ch1.黒髪の兄弟 43



自分より大きな体のルカを抱えながら走り続けて、数時間が経過していた。アリサはいつの間にか全ての思考回路を停止させ、ただ足を同じ方向に向かって動かすことにだけ集中するようになっていた。

その集中さえ切れかけたところで、今、熊にでも遭遇したら迷わずルカを投げ捨てて逃げようという馬鹿らしい考えが浮かび、アリサは力なく笑みを浮かべた。

その瞬間、前方から黒い影がさし、アリサは本当に熊が襲ってきたのかと思いながら顔を上げる。そこには、黒い髪の、荒い息をした男が立っていた。アリサの悩みの一部である、アルフォンソに違いなかった。


「アリサ!? ってルカ……大丈夫なのか!?」

アルフォンソが慌ててルカを心配して、アリサの肩に担がれているルカの頭を軽く叩いたが、ルカはピクリとも反応しなかった。
面倒だが、事情を説明しなきゃいけないかとアリサが決心した瞬間、アルフォンソが安心したようにホッと息を吐いたのが聞こえた。

「何だ、寝てるのか……」

そうか。人が必死で走っている間、この馬鹿弟子は人の苦労も知らずに寝ていたのか。そう考えるとアリサの苛立ちは少しばかり増したが、異常なまでに弟の心配をするアルフォンソの手前、あんな精神が崩壊した状態のルカを見せるよりはマシだったかもしれないと思い直した。

「何しに来たんだよ、んなに急いで?」

アリサがルカをアルフォンソに渡すと、今度はアルフォンソがルカを背負う。今の疲労しきった状態で警戒心を保つのは、アリサにとっては酷く辛いことだった。しかし、強さと慎重さは信頼できるアルフォンソが道連れに加わったことで、何となくそれを認めるのは悔しいが、アリサはようやく安心できたのだった。

「お前の携帯電話、少しの間は繋がったままだったから会話が聞こえてたんだ。なんか帝国のガロンが居たみたいだから……急いで来た、つもりだったんだけどな」

上手く切り抜けてきたんだな、と引きつった表情で笑いかけてくるアルフォンソに、アリサは戸惑った。

ガロンからの伝言をそのまま伝えて、これからアルフォンソは一体どうするのかと聞きたい気持ちはある。だが、アリサはそうすることが出来なかった。アルフォンソの、今にも倒れそうなほど苦しそうな笑顔を前にして、アリサにはガロンのことを直接アルフォンソに聞く気にはなれなかったのだ。

「……馬鹿アルが。アンタに心配されなくても大丈夫だっつーの」

アリサは苦笑しながらそう返事すると、アルフォンソの脛を軽く蹴った。痛みに呻いたアルフォンソに悪戯っ子のような笑みを浮かべると、アリサはさっさと歩き始める。その後ろからアルフォンソが溜め息を吐きながらも付いて来る足音が聞こえ、アリサは心身の疲労を感じながらも、ベースキャンプまでしっかりとした足取りで歩き続けた。

残してきたものに後悔しても意味が無い。
もう引き返せない道を歩き続けているのは、今に始まったことじゃないのだから。

「やるしかないんだ、これからも……」

アリサは、誰にも聞こえない声でそう小さく呟いた。








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