ch1.黒髪の兄弟 34




突然の戦闘開始にアリサは小さく舌打ちして、左側から向かってくるエンマのバスターソードを上手く受け流すと、今度は右側から女神が向けてくる尖った爪を避けるために身を屈ませ、前転しながら視界の端に映った凶悪なナイフの存在に気付き、休む間もなく高く飛び上がった。

飛び上がったアリサの真下にあった木に、ギーの放ったと思われる銀色のナイフがカカカッという綺麗な音を奏でながら突き刺さるが、アリサはそれを目で確認する間もなく、自身を追ってくるように飛び上がったエンマの姿を視界に捉えた。エンマがバスターソードを振り上げようとしている所で、勢いよく空中で身を捻ったアリサの右足による重い回し蹴りの一撃がエンマの胴体にめり込み、その瞬間、さらにアリサが空中で激しく身を捻ったために、エンマの体は大地に真っ直ぐ打ち落とされた。

多少のバランスの崩れはあったものの、上手く着陸したアリサは感心したように口笛を吹いてナイフを構えているギーを睨みつけると、ふっと表情を緩めて、不適に微笑んだ。

「精一杯お相手でコレか? ふざけんな、役不足もいいとこだね」

アリサはそう言い切って、すぐに背後から襲ってきた黒い女神を肘鉄一発で迎え入れると、目を潰されて悲鳴を上げながら立ちくらみを起こした黒い女神に向かって、何のためらいもなく剣を振るった。

更なる悲鳴を上げた黒い女神の腹部には大きな刀傷ができ、首筋にR生物の特徴であるコアと呼ばれる物質が浮かび上がる。それを見たギーは勝負に見切りをつけたのか、つまらなさそうに嘆息し、ヒュッとナイフを投げて黒い女神のコアを自らの手で破壊した。

黒い女神の断末魔の悲鳴が辺りに大きく響き渡り、アリサは顔をしかめる。しかし、すぐに気絶した様子のエンマを背負おうとしているギーの様子に気付き、近くの木に突き刺さっていた銀色ナイフを一本引き抜くと、ギーに向かって思い切り投げつけた。

それを手持ちのナイフで焦ったように弾くと、ギーは不思議そうに首を傾げる。

「お前が役不足っつーなら、今日は引き上げさせてもらっていいんじゃねえのかよ、アリサ?」

よっこいせっと言いながらエンマを抱え上げたギーの体を、再び不思議な緑色の光が包み込む。


「結局、アンタ何がしたかったのか意味不明だね」

アリサが呆れたように言うと、ギーはニヤリと笑った。

「俺の今回の任務は、女神をR生物化する計画のお手伝いと、俺達の隊長のお手伝いさ」

「隊長だって?」

アリサが厳しい声で問えば、エンマを抱えて転移するつもりなのか、体の透け始めたギーが優しげにアリサに答える。

「俺たち帝国暗殺部隊を束ねる、冷酷非道なガロン隊長さ。アイツは上からの命令で、帝国に仇なす可能性のある女神や神獣を殺してるんだってよ」

「……じゃあ、なぜここにガロンがいない」

内部機密と思われる内容を淡々と喋る男にアリサがさらに疑問をぶつけると、ギーはサヨナラとでも言うようにヒラヒラと手を振った。

「スエ族の中に、女神や神獣を復活できる血筋の者たちが居るらしくてなあ。そっちが優先事項ってこと……。アリサ、またなー?」

その言葉を最後に、ギーとエンマは姿を消した。
足元に横たわる黒い女神の姿は、彼女がその命を終えてから元の姿を取り戻し始めたようで、その戻りつつある女神の姿を見ながら、アリサは胸に広がる悔しさに唇を噛み締めた。そこで、ふっと先程のギーの言葉を思い出した。

「女神や神獣を復活できる者が、スエ族の中に居る……?」

ギーの言葉をもう一度よく考え、ハッとしたアリサが村に向かって駆け出すまでに、時間はそう掛からなかった。

帝国の者に命を狙われたスエ族といえば、あの少年しか居ない。……きっと、ガロンが狙っているのはルイド=バグウェルという少年、ただ一人だ。そう確信したアリサは、村に残してきたルカがどうなっているのかも気になり始めた。
女神を復活させるための手段。その鍵となる少年の身やルカの身を案じながら、アリサは鬼のような形相で村への道を急ぐ。

そっちにばかり気をとられて焦るあまり、アリサはその途中に在った脇道に捨て置かれた男女の盗賊の遺体と、その近くで呆然と座り込んでいる青年の姿には、どうしても気が付くことが出来なかった。





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