、クチナシがプレサンスを責める言葉をボソッと零す。スネた、と自ら宣言した通り、誰が聞いてもその声はご機嫌斜めだと判るほど。でも、そこには微かに甘えが溶けているのをちゃんと知っているからこそ、プレサンスは怒らずに、むしろ少し嬉しくさえ思いながら謝るのだ。不器用なんだか素直なんだか、と苦笑いして、彼のしたいようにさせながら。
名誉のために断っておくけれど、プレサンスが何か警察の御厄介になるようなことをしでかしたわけではない。久々に彼の家を訪ねたら、部屋に通されこのソファに腰を下ろして早々、手首に何かの感触がした。見れば、金属らしくカチャカチャという音も立たなかったので、気が付かない間に手錠が嵌っていたというだけなのだ。
これにはマイペースなプレサンスもさすがに驚いて「どういうつもりなんですか」と訊かずにはいられなかった。この年上の恋人は口数が多い方ではないけれど、言うべきことはしっかり伝えてくれるタイプなのに今日はそれさえなくて、いきなりのことだったから。すると彼は、しばらく黙ったままだったけれど少ししてポツリポツリとこんなことを(照れもあってかプレサンスの方を向いてはくれなかったが)話したのだ。
「バトルツリーだか何だか知らねえが、こっちにフラフラ、あっちにフラフラしてくれちゃってよ…その間にどっかの男に攫われやしねえかすげぇ不安だったんだぞ。だからってんなとこ行くなとか言いたかねえし、ニャースみたく何か動くもんを動いた端から追っかけ回すのはくたびれるのよ、おじさんだからよ。だからプレサンスがここにいる間だけでも、こうしておれの近くに捕まえとくんだ」
確かにここのところ、バトル修行でバトルツリーに通うことが多かった。同性だけでなく、グズマを始め異性のタッグパートナー達と組むこともあった。どうやらクチナシはそれをどこからか(恐らくグズマが再び弟子入りしたハラ辺りか)聞きつけ、寂しいやら大いに嫉妬したやらで今のような行動に出た…というのがことの真相のようだ。ニャース達の自由さを好ましく思っているクチナシだが、それは人間に関してもそうで、これまでもプレサンスを――色々な意味、もちろん物理的な意味でも――ああしろこうするな、などと束縛しようとしたことなんて一度もない。だが今回はとうとう我慢しきれなくなったらしかった。
プレサンスは恋人のそんな言い訳を聞いた後、例えばトイレにでも行きたくならない限りは外して欲しいと言い出さないことに決めた。こうしてそのままずっと大人しく手錠を掛けられているのは、クチナシをしばらく構わずにいた罪滅ぼしの意味もあるのだ。それに、やっぱり彼の体温は誰より特別で心地いいものだから。バトルで感じる熱もいいけれど、大好きだからこそずっとそばで感じていたいぬくもりをくれるひと。
そうだ、そんな彼にちゃんと伝えておかないといけないことがある。プレサンスは左肩のクチナシに囁こうとそっと口を開く。
「ね、クチナシさん」
「何だい。おれの気が済むまで外してやんねぇぞ」
「そうじゃなくて。えっと、こうやって繋がるのも嫌いじゃないけど…心配して手錠使わなくたって、私はもうクチナシさんのとりこだよ。ずーっと前から捕まっちゃっててきっとずっと離れられないし、私が離れてあげない」
彼女の口元に近いところに寄り掛かっている分、この上ない魅惑の言葉をこんなに近くで囁かれては――ほら、クチナシの耳はみるみるうちにこの島の色、そして彼の瞳の色と同じものに染まっていくじゃないか。



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