ch1.黒髪の兄弟 30




村を出て、歩くこと数時間。
昨夜ルカと接触した場所で、アリサは立ち止まった。

「どうしました?」

ズンズンと、シリルのことなんて全く気にせずに歩いていたアリサの足取りが急に止まったことに、不審に思ったシリルが声をかけた。

「……少し、休みましょう?」

立ち止まったアリサの具合が悪いのかもしれないと、心配したシリルがアリサにそう提案する。しばらく考えた後、アリサは頷いてその場で腰を下ろした。

「……かすかに、何かの気配を感じる。女神かもしれない、ちょっと探ってみるから、静かにしててよ」

そう言うなりアリサは、シリルの気の抜けた返事もろくに聞かずに目を閉じて、そのままピクリとも動かなくなった。

生物の気配を感じる、なんてことが出来るのかと驚きながらも、シリルは静かにアリサの正面に腰を下ろした。
もしも、そんなことが出来るのならば、狩りの時に大いに役立つ能力なのだろう。そんなことを考えながら、シリルはアリサの様子を観察した。

一見、目を閉じてじっとしているだけの彼女からは、何の気配も感じない。……寝ているようにも、不思議と見えないが。

どうやら自分には無理なのだろうとすぐさま判断し、ふとシリルは、アリサの目を閉じた顔が穏やかで気品のあるものだったことを意識する。
意識した瞬間に妙な恥ずかしさを感じ、自身の顔が赤く染まるのが分かってシリルは一人でアタフタと焦った。

この数時間で赤髪の彼女について、シリルが分かったこと。それは彼女が男勝りで、ただ者ではない気配を纏っていること。腰に剣を差していることから、剣士であるだろうこと。そして、非常に美人な女性。

シリルは、いつの間にこんな不思議な女性に惚れてしまっていたのかと気が重くなり、頭を抱えた。しかし、すぐに一目惚れより他に無いかと思い直すことになり、シリルはさらに軽率な自分を理解して気分を落ち込ませた。

そのとき、ガサガサと音がして、茂みから2つの人影が揺らめいた。シリルは瞬間的に背負っていた弓を構える。

次の瞬間、茂みから勢いよく現れたのは、ここ最近村で噂されていた盗賊たちだった。赤と青のスカーフで口元を隠し、黒服に包まれた男女は、見るからに盗賊だと分かった。

「金目のもの、置いていかなきゃ殺すよ!」

女性の高い声が辺りに響く。赤いスカーフの盗賊が言い、ナイフの切っ先をシリルに向けた。

アリサは何をしているのかと思うが、どうにも彼女の動く気配が感じられず、シリルは固まったままだった。目の前で敵意を剥き出しに、ナイフを向けている相手から目を離すわけにもいかず、シリルはアリサの様子を見ることが出来ないのだ。
「金目のものを置いても、殺すだろう?」

とにかく、アリサが気配を探るとかいう行為に集中していて、もしこの状況に気付いていないのであれば、時間を稼がなければ。とても危ない状況で、今この場所で、無防備なのはアリサだけだ。そうシリルは考えていたのだった。

「ああ、どちらにしろ殺す。……臓器は高く売れるからな、悪く思うな」

青いターバンの男はシリルに向かって呟くように言うと、赤いターバンの女と同じようにナイフを構えた。

「冗談じゃない、売られてたまるか……っ!」

飛び道具の自分に、近距離武器の2人組。もしも飛び込まれたら勝ち目はない。
先手必勝だと咄嗟に判断し、シリルは弓を引き絞ると男に向かって矢を放った。確実に男の腹部を狙った矢は、シリルの行動を読んでいた青いターバンの男に容易く避けられた。

並外れた跳躍力で飛び上がった青いターバンの男に、シリルは2発目の矢を放った。上空で矢を避けることはできない。今度こそ!と思った瞬間、盗賊の男は上空で身をよじると、持っていたナイフの短い刀身で矢を防いだ。あまりにも信じられない事態に、シリルは目を見開く。

「スエ族の腐った矢なんて、私達には掠りもしないよ!」

一瞬の油断がシリルの身を危険にさらす。シリルがしまったと思った時には遅く、すぐ背後で赤いターバンの女がナイフをシリルに突き立てようとしていた。

やばい!そう思った瞬間、シリルはほとんど反射的に弓で背後のナイフを防いだ。
頑丈な木で出来た弓に深々とナイフが突き刺さり、女がナイフを抜こうと力を込めるも抜ける様子はない。その一瞬の隙を逃さず、シリルは女盗賊の腹部を思い切り蹴り上げ、浮いた彼女の顔面を思い切り殴り飛ばした。

「……うわっ、悪い!」

思わず全力でやってしまったことに罪悪感が沸き、シリルは思わず遠くに殴り飛ばした女盗賊に謝罪を告げる。




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