初めまして神父さん
 


「うーん、落ちないですねえ」


薄暗い教会、礼拝堂の柱を眺めて小夜は呟いた。
汚れがどうしても落ちないと。
元々は小夜を含め数人の修道女と神父が住んでいたが、全員手にかけてしまった為現在はこの大きな教会で一人暮らし。
当然、清掃は間に合う筈もなく柱には未だに血がべっとりとついて残っている。
現在人は殆ど来ない為然程困りはしないが、あまり良い思い出ではないそれが残っているのは不快なものがあった。
小夜の日常は妹の恋を探す事が最優先故にどうしても家事を後回しにしており、結果すっかり乾いてしまって何度拭いても落ちない。
どうにかして綺麗にする方法はないものか。
そう頭を捻っていると、礼拝堂の大きな扉がコンコンと叩かれる。


「はあーい、誰ですかあ、こーんな朝早い時間に」


血痕を隠す様にモップを立て掛け扉を開けると、柔和な微笑みを浮かべた若い神父がいた。
神父は小夜の姿を確認すると、深々とお辞儀をして名前を名乗る。


「初めまして。本日よりここに派遣となりました、神父のルシルと申します。宜しくお願いします」

「…はぁ?」


ニコニコと笑う相手を見て小夜は首を傾げる。
神父がここへやってくる理由は確かに限られてはいるが、派遣など何も聞いていないからだ。
そもそも、普通なら音信不通状態の場所へいきなり送り込んでは来ないだろう。
身に纏う服は確かに小夜の所属していた教会のものだが、彼は本当に派遣されてきたのだろうか。


「あのお、派遣とか頼んでないしここはもう閉鎖されてるんですけどお」

「はい、なので僕がやって来て貴女と教会を立て直す様にと」

「お断りしまあす」


信用出来ないと言うのも理由にあるが、この如何にも悪意ゼロですと言った微笑みが小夜は苦手だった。
扉を閉めようとすると、先程ルシルと名乗った神父は自らの手を挟みこれを阻止する。
勢いよく閉めるつもりだったので当然流血もしており激痛の筈なのだが、ルシルは表情を全く崩さない。
この行動には流石の小夜も少し怯んでしまう。
その隙に扉は再び開かれてしまったので、結局彼を通す事にした。


「いやー、閉め出されかけた時はどうしようかと思ったよ」

「私は手を挟んで来た時にどうしようかと思いましたけどお。早く帰ってほしいですう」

「まあ、そう言わずに。僕の事はただのビジネスパートナーの様なものと思えば良いよ。礼拝堂は使わせてもらうけど、貴女の行動には口出ししない。だから置いてもらえないかな」

「あらあら、帰る気ないんですかあ」


行動に口出ししないとは言うが、本当にそうだろうか。
小夜の経験上、そう言った言葉は全部嘘だ。
修道女と言うものをやっているのも、両親が恋と小夜の為だと語ったから。
しかし結果は教会に閉じ込められ、小夜の理想とは大きく外れていた。
その上先程出会ったばかりの、この胡散臭い神父の言葉を信用出来るのか。
小夜の答えは勿論、否である。
やはり、早々にお引き取り願うか殺してしまおう。
そう思いナイフを取り出した時、ルシルは小夜の方を見る事もなく語りかけた。


「あ、言っておくけど僕の事を殺そうとか、そう言うのはあまり思わない方が良いよ。貴女には追い出す事すら出来ないからね」


…どうやら小夜の行動は全てバレている様だ。
やはりルシルは普通ではないのだろう。
小夜は戦闘慣れしているつもりだし、ただの人間が相手なら気付かれずに殺める事など容易だ。
それを彼は見もせずに気付いたのだから。
よく見ると、先程あれだけ目立つ傷を作った筈の手が綺麗に治っていた。
…人間ですらない可能性もあるかも知れない。
いつの間にかモップを手に掃除を始めていて、どうやったか小夜があれほど悩んでいた汚れも一拭きで綺麗にしてしまう。
何故礼拝堂に血痕がと疑問に思う様子もなく、恐らくここで何があったかも知っているのだろう。
怪訝な目を向ければそこでようやくルシルは振り向き、その表情はやはり笑みを浮かべていた。
この微笑みすら、小夜が不愉快だと思っているのを知っていてやっているのではなかろうか。


「貴方、貴方ムカつきますよお、一体何者なんですかあ」

「え?さっき言った通りだよ。僕の名前はルシル。神の名の下に人々を導き、救いを与える神父。そして…恐らく貴女が一番否定したいものだ」

「何それ…意味わかんない」


不満げに呟く小夜の様子にルシルはまたニコりと笑う。
そんなルシルを見て、小夜は一つだけ確信した事がある。
ああ、この男は不愉快だと。



(私貴方の事嫌いですよお、近寄らないでくださいねえ)(そう?ありがとう。ところで、そろそろ妹さんと鬼ごっこの時間じゃないかな)(あー!!恋ちゃん!恋ちゃんの所行かなきゃ!)



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