秋色シネマは甘やかに(後)


10分後。プラターヌにはブラックコーヒー、プレサンスには彼が自ずから淹れてくれた甘い湯気を立てるカフェオレ。おのおのの好みの飲み物が入ったマグを手に、彼らは並んでソファーに腰掛けていた。もちろん目の前には彼がもらってきたパッキーやポリッツもある。それを目をキラキラさせて見る恋人にプラターヌは自然と目尻が下がって仕方がない。全く彼女の喜怒哀楽のストレートぶりは見ていて飽きないものだ。


「みんな美味しそう!早く食べちゃいたいなあ」
「まあまあ、そう焦らないでもお菓子は逃げないよー。それでこっちのパッキーはミルクショコラがかかったもの、緑のポリッツはサラダ味で、もうちょっと濃いモスグリーンのこれがグリーンティー味、その黄色いのが季節限定のカスタード味…」

プラターヌは紙パッケージを開け銀紙を破りながらそれぞれがどんな味か教えてくれていた。初耳のフレーバーもある。どんな味だろうと期待に胸を膨らませながら、その順番の通りにプレサンスはお菓子に手を伸ばして――

「おいしーい!」
「それは良かった!自分の好きなものを誰かが気に入ってくれるって嬉しいよね。さてと、僕もいただこうかな」

一口目から彼女はこのお菓子の虜になった。それからあれもこれもと口にしてみたが、どれもみんな美味しい。サラダ味といっても別にそんな味はしなかったり、グリーンティー味に初挑戦すればそのほろ苦さに新たな世界を知ったり。
大好きな人と一緒の時間を過ごせて、さらに色々な発見があって。なんだかお得な気分だ。何本食べても飽きが来ないししつこくないのもいい。
もちろんカロスのお菓子のレベルだってこれに引けを取らないほど総じて高い。だがここで指す「お菓子」というのはパティスリーのケーキなどが中心だ。こういった手軽につまめるものとなると割と子供向けの味やパッケージのものが多く、大人が気軽に手に取れそして満足できるようなものは案外少ない。彼女は子供向けだからそうでないからということは気にしない方だが、やはり大人がそういうものをおおっぴらには買いにくいと思う向きもあるようで。
その点これは見た目も味もシンプルだからこそ、誰にでも抵抗なく受け入れられそうだ。売り出されればきっと人気商品になるだろう。

「美味しいですね!何本でも食べられそうです」
ひょい。一本、また一本。プレサンスは勢いに乗ってポリッツをつまむ。
「うん。それにビスキュイもショコラも一緒に食べられるっていうのが良いよねー」
ぱきり。久々のサラダ味をひとしきり堪能したプラターヌはそう答えつつ、今度はミルクショコラがけのパッキーに手を伸ばす。
「研究の片手間に食べられそうでいいかもしれませんね」
かりかり、さくさく。手も汚れにくいでしょうし、と彼女が言えば。
「そのアイディアいただき。発売されたら僕きっとリピーターになるだろうなあ」
もぐもぐ、ぱき。リズミカルに食べ進める恋人に、プラターヌも段々妙な対抗心を燃やすかのように消費するスピードを上げていった。

食べて寄り添い語らって。そうするうちに二人はそれなりにあった量の半分をもう食べ終えようとしていた。相変わらずプレサンスの胃袋は甘いものに文字通り甘いらしい。ペースを全然落とすことなくパッキーを平らげていく。

ぽり、ぱき。軽い音を立てて咀嚼され彼女の口の中へ次々に収まってゆくそれ。その光景を恋人の横で愛おしく眺めいている内に、プラターヌにはある考えがひらめいた。

(そうだ、あれをやってみたいな)
あれ――というのはすなわち、相手の咥えたパッキーをそのまま食べてキスすること…だったような気がする。又聞きなのでルールが全然違うような、そうでないような。実のところあまりよく知らないので違うかもしれないが、とにかくある地ではパッキーゲームと呼ばれているとかいうそれを彼はしてみたくなった。シンオウではパッキーやポリッツはいつでも手に入ったが、周りは同性だらけだったから結局する機会も相手もいなかったせいもある。でも何より恋人が嬉しそうに食しているこの状況こそ絶好のチャンスに思えたのだ。そうと決まれば。

「ね、プレサンス」
「はんれふは」

彼女はちょうど新しいパッキーを咥えたところだった。だから「なんですか」と言いたいところがちょっと気の抜けた発音になったのだろう。その姿に微笑しながら、プラターヌは持ちかけた。
「キス、していいかな…あっ待ってパッキーは外さないで!そのまましたいんだよ」
その言葉に少女は目を丸くした。今まで唇を重ねる前に許可など取ることのなかった恋人のいきなりの申し出、それも一風変わったものだからだろう。
「君が咥えたパッキーを僕が食べていってさ、最後にキスするんだよー。どう、面白いと思わない?」

ね、だからしようよ――最後は言葉でなく目線で訴える。大きな目にプレサンスを、彼女の目に自分を写すようにして。こうすれば恋人はもう断れないのをプラターヌは知っているからだ。
▼これで ねんがんの ポッキーゲームが できるぞ!彼はこれまたシンオウ留学中に教わったとあるゲームの一場面を今の状況になぞらえて、ひそかな希望がかないつつあるのを喜んだ。


が。彼女はプラターヌの期待に反してパッキーを口から離し――そして、ごく短く答えた。

「やです」
「えっ?」
「だから、やです」
「えっ!」
思わず彼は素っ頓狂な声を上げていた。それも2回も。
(どういうことなんだろう)
マリーは自分の耳が確かなら今「嫌」と答えた。確かであろうともなかろうともそう言った。それはつまり拒絶の表現だ。彼女は、というかカロスでは「嫌」という言葉を肯定の意味で使うことはない。プラターヌは焦り始めた。自分の必殺技ともいえるそれをいとも簡単に破られたのだから無理もない。

「ご、ご機嫌斜めかなー?食べるところを邪魔しちゃってごめんよー」

でもほらせっかくだしさ!と言い含めようとする彼。チャンスを逃してなるものか、とばかりに彼女を乗り気にさせようとしてみる。

しかし、対してプレサンスはといえばとても不満げだ。先ほどまで満面の笑みでパッキーをほおばっていた少女はもしやゾロアークが化けていた姿だったのだろうか。いやいやそんなまさか、でもいつも通りの戦法が通じないなんて。待たせてしまっていた上に楽しみを中断されて嫌だったのだろうか、うん確かにそうされたら僕だって嫌だな悪いことしたな…そんな推理を展開し始めた、その矢先だった。

「だって、博士からそれをするって」
「ん?」

彼女が何かを答えるそぶりを見せた。何か理由があるのだろうか、それなら何だろう?

プラターヌはその答えを待った。そしてすぅ、と息を吸い込む音が聞こえて―果たしてマリーは彼に向ってその理由を叫んだ。

「とっても不公平じゃないですか!私だってこのお菓子たくさん食べたいしキスもしたいの!なのに博士が食べていったらせっかくおいしいのにあんまり食べられなくなっちゃう!」

その言葉に彼は上体ががくりと傾ぐのが分かった。いわゆる腰砕けというやつだ。
―そうだ忘れていた。この恋人はお菓子のこととなると途端に吝嗇(りんしょく)な少女に成り下がるのを。
なるほどプラターヌがそれを仕掛ければパッキーなりポリッツなりは彼の口の中だ。でもその分彼女が味わえるそれの量は減るというもので。合点がいった、断ったのはそれが理由だったのか。とりあえずイリュージョンではなくマリー自身がそこにいることが分かって安堵した。

が、だからといって簡単に諦めるなんて嫌だ。もうひと押しもうちょっと。彼は自身を何とか立ち直らせながら再び説得にかかった。

「ねえ、」
「何ですか」
「僕のたくさんあげるからさあ…それでもだめ?」
耳の近くでそう切なげに囁けば、反応してぴくりと動く華奢な肩。心が揺らぎ始めているのかもしれない。いいぞこのまま行こう。

「…ほんとに?」
「ほんとだよー!」
「嘘はないですね?」
「ないよ!…それにさ、プレサンスもすればいいんじゃないかなー」
「あ」

そっか、と彼女が呟いた。お菓子に気を取られるあまり考えが及ばなかったらしい。それを受けて、何も男から仕掛けなければいけないという決まりはなかったはずだ。だから女の子からもすればいい、いやむしろしてほしいとプラターヌが言えば

―ややあって。その提案にようやく納得してくれたらしい。咥えたまま、と指示した通りに彼女はパッキーの先端を口に含む。そして彼の方へ顔を向けた。まずは彼が好きなミルクショコラがけのものだ。いい子だね、と何も言わずに褒めるように髪を撫でると目を細めて笑ってみせる。ただ単に食べられる量が増えて嬉しいのかもしれない、なんて野暮なことは考えるまい。すぼめられたチェリーピンクの唇に吸い寄せられるように、彼も顔を近付けて――

さく、さく、ぽり、さく、――ちゅっ。


お菓子はプラターヌの口の中、唇はリップ音を立てて重なって。こんなに甘い甘いキス、世界の誰もしていないはずだ。二人は口にこそ出さないけれどそう確信していた。

「ショコラもビスキュイも一緒に食べられて、おまけにプレサンスとキスまでできる。それもとびっきり美味しいのをね」

口にしたパッキーをコーヒーで流し込んでから。本当になんてすてきなお菓子なんだろう、カロスでの発売が待ちきれないね。そう幸せそうに笑いかけるプラターヌに。
今なら最初に見た赤いパッケージと顔の色の見分けが付かないだろうな、と少女は思いながら首を大きく縦に振って彼の言葉に是と答えた。



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