葵4
 


緋桐さんは不思議だ。
とにかく謎。
椿が、誰しも不思議な所の一つや二つあるみたいな事を昔に言っていた気がするけれど…緋桐さんは一つ二つじゃないよね。
基本的にはおじさんやアイリスで遊んでいるか、本を読んでいる気がするけれど、時々意外、と言うか…びっくりする事もある。
例えば


「……びしょびしょ」

「本当にね」


…何か、急にびしょ濡れの状態で家を訪ねてきたり。
今日は凄い大雨で、勉強も釣りもお休みなんだろうなあって思っていたんだけど…もしかして違ったのかな。


「いや、そんな事で濡れてまで怒りに来ないですよ」

「行ってたら馬鹿なの?って言われそう」

「それは正解。うん、君はタンポポの綿毛の様なふわふわ思考回路のぼんやりさんに見えて意外と周囲を理解している。まあ用事と言うか、一番近い場所だったので寄っただけで、まだ光咲ちゃん帰って来てないですよね?ちょっとこれを洗いたいのでシャワー貸してもらえないかと」

「えっと、褒められたのか貶されたのかはともかく……犬?」


ごそごそとコートの中を探ると何とびっくり、犬が出てきた。
これが光咲の言ってた四次元ポケットってやつなんだ。
出てきた犬もこれまた酷く汚れ、ぷるぷると震えている。
…でも緋桐さん、どうして犬なんて持って…じゃなくて連れてきたんだろう。
取り敢えず入れてあげないとかな、いつまでも濡れたまま首根っこ掴まれてぶら下がってるのは可哀想。
まあ、緋桐さんは結果が分かっていたのか返事も聞かず中に入っていったのだけれど。
………濡れたまま。
しかもお昼寝していたはずの椿が起きてきているし、タイミングが悪いなあ。


「は…?ギャッ!!葵ちゃん!葵ー!ボク犬キライ!助けて!フーッ!!」

「へえ……ほーらほら犬ですよ」

「ふざけんなニンジン死ね!!」


…遊んでるし。
えーっと、部屋を荒らされると光咲が怒るし、椿は抱っこしておけば大人しいだろうから…うん。


「お風呂はこっち」

「ああ、ありがとうございます」


場所を教えると意外とあっさり、すぐにスタスタと歩いて行く。
あ、本当にメインの用事はこれだったんだ。
……ところでこのびしょびしょの廊下、拭かないと駄目だよね。


――――――――――――


「………あ、そう言えば何で急に犬を?」


廊下を拭きながら、気になった事を聞いてみると、緋桐さんは犬を洗いながら、こっちを見る事もなく答える。


「んー、おじさんが犬を助けにこの雨の中川に飛び込むものだから流石に俺も驚きましてね。そんな無茶の所為で本人が動けなくなったので俺が代わりに来ただけですよ。犬を洗いに」

「そうなんだ………何か、緋桐さん慣れてる感じなのにな」

「…そりゃあ、動物の扱いなんて長く生きてれば慣れますよ。じゃ、綺麗になったので俺はこれで。あ、明日は晴れなんで学びたければ来てください」


う、うーん、何か言ったらいけない事を言っちゃったのかな。
終わったらささっと帰っちゃった。
でもこの為に来たんだし、他にも予定があったなら仕方ないのかも
まあ、何か廊下の掃除も手伝ってくれたし、怒ってた訳じゃないから良い…かな?


「ネエ葵ちゃん」

「椿どうしたの?」

「アイツ犬置いて行ったけど」

「え」


足下を見るとすっかり綺麗な、真っ白な子犬が尻尾を千切れそうな程振りすり寄っていた。
…明日弥彦おじさんの所に連れていけば良いよね、多分。



「犬のくせに葵に近寄らないでよネ。シッシッ」

「け、喧嘩しないでね…?」


取り敢えず明日まで椿から守ってあげないといけなそう。
光咲、早く帰ってこないかな。



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