葵5
 


傷が完治してから数日後、透君のお店に呼ばれた。
正直怖い、また戦う事になるのかも知れないって。
でも行かなかったらもっと怖いと思ったので素直に従う。


――――――――――――


お店に着くと何か話をする訳でもなく、ただ椅子に座らされ一杯の紅茶を出されただけだった。
うーん、何で呼んだんだろう…本人は黙々と時計の修理してるし。
…昔の透君は優しくて、お兄ちゃんみたいで大好きだった。
外見は確かに僕のよく知る彼なのだけれど、瞳の色と楽しそうに人間を手にかける姿は彼が変わってしまった事を嫌でも感じさせる。
それでも透君とは戦いたくないし、仲良くしたいんだけどな…。
…あ、それで結局何の用事があるんだろ。
未だに理由が分からず、退屈で室内をキョロキョロと見渡す。


「…あ」


ふと、沢山の壁掛け時計の中に一つだけ時間が動いている時計がある事に気付いた。
凄い、よく見たら中に猫がいる。枠の部分には蝶々が止まってて狙ってるみたい。
…可愛いなあ。ついつい見惚れちゃう。
アンティークって言うのかな?高級そうな時計達の中に紛れて一つだけ時を刻んでいるのが、とても好きだと思った。


「…お前、それ気に入ったの」

「うん、可愛い。時計ってこう言うデザインもあるんだね。ぼ…じゃなくて、私も今度探してみようかな」

「ふーん、気に入ったんだ…じゃあ壊すか」


瞬間、彼の手から投げられたナイフによって、時計は大きな音を立て床に落ちる。
気に入ったのかと聞かれ素直に答えただけ、それだけなのに。
ガラスは割れ文字盤には穴が開き、枠から外れ欠けてしまった蝶々のパーツも、拾おうとした時透君が踏みつけてバラバラに砕けてしまった。
…さっきまで動いていたのに、悲しくて目の前で壊されていく様子に涙が出そうだ。


「…私何か怒らせるような事言っちゃったかな」

「別に何も」

「じゃあ何で壊しちゃったの?」

「…お前のその顔が見たかったんだよ、俺は」


壊した理由を問い掛けると、透君はそう答えて満足そうに笑みを浮かべた。
私を悲しませるためだけに壊されたのなら、何て悲しい存在なんだろう。
既に修復不可能な程壊れた時計は気にも留めず、抱きしめられ少し乱暴にぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。


「お前といるとイライラすんだよ。でも泣いてるお前は好きだ。涙を流しながら俺を見るお前は大好きだよ、葵」


悲しむ私に対して透君は随分とご機嫌な様子で、耳元で語り掛けるその声はとても優しいものだった。



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