ch1.黒髪の兄弟 38



異形の生物たちが飛びついてきて、鋭い爪で引っ掻いてきたり噛み付いてきたりする大振りな攻撃を容易く回避し、ルカは着実に得体の知れない生物たちの数を減らしていった。

ルカの振るう鋭い剣によって、すでにそれらの生物は残り数匹を残して絶命していた。だが、その頃には緑色の二足歩行をする人型の生き物の赤い鮮血と悲鳴が、一つの妙な感覚をルカに与え始めていた。まるで本物の人間を殺しているような、吐き気のするような感覚。
粘着質な生物一匹一匹の命を奪うたびに、錯覚だとは分かっていても、ルカの動きは鈍く重くなっていく一方だった。

依然変わらぬ態度でルカと生物の戦いを傍観している帝国の軍人を視界の端に捉え、ルカは今にも沈みそうな気持ちを怒りによって再び奮起させると、目の前で奇声を上げる生物の腹部を斬り裂こうと剣を一閃、鋭く振るった。

その時、ルカの放った剣が何か硬いものに当たったように弾き返された。
変化の無かった時の流れが、急に変わったような気がするような、一瞬の出来事だった。

驚きに目を見開いたルカの目に飛び込んだのは、青緑色に輝く生物の腹部だった。まるで身を守る盾を形成するかのように、その生物の腹部には青緑色の光が集中している。
この得体の知れない現象に驚き、動きを止めてしまったルカに、容赦なく攻撃を防がれた生物からの反撃が見舞われた。

思い切り剣を持つ右腕の肩肉に噛み付かれ、ルカはあまりの痛みに思わず両目を閉じて、小さく呻いた。ルカは咄嗟に、自身の肩にかぶりつくそれを引き剥がすべく左手で懐にあった短銃を構えてトリガーを引いた。
ゼロ距離の返り血がルカに勢いよく血飛沫を浴びせ、その青緑色の輝きは蛍火の最期のように静かに霧散した。

傷付いた右肩をぶら下げたまま、ルカは続け様に左腕でトリガーを引いた。ルカに突撃せんとしていた生物たちが次々と呆気なく銃弾を受けて地に伏し、そこから立ち上がったのは2匹の生物だけだった。
ルカは素早く駆け出し、その立ち上がったばかりの2匹に攻撃を仕掛けた。手前に居た1匹に飛び膝蹴りを勢いよく叩き込み、一旦しゃがんで衝撃を殺した後、もう1匹の方に素早く足払いをかけて転ばせることに成功すると、ここぞとばかりに踵落としを放つ。

粘液とドロドロとした返り血を纏ったルカが、息を荒くして茂みに目をやると、そこには相変わらず余裕そうな態度で座り込んだ白髪の軍人が不気味な笑を浮べてそこに居た。

「実験結果は、二十八分の一……か。なかなかに良い確率を出したな」

ルカには意味の分からないことを呟いた後、その男の目はルカを捉えた。

「魔術は初めて見たのか、ルカ?」

魔術と言う単語よりも、相手が自分の名前を知っていたということにルカは驚き、一瞬間抜けな表情を浮かべた。が、ハッと気が付いた時には軍人を警戒しながら、腕を噛まれた際に落とした剣の所までゆっくり歩き出した。

「どうやって組織の一構成員の名前まで調べたのかは知らないけど、アンタは帝国の軍人、俺の敵だ。気安く呼ぶな、アンタから俺に話しかけるな」

ルカが吐き捨てるようにそう言うと、軍人は不気味な笑みをさらに深めた。それに構わず、ルカは続ける。

「魔術ってどういうことだ、あの緑色の気味悪いヤツは何だ。何でルイドを殺したくせに、俺はさっさと殺さない」

次々とルカの口から飛び出してくる疑問に、軍人は呆れたように肩をすくめた。

「R生物の細胞……すなわち、R細胞を人間に投与すると、超人的な肉体・身体能力を持った人種が稀に生産されるのは知っているか」

軍人の言葉に、ルカは無言を貫いた。そんな事実は初めて聞いたが、それを言葉にして敵に伝える気にはならなかったからだ。その様子をどう受け取ったのかは知らないが、軍人はまるで常識を語っているかのような、軽い口ぶりで続ける。

「その過程で人間の姿を留められなかった失敗作がR生物だ。……破壊と食欲のみに忠実に生きる、一種の単細胞生物だがな。
そのR生物に対してさらにR細胞を与え続けると、さらに稀に別の変異が起こり、魔力を持った生物が生産されることがある」

初めて聞くR生物の実態に、ルカの心臓は早鐘のように脈打っていた。
ルカはあのおぞましいR生物が人間であった事実と、そのR生物を殺してきた自分の手が、ひどく汚れていることに気が付いてしまったのだ。
ルカの顔色が、徐々に青ざめていくのを見ながら、何かを察したのだろう白髪の軍人は嘲笑を浮かべた。

「R生物からの変異体、それが貴様がつい先程殺したヤツらだ。もっとも、ヤツらは試験体で魔術が使えるかどうか疑問だったらしいが……、どうやら、何の問題もなかったらしい」

あの奇妙な緑色の生物が、人間だった。その事実を知ったルカは、まるで重い心に引っ張られたように硬直し、立ち尽くした。
ふいに緑の生物の断末魔が人間の断末魔であったように感じ、ルカは吐き気を催して思わず顔をしかめた。

だが、まだここから退くわけにはいかない。真偽は疑わしいにせよ、敵が情報を無条件に提示している。これはチャンスなのかもしれない。そう念じることで折られてしまいそうな心を奮起し、ルカは軍人を睨みつける。





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