杏1
 


「ねえ兄ちゃん。杏さんの手料理を食べて欲しい」

「絶対に嫌だ」




クレハちゃんを無理矢理巻き込んで兄探しをした日から数日後。
逃げるのに飽きたから、と言う理由であっさり捕獲成功。
相変わらず何を考えているのか分からない兄である。
まあ、それでもおめでたいものはおめでたい。
と言う訳で、折角兄妹再会したのだからと今日は朝早く起きて料理を作ったのだ。
こう見えても料理には自信があるし、兄ちゃんもあっしの成長っぷりに感激して褒めてくれるかも知れない!
…と思っていたのに、即答で断られた。
大事な妹の愛情籠った手料理だと言うのに酷い!
因みにこの交渉、もう結構長い事やっているのだけどこちらをチラ見すらしてくれない。
っていうかそろそろ無視もし始めそうなので…めげない杏ちゃんはおじさんの所へ行く事にしたのであった。
おじさん昔は飴ちゃんくれたり優しいからね!


「おじさーんー聞いてよお兄ちゃんがあっしの手料理食べてくれないんだよお」

「ごめんおじさん杏ちゃんに味方すると緋桐君に殺されちゃうから何も言えない…!あとその手の中にあるものを料理と呼べるのかも分からない!」

『グジュルル、ギュリュ』

「…料理じゃん?」

「おじさん長い事生きてるけど料理って動かないと思うんだ」


…まあ、まあ確かに?杏さんが料理をすると何故か命を得て動くんだけどさ?
でも一つ目がギョロギョロ動いてて可愛いじゃん?
だから一口ぐらい食べてくれても良いよね!頑張って作ったんだから!愛情籠ってるから!


「愛情があるなら、相手に毒物を食わせたりはしない」

「毒物じゃなくて料理じゃ!」


わあお、何とも酷い。
食べる事は徹底的に拒否するくせに、こんな事は言ってくるなんて。
て言うか心読むな。
見た目と何か動くのが悪いだけで、味はプロのシェフもぶっ飛んで天井に突き刺さる程美味だし!
本当だよ?本当だからね?


「ふむ…別にレシピ通り分量をしっかり測って作れとは言わないけれど、ちゃんと味見はしてますか?」

「味見?」

『ギュリガグジュジュ』

「お前は誰かに美味しいから食べろと言うけど、味見をして自分でも美味しいと思った上で言ってるんですよね?」

「いや、別にしてな痛たたたたた!痛い!抓るな痛い!見た目細いくせに!馬鹿力!」

「うるさい馬鹿」


おお、私はこんなに兄想いなのに、兄はこの優しい妹になんて酷い対応なの。
危うく頬が千切れる所だったぜ。
味見なんてしなくても、絶対美味しいと思うんだけどなあ。
ほらほら、見た目グロい程美味しいって言うじゃんね?


「…ならお前が今これを食べて、美味だったなら俺もおじさんも食べると言う事で」

「あれ何でおじさん巻き込まれてるの!?ねえ!」

「マジでか、よっしゃ食うわ」

「無視!?」


そんな提案をされたら乗るしかないのである。
これは本当に食べてもらえるチャンス!
ふふん、見てろ美味しく食べて二人にも食べてもらうぜ。
……と、言う訳でさくっと頂きたい所だけど、何か料理がつぶらな瞳でめっちゃこっち見てくる。
どうしよう食べると勢いで言ってしまったし、でも何か…ずっと見てると可哀想な気もしてきたし…。


「ううっ、そんなつぶらな瞳で見るんじゃねえよお…」

「…ねえ、緋桐君、杏ちゃん凄い悩んでいるみたいだよ」

「情が移るの早い。そうですねえ…アプリコット、お前の大好きなお兄ちゃんが、食べさせてあげようか」

「え、いや、ちょっと待って!ほら、この子可哀想だよこんなうるうるな目でこっちを見るんだよ!兄ちゃんは可哀想だと思わないの!?」

「思わないですね。何故ならそれは食べ物であり、既に死んでいる筈の存在だから」

『ギュグウウウウウ!ギュジュ…グ』

「うわあああああ!」


よ、容赦ねええええ!
あたしの作ったクリーチャーちゃんのおめめにナイフが!
何かめっちゃグロい!
しかもまだピクピク動いてる!
やべー…超逃げてえ


「んんん、いやあ杏さん用事思い出しちゃったなあ。と言う訳でその料理はどっか適当に」

「食べ物を粗末にするのは良くない事ですよ。この国の人間は特に厳しいからね。…おじさん」

「ぎゃあああ離せええええ!!」


逃げようとしたらおじさんによってあっさり捕まるぼく。
羽交い絞め良くないよおじさーん!
前はわっちの味方してくれたじゃーん!


「ごめん杏ちゃん…おじさん……流石にその料理だけは食べたくない!あと今ここで緋桐君に協力しなかったらどうなるか分からない!」

「うわあああんちくしょーーー!!」

「ほらほら、ちゃんと口開けないとフォークが刺さる。あーん」

「いや絶対食べなむがぐ…っ!…むぐ、ぐぐ…」


…はっ!この感じ。
どろっとした中身と、ザクッとした外身のバランス。
そして口いっぱいに広がる腐臭の様な香りと噛む度に強くなる血生臭さ、時折来るのは錆びた水の様な味わい
これは…


「くっそ不味いいいいいうげえええええええええ死ぬっ!」

「あ」

「あー…気絶しちゃったね」



その後、私が目覚めたのは8時間経ってからだったと言う。
今度から味見はちゃんとしようと思いました。
でも、まあ…暫く料理は良いかな…。



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