四木臨けもみみ3 | ナノ





狼と嘘つき

※今回、新→臨的描写がありますので注意。























3.闇医者と“嘘つき”








「ねぇ臨也、君は一体何を考えてるんだい?」
呆れ半分に出したその声に、臨也が反応して顔を上げる。その動きに合わせてさらりと顔にかかった髪が流れて、本へとまっすぐ向けられていた丸い柔らかそうな毛に覆われた耳が揺れた。予定通りに来訪した彼に、ところで今日は何の動物?と訊いたところ、おこじょ、という答えが返ってきたのでこれはオコジョの耳なのだろう。ピクピク動く薄いそれを眺めながら、新羅は小さく息を吐いてもう一度同じ問いを繰り返す。

「ねぇ臨也、君は一体何を考えてるんだい?」
「何ってなに?」

きょとんとした顔にともすれば騙されそうになるが、これは擬態。分かっていないフリ、知らないフリは彼の常套手段のひとつだ。そう知っている新羅はああもうと呟いて、彼の手元の本を取り上げる。不満そうにパタンとソファーを叩く細い尻尾の存在は無視だ。何かの折に自分が古書店で見つけたこの本が今日の彼の目的であり、他に一切興味が向かなくなっていることは了解しているが、これだけは訊きたかったので見なかったことにする。
「粟楠会の四木さん」
一言告げれば面倒そうな顔をされた。どうやらやはり触れられたくない話題であったらしいと察して、新羅は頭痛を覚える。

「君にしてはらしくもないことをしたらしいじゃないか」
「…別に、そんなことはないよ。ただ詮索されるのが鬱陶しくなっただけ」

ふい、と視線を逸らして言う臨也の言葉を鵜呑みになどしない。新羅とて長い付き合いだ。臨也がどういう人間なのかくらいは十分すぎるほどに承知している。素直でなくて自分勝手で我侭で。何より、どうしようもないほどの“嘘つき”。呼吸をするように嘘をつき、他人を欺き唆す、やっかい極まりない男。中学からの付き合いで充分すぎるほど把握した臨也の性質は、新羅の中に“臨也の言葉は九分九厘疑え”という意識を根付かせていた。

「大体、新羅には関係ないじゃん」

どこまでも面倒そうに、ため息混じりに吐き出される言葉は静かなものだ。毛先の黒い茶色の尻尾を揺らして新羅を見るその目には、何の感情も見出せない。
「ところがそうでもないんだよ。あの人、僕のところにも聞きにきたんだよ?」
言いながら覗き込むように屈みこんでも、臨也は「そう」と小さく応えるだけ。
「でも、やっぱり新羅には関係ないよ」
首を振って、本返してと手を差し出してくる彼は、新羅の問いに答える気などないらしい。こうなってしまえば問い詰めたところで返る答えは変わらないだろう。そう判断して諦めた新羅は、仕方ないなぁと息を吐いて差し出されたままの手のひらに本を置いた。
臨也に対する問いの答えは、推測の域を出ないが一応見当は付いている。ただ、それはあくまで推測で、臨也の本心について正確なところは新羅にだって分かりはしない。だから、欲しいものがあるなら素直に欲しいと言ってしまえばいいのにと思いはしたが、口にするようなことはしなかった。何より、声にしたところで、それが臨也の心になんら影響を与えないことももう充分すぎるほど知っていた。
黙ったまま、新羅はそっと手を伸ばす。そのまま髪を撫でるように手を滑らせて、薄い耳に触れてみても臨也は何も言わない。ただされるがまま、大人しく触らせてくれているのは、自分のこの行為が臨也を欲してのものでないと知っているからだろう。いつ手を伸ばしても拒まれることがないのは臨也なりの最大限の譲歩。その“化けること、化かすこと”に長けた同類への許容に、新羅は苦笑を零した。

――この感情は愛でも恋でもないけど、僕だって少しくらいは君に執着してるんだよ臨也。

求愛ではないとはいえ自分なりの告白なんだけどなぁ、と思いつつ。名残惜しく柔らかな毛並みを撫でてから手を離す。もういいのか?と一瞬向けられた視線に頷けば、臨也の意識は再び本へと戻された。そんな彼を見つめてもう何度目かも分からないため息を吐き出して、それからコーヒーでも出してやるかとその場を離れようとして――。

「別にさ。四木さんが賭けに乗らなくても俺は良かったんだよ。所詮はただの戯れ、気まぐれの戯言なんだから」

ぽつりと零された言葉に、新羅は足を止めた。振り返る先の生き物と視線は交わらない。
ああそうだったね。君はそういう存在なんだよね。眉を顰めた苦い顔で、そう心の中で返事を返す。


嘘をつくことでしか生きられない生き物。嘘という鎧ですべてを覆い隠さなければ生きられない、憐れで愚かな生き物。
ひょっとしたら、今目の前にいる“折原臨也”すら、彼が生み出した虚像にすぎないかもしれないのだと、何故忘れていたんだろうか。


化けることのできる種族が少なからず抱えている感情を凝縮したような彼が、欲しいものに自分から手を伸ばすことはありえないのだ。でも、それでも欲しいから。失いたくなくて、でもいずれ失くすくらいなら自分から手を離してしまいたいから。だから。彼は自分も相手も追い詰めるような、何の得にもならないような賭けを四木に対して投げつけたのだ。
「…君って、本っ当に嘘つきだよね」
ため息混じりに言えば、ぴくりと耳が反応して臨也が顔を上げる。新羅を見上げて、何度か瞬いて。それから、

「それが俺だもの」

にやりと笑った嘘つきは、愉しげに目を細めた。
それだって一度見破ってしまえば何とも分かりやすい強がりで。本当に仕方ない男だと呆れてしまう。

「期限はいつまでなんだい?」
「んー…三ヶ月だけど」
「……それ…君、あの人を勝たせる気ないんじゃないのかい」

長い付き合いの自分すらいまだ見つけられない臨也の本性を、たった三ヶ月でなど正気とは思えない。言外に君は馬鹿なのかと滲ませる新羅に、臨也はふるふると首を振って、答えた。

「そんなことはないよ?まあ、たぶん、俺の正体が見破れるとは思ってないけどさ」
だから、もし、そんな奇跡が起きたら。
「そうしたら、俺はあの人の物になっても後悔しないよ」

夢見るように、でもすべてを諦めたかのように。
嘘で形作られた愚かな男は、静かな声でそう言って小さく笑った。
その笑顔が酷く儚くて、新羅は息を呑む。ああ本当に。

――本当に、そんな奇跡が起きたらどんなにいいだろうね。

そんな心の声は、決して音になることはなかったけれど。それでも新羅は、数少ない友人がどうか望む結末を得られるようと誰にともなく願うのだった。














※まだまだ続きます。




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