アイリス2
日記をパラパラと捲る。
時々サボ…書き忘れる事もあったが、昔から習慣として、クレハは日記を書いていた。
それを読み直して気付いた事があると、彼女は言う。
「ねえアイリスちゃん、今日は皆と出会ってから一年だよ!」
「そうなんですか?私は忘れていました…私も日記、始めてみましょうか」
「良いね!あ、それで、お祝いに何かしないかなって」
ああ、やっぱり。
クレハの突然の提案はいつもの事。
アイリスはもう慣れたもので(めでたいと思っていたのもあるが)、真面目に対応する。
「昨日も集まった気がしますが……今からパーティは難しそうですね」
「昨日は気付いてなかったから別!あ、焼き肉パーティだったらすぐ出来そう!」
「…バーベキューでもするんですか?」
確かにそれもありだとは思うが…まあ、自分の想像しているパーティと一般学生が思うパーティはまた違うのだろう。
そう納得する事にした。
それにクレハ本人がお肉食べたい!と言った顔をしているからである。
まあ、好きなものを持ち寄って焼くのなら誰も文句は言わない筈だ。
一番平和に解決するのかも知れない。
「じゃあ早速準備しよう!私皆に電話するから、アイリスちゃん道具とかお願いします!」
さて、クレハのやる気スイッチがマックスな様なので従う事にする。
普通は急に集合何て言われても、予定等で断られると思うのだが、何故かいつも人数が集まる。
たんに全員暇人なのか、クレハの人徳と言うものなのか。
不思議ではあるが、彼女は賑やかな事が好きなので、いつも嬉しそうだ。
それを見て周囲も笑顔になるのだから、まあ良い事なのだろう。
「アイリスちゃん早く早くー!」
「はいはい、今行きます」
と、考えていたら呼ばれたので、場所に向かう事にした。
――――――――――――
数分後、河原に着くと既に何人かが集まっている。
まあ、弥彦等は元々いたのだろう、先に準備をしてくれていたらしい。
「お、来た来た。二人ともいらっしゃい!一人で準備してたおじさんを褒めて!」
「わあ、お疲れ様おじさん!」
「お疲れ様です。後ろ、手伝いすらしそうにないですね」
「…ああ、うん。緋桐君はもういつも通りだから」
恐らく連絡が来るまで話相手をしていたのだろうが、そんな何もしない本人は視線を本から一切動かす事もなく、挨拶程度にひらりと手を軽く振った。
弥彦おじさんの言う通り、いつもの事なのだが、行事自体にはしっかりと参加していくのである。
まあ、一応参加条件の食材は持参してはいるが。
「緋桐さん何持ってきたの?」
「うーん、ハバネロ?」
「二番目に辛い唐辛子を持ってくるのはやめてください」
「ジョロキアじゃないだけマシと思って欲しいですね。いや、誰か引っ掛かったらリアクションが楽しみだなあ、なんて」
「食べた人可哀想…!」
この様にマトモな物を持ってきた事はない。
呆れつつ他を見ると…いつの間に来たのか光咲が既に食材を焼き始めている。
「光咲ちゃーん」
「あ!じゃじゃじゃーん!奮発して良いお肉買っちゃったよー!センパーイ!」
「ええ、確かに高そうだけど大丈夫なの?」
「へーきへーきっす」
「7000円ぐらいだって」
「私の感覚には高いよ!?」
「僕の感覚でも高いけど…」
「まあ、本人が良いなら構いませんが」
先程のハバネロとこの高級肉が合わさった時には、きっと色々と台無しになるのだろう。
因みに、先程値段を答えた葵の方は野菜を持ってきた様だ。
今現在食材は、肉とハバネロしかなかったのでありがたい。
「何とかお野菜も来たけど、お肉ばっかりだね!」
「皆肉が好きなんでしょう。もし足りなかったら追加で野菜を買いに行った方が良いかも知れません」
「そうだね、多分あとは曽良君と朱館先輩なんだけど…野菜持ってこなそうだなあ」
「岡崎ー!」
「あ、先輩だ」
「…避けた方が良いのでは」
噂をすれば、火だるまがもの凄い勢いでこっちへ向かってくる。
このままこっちへ来たら、大火傷では済まないだろう。
「うおおおおおオラァ!!」
と、直前で横に逸れて止まった。
以前はそのまま真っ直ぐ突っ込んで来たので不安だったが、少しずつ能力の使い方は上達しているらしい。
これも1年の成長だろうか。
「いやー悪い悪い!」
「悪いと思うなら普通に来てください」
「おう、次からは気を付けるぜ。それでな、冷蔵庫漁ったけど何もなかったから焼き肉のタレ持ってきた!」
…最早肉ですらなかった。
と言うか、焼き肉のタレしか入ってない冷蔵庫は大丈夫なのだろうか。
彼の生活が少し心配になる。
「ま、まあ焼き肉のタレは大事だよね!美味しいからね!」
「そうだろ!?あ、でも食材の事なら問題ないぞ、大食いの小鳥遊が自分がかなり食べる事をきちんと考えて大量に肉を持ってきてるからな!」
「…ああ、本当に野菜面が心配です」
バーベキューと言えども、好きな物を持ち寄れとも言ったがバランスは大事だ。
…まあ、近くには深夜までやっているスーパーもあるので、何とかなる。
こんな日だ、余り細かく気にしすぎるのもあれだろう。
「ばかきち」
「あ、小鳥遊君だ」
「うぃっす。バカ焼き肉のタレよこせ」
「バカバカ言い過ぎじゃね!?ま、まあ三種類ぐらい持ってきたからな。好きなの選べよ」
「何故食材は何一つないのに、焼き肉のタレは三種類もあるんですか」
…本当に彼の生活は大丈夫だろうか。
――――――――――――
「セーンパイ!焼けたっすよー!」
数分後、いつの間にか増えていた人達に挨拶をして回っていると、光咲の呼ぶ声が聞こえる。
「はーい!じゃあアイリスちゃんいってくるね!」
「え、ちょっと…」
自分も行く、そう言う前にクレハは小走りで行ってしまった。
離れたら困ると言う訳ではないが、周囲に人が増えすぎてどうすれば良いか戸惑う。
「あらら、ぼっちですかアイちゃん」
…知り合いを探そうにも、一番会いたくない奴に出会う始末だ。
「その呼び方止めてください。人参」
「人参って愛称より全然可愛くもあって良いと思うけどね、俺は」
「貴方に呼ばれるのが嫌なのですが」
「アイちゃんは酷いですねえ」
「…行きましょう達毅さん」
「え、俺!?」
…もう無視する事にしよう。
悪魔といるより喧しい方がマシかも知れない、いや、マシだ。
通りかかった達毅を捕まえて、クレハを探しに行く。
彼も曽良を探していたようなので、ちょうど良い。
ひたすら真っ直ぐ進むと、あっさりと二人を発見した。
「あ!アイリスちゃん!ちょうどアイリスちゃんにお皿持っていこうとしたんだよ!」
「そうですか、ありがとうございます」
皿を受け取り、少し離れた場所へ行く。
すると、クレハも着いてきたので二人で座る事にした。
「…皆の所にいなくて良いのですか」
「うん、ご飯休憩だから!それにしてもこんなに集まるなんて思ってなかったね」
「そうですね、知らない人も増えていますし」
本当に、通りすがりの人達まで参加したのには驚いた。
この地域の人々は、社交性が異常な程高い気がする。
「今日は本当に楽しいね!一年に一度こんなに大きなお祭りやるのも良いなあ!」
「きっと小規模でやろうとしても集まりますよ」
「うん!そうだね!」
クレハの周囲にはいつも誰かがいる。
種族関係なく、人を惹き付けるらしい。
「ねえアイリスちゃん」
「はい」
「明日はどこへ行って、何しようか!」
「そうですね…お任せします」
勿論、口には出さないが自分も彼女が大好きだ。
本人自体は平凡に見えるが、実は一番不思議なのでは、と時々思う。
まあ、何があっても自分はクレハと一緒にいる事は変わらない。
明日からも変わらず、皆で賑やかに。
「クレハさん、明日も楽しみですね」
「うん!」
昔は人の声が煩いだけで不快だったが、それも最近は、楽しくて心地が良い。
突然な行動に振り回される事もあるが、
明日もそんな日常が楽しみだ。
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