ch1.黒髪の兄弟 36





R生物を討伐した森と反対の方向に村を出て、前後不覚になりそうな程に生い茂った茂みを抜けると、そこには草原が広がっていた。どうもこの場所は、ルイドとシリルが二人で見つけ出した絶好の狩場らしい。

この平原はバッファローたちの通り道であり、バッファローたちは村の大人たちが構える狩場まで真っ直ぐに向かっているから、警戒心は狩場のそれに比べると薄いのだと、ルイドは誇らしげに道中で語っていた。
だが、その平原に到着したルカとルイドの目の前には現在、明らかにルイドの話とは違う、異常で不気味な光景が広がっている。

平原には何十頭というバッファローが力なく倒れていて、得体の知れない緑色の、異形な生物がバッファローの遺骸に群がっていた。

その異形な生物はどれも同じ種族なのか、一様に不気味な蛍光色の緑色が体の節々に光る二足歩行の生物だった。どれかが動く度に嫌な粘着音が聞こえてきて、ルカは咄嗟に叫び声を上げそうになったルイドの口に指を突っ込んで、少年を安心させるように抱きしめた。

「ルイド、あれは何だ?」

少し頭が冷えたと思われるルイドの口からルカは指を抜き、半泣きのルイドに極力優しく生物の正体を問う。少なくとも、ルカは今までに一度として見たことが無い、不気味な生物だった。

だがそれはルイドも同じらしく、少年は震えながら首を横に振った。
ルイドも知らない、明らかに普通の生物ではないような外観のソレに、ルカはどうしたものかと一瞬思案した。バッファローに群がっているということは肉食種なのかもしれないし、ここは刺激しないように静かに引き返すのが得策だろう。

そう判断したルカはルイドに目で付いて来いと合図するが、ルイドはおぞましい生物を見た恐怖で固まったままだった。ルカと目が合ったルイドは力なく首を横に振って、泣きそうな表情を浮かべる。

「僕、いつまでもこんなに情けなくて……いつだって立ち向かえないし、動けない。いつまでも弱くて頼りない……男なのに、出来ない」

唇を噛み締めて俯いた少年の姿に、ルカは唇を強く噛み締めて少年の身長に合わせるように屈みこんだ。

この少年の男としての誇りや覚悟が、まさかこんなにも傷付いていたとは気付かなかった。そう思った瞬間、ルカは自分の鈍感さに嫌気がさした。

ここ最近のことだけを考えても、ルイドはR生物に殺されかけ、あの戦闘狂と名高いアリサに本気で脅されているのだ。死の恐怖を一気に何度も体験したからこそ、ルイドは人一倍に身の危険を感じるようになってしまったのかもしれない。

でも、怖がることが弱さじゃない。恐怖は弱さにばかり繋がらない。そのことを知っているルカは、強い意思をハッキリと少年に伝えるべく、力強く首を横に振った。

「そうじゃないんだ、ルイド。怖いって思うのは弱いことじゃない、生きたいって思える強さが、ルイドにはしっかり身に付いてるっていう証拠なんだ」

「生きたいって思える強さ……?」

呟くように尋ねるルイドに、ルカはハッキリと頷く。


「そう、生きたいって最期まで思い続けられる人間が、弱い訳がないんだ。人間は、意思の強さでしか戦えない生き物なんだ。だから、怖い、逃げろって一番に冷静に考えられるルイドは、すごく強い人間だ」

それでも、ルイドはルカを否定するように首を横に振った。

「大事な時に何も出来ない、そんなの男じゃないよ」

俯いたままのルイドにそう言われたルカは、一瞬だけ言葉に詰まった。どうしようもなく頑固な考えを覚悟として貫こうとする少年に、ルカはこれ以上の自分の言葉は無意味なのだろうと悟る。

ならば自分に出来ることはないのだと早々に諦めて、ルカは小さく呟くようにルイドに呼びかけた。ルイドは震えながらも、その青ざめた表情をルカに向けた。

「そう思うなら、強くなれるように頑張れば良い。それしかない、ルイドには立派な覚悟があるじゃないか」

苦笑を浮べてそれだけを言い、ルカは村へ戻るべく踵を返そうとしたが、ハッ何かに気付いたように再びルイドを振り返った。

「動けるか?」

遠慮がちに尋ねたルカの声に、ルイドは無言で頷いて一歩を踏み出し、もう一度ルカに何かを言いかけたのか、真っ青な表情を上げた。
その瞬間、ルイドは何かに驚いたように目と口を大きく開けて、ルカの背後を見つめた。
ルイドの反応に、反射的にルカが振り向こうとした瞬間には既に遅く、ルカは腰辺りに殴られたような強い衝撃を受けて、得体の知れない蛍光色の緑が蠢く平原へと体を投げ出されていた。

「ルカさん!」

悲痛に叫ぶルイドの声に、何が起こったのか分からないままルカは茂みの中に居るルイドの方へと目をやり、帝国の軍服に身を包んだ男とルイドが対峙しているその光景に硬直した。

それは呆気なく、一瞬の出来事だった。

見知らぬ白髪の男の振りかざす剣が、ルイドの白い喉元を切り裂く。ルイドの変な叫び声がして、ルカが何かを喚いた瞬間、その白髪の男は口元に薄い笑みを浮べた。ルイドの体が力なく崩れ落ちる間もなく、白髪の男の赤黒く汚れて銀色に輝く剣が、ルイドの心臓を素早く一突きした。

ぞっとするほど鮮やかなルイドの赤い血だけが、何が起こったのか分からず、ただ呆然としていたルカの視界を覆った。




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