弥彦2
「ねえおじさん」
「ん?」
「緋桐さんの様子が変。不機嫌みたいな…?」
葵ちゃんも最近慣れて、おじさん達に懐いてきてくれた様に思う。
表情を変えたり、話し掛けてくれる事も増えた。
テレビとかである、子供は集落の大人全員で愛情込めて育てるもの、みたいな。
ああいうのって…良いよね。
勿論彼女だけじゃなく、クレハちゃん達皆を優しく見守っていきたいなあ、とおじさんは思います。
いやあ、子供は宝だね。そしておじさんも歳だなあ。
…で、脱線していたけど、葵ちゃんが言った言葉に少し驚いた。
緋桐君は子供達より問題があると言うか、何を考えているか分かり辛い。
自分は人の心を読んだりする一方で、自分の事を読まれるのを嫌うし。
まあ、おじさんは何だかんだ長く友達だから分かるけど。
だから、他の人が気付くのは珍しいなあ、と思ったんだ。
どうやら、そうとう不満が溜まっているらしい。
因みに理由も何か凄いもので
「…緋桐君って人に意地悪するの大好きでしょ」
「うん」
「でね、この前のバーベキューにハバネロを持ってきてたじゃない」
「うん」
「あれ引き当てたのおじさんなんだ。凄い辛かったよ。で、おじさんは苦しくてたまらないのに、緋桐君たら冷たい目で…「つまらない」とか言って」
「…おじさん大変だね」
うん、いい加減自分でもそう思ってきた。
凄い、同情や慰めてくれる子が増えただけで何かすっとするよ。
愚痴は吐き出す方が良いんだね。
「えっと…つまり緋桐君の今の不機嫌はね、人への嫌がらせが足りない事が理由なんだよ」
「えー…」
何て迷惑な、と言う顔を二人でする。
凄いよね、くだらなさとかの方向で。
いくら悪魔でも、そんな日常的に嫌がらせをしないと不機嫌になるなんて聞いた事ないよ。
いや、すぐそこに実例がいるけど。
…多分、今は何をやるか考えているんだろうね。
「今日は早めに帰った方が良いよ。多分一気に解消するつもりで、仕掛けてくるからとんでもないものが」
「二人とも」
「うひい!」
いいいいいつの間に後ろに…!?
あ、違う問題はそこじゃないんだ!
こっちに来たって事は何かを思い付いたんだ、まずい。
場合によっては、おじさん死んじゃうかも知れないよ!
「嫌がらせが思い付かないんですよね」
「ちょっとは包み隠してよ!え、じゃあ何でこっちに来たの!?」
「いや、取り敢えず二人ともここから海まで泳いで来てくれないかなって。つまり陸禁止。浜に箱に入れたメダルを埋めておいたので、それを見付け出して戻ってきてください。ま、宝探しゲームです」
…それは十分嫌がらせと言うか、苦行じゃないかな。
ココカラ海ッテ大分遠イヨー。
「夏だし涼しくて良いと思うんですけどね。…因みに拒否しても構わないけど、その場合今日から数ヶ月家にムカデが湧き続ける呪いをかけます」
「ええええバッチリ嫌がらせ用意してるじゃないの!やめなさいよ!もう嫌!」
「(何でちょっと女の人みたいな口調なんだろ…)おじさん、行くなら早く行かないと」
「あ、ああ…うん、そうだね…虫よりマシだよね」
いやあ、うーん…それでも海か…遠いなあ。
まあ、ムカデよりは本当にマシだろうし、拒否権はないしやるしかないよね。
「あ、言い忘れてたけど、負けた方にはさっき言った呪いをプレゼント」
「結局!?」
「あ、先行くね…!」
「あああ待ってえええええ泳ぐのはや!!」
何と、敗者への罰を聞いた途端葵ちゃんは先に行ってしまった。
いや当然だろうけどね!おじさんだってそうする!
もう悪いのは全部緋桐君だよ!
「人のせいにするのやめてください」
「何かもう黙って!?帰ってくるまで飽きたから止めたとか絶対やめてね!ちゃんと海まで泳いでくるから!」
「あー、はいはい」
…うーん、何となく信用出来ない。
ま、まあ彼はあれで真面目な所もあるしきっと待ってくれる、筈。
しっかり言い付けたし。
「……でもこの距離差…おじさん勝てないんじゃないかな」
「平気ですよ、到着が遅くても先に箱を見付け出せば良い。ファイトおじさん」
「あ…はい…」
もう負ける気しかしないんだけど、一応やる事はやらないとね。
自分は好きに提案して飽きたらすぱっとやめるわりに、人が放棄する事は容赦ない。
「い、いつか覚えてろよ緋桐君…」
何とも適当な応援に見送られ、海へ向かって泳ぎだした。
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