ch1.黒髪の兄弟 39



「アンタ、本当に帝国の軍人か? 重大機密みたいな内容を、よくもまぁ敵である俺に話せるもんだな」

率直に思ったことをルカが口にすると、白髪の男は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「俺はたしかに帝国の人間で軍属だが、軍人とは少し違うな。貴様ごときの雑魚に詳しく説明する気もさらさら無いが、代わりに面白いことを教えておいてやろう。
まず、今俺が殺したガキには女神を蘇らせる能力があったらしい。上からの命令だから殺した。上からは他にも新しいR生物の実験の記録をしてくることと、このガキの母親も殺しておけと言われている。だから俺には雑魚に関わっている時間が無いんだ。生かしておいてやるから、さっさと去れ」

安い挑発だったが、精神的に参っている状態のルカを挑発するには充分すぎる言葉だった。

「ふざけるなよ、アンタにルイドの母さんは殺させない……っ!」

そう言って、左手の短銃を目の前で構える。そのルカの攻撃的な姿勢に対しても白髪の男は嘲笑を浮かべていた。そして、ルカが男の嘲笑を認識した瞬間、男の姿が視界から消えた。いや、正しくは動いた男の素早さに、ルカの目が追いつかなかったのだ。耳元で空を切る音がし、ルカは反射的に背後を振り返る。そして、ルカが振り返った先にあったのは、白髪の男によって向けられた凶刃だった。その赤黒く汚れた剣の鈍い輝きに恐怖と絶望を感じ、ルカは息を呑んだ。

「構えた瞬間に、引き金は引くべきだったと思うがな。格下が格上相手に勝つには、奇襲しかないのだから」

白髪の軍人が冷ややかにそう言った瞬間、ルカは殺されるのだと覚悟して咄嗟に顔をしかめた。が、いつまで経ってもやってこない痛みを疑問に思い、ルカが白髪の男の様子を伺おうとゆっくりと顔を上げると、男の姿は目の前から消えていた。微かな足音を聞き取り、ルカが慌てて振り返ると、軍人がルイドの遺体を越えた遥か先、村の方向へと駆けていく姿が見えた。白髪の帝国軍人は、自分を放置してバグウェル夫人の元へ向かったのだとルカはすぐ理解した。

あの男が傍に居たほんの数秒で、恐怖がルカの全てを上回ってしまったかのようだった。ルカは荒い息のまま、力が抜けたようにその場に座り込む。


大事な時に何も出来ない、そんなの男じゃないよ。そう言っていたルイドの言葉がルカの脳裏にフラッシュバックし、凄惨な姿で転がるルイドの遺体が、ルカに冷たく苦しい現実を突きつけていた。


いつまでも情けなくて、立ち向かえないし、動けない。いつまでも弱くて頼りない。そう零していたルイドの気持ちが、やっとルカにも分かったのだった。また、自分とルイドでは大きく違う気持ちが渦巻いていることに気が付いて、ルカは表情を暗くした。

ゆっくりとルイドの遺体の傍に歩いていき、ルカはルイドのまだ綺麗な死に顔を眺めながら、小さく呟いた。

「俺は、ルイドとは違って、今すぐ逃げ出したい気持ちしかないよ。ルイドの母さんだけでも、守りに行かなくちゃいけないのにな。……ごめんな、ルイド」

物言わぬ少年の遺体の前で、ルカは情けなく表情を歪めていた。





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