ch1.黒髪の兄弟 28



朝から派手に、かつ荒々しくアリサに起こされたルカは、どこかボンヤリとしながらバグウェル夫人の作ってくれた朝食を摂っていた。

昨夜の出来事を一通り聞き、アリサから任務内容の更新も聞いたルカは動こうとしたのだが、どうにもアリサにはルカを動かす気が無いらしかった。

「アンタ、任務の邪魔だから今日は大人しくしとけよ」

そうルカに命令し、アリサはいつの間にやら姿を消していた。あんな裏切りに近いような言動をしてしまった後だから、アリサから愛想をつかされているのかもしれない。そう思うとルカの気分は重くなったが、彼女の言いつけ通りに大人しくルイドと話をしていることにした。……その気分転換も束の間、ルイドは迎えに来たシリルと共に楽しそうに狩りに出掛けてしまったのだが。

「ごちそうさまです」

洗濯物を干しているために夫人が外に出ていたため、誰にともなく感謝を述べてルカは食事を終えた。

怪我人だからと夫人に家事を手伝うことを拒否され、本格的にすることが無くなったルカは、仕方なしに食後はすぐに自分が寝かされていた部屋に戻った。そして部屋に入ってすぐ、布団の横に自分の携帯電話が置かれてあるのが目に入り、チカチカと青い光を放つそれを手に取った。

「……留守電、か?」

一体誰からだろう。一瞬考えて、ルカは溜め息を吐いた。考えなくても実兄のアルフォンソ意外に誰がいるというのか。
確信に近い予想をたててから、ルカは携帯電話に視線を落とした。
しかし彼の予想とは大きく外れて、表示された名前はアルフォンソの名前ではなく組織の上司、かつ親友に近い存在である男の名前だった。

ライノ=エンデン。
弱冠二十歳にして<RED LUNA>の第4幹部である男だ。そして、ルカと親しい友人でもあり、留守電はその彼から入ったものだった。

――おーい、ルカ?寝てるのか?――

あのR生物と闘った日、自分がとんでもない失態を犯した日。数日前に聞いた声と何ら変わらぬ友人の声が、音声データとなってルカの耳に飛び込む。
その声を聞いていて、ルカは急に目頭が熱くなるのを感じた。一度は覚悟したとはいえ、組織の裏切り者にならなくて済んで本当に良かった。そんな想いが、心の底からふつふつと湧き上がってきた。

ルイド達も殺されずに済むし、自分も信頼してきた仲間に殺されずに済む。もしかすると誰も二度と信用してはくれないかもしれないが、ちゃんと皆に謝りたい。
そんなことを考えていると、胸が締め付けられるように苦しくなった。しばらく気持ちが落ち着くまでは一人で任務に向かわせてもらおうなどとと考えていると、玄関の扉がノックされる音が聞こえた。
「はい、すぐ行きますわ」

夫人の急ぐような、パタパタとした足音が聞こえた。たしかに全快ではないが、怪我人という程でもない自分が何もしていない状況に、なんとなく罪悪感を感じてルカは苦笑した。

誰が来たのか気になって、暇を持て余していたルカは部屋を出ると、コッソリと隠れて外の会話に聞き耳を立てた。
こういうのを盗み聞きって言うんだっけな。そう内心で興味なさげに呟くルカに、悪い事をしているという自覚は全く無かった。

「あなた、たしか……ルイドの先生では?」

震える夫人の声が聞こえた。内容が気になり、ルカはさらに耳を澄ませる。次に聞こえたのは、少し低めの透き通った男の声だった。

「……女神様に言われ、自分がどれほど恥知らずな人間か、心に沁みて感じました。
本当に申し訳ありません! あの赤月の日、帝国の手の者に騙され、ルイドを山へと追いやってしまった愚か者の1人は、この私です」

そこまで会話を聞いたルカは、辛そうな表情を浮かべながら唇を噛み締め、先程までの部屋へと静かに戻った。

謝って許されるのか?
でも、彼は反省している。
子供を生贄にするなんて卑怯だろ?
生き延びるためには人は何だってする。
勝手な判断で、ルイドが死んだかもしれない。
でも俺だって自分のために、本当ならルイドを殺さなきゃならなかった。

自問自答を繰り返し、ストレスで胃がキリキリと痛み出す前に、ルカは思考回路をシャットアウトしようと頭を振った。

しかし、昨夜までルイドを遠目から見るだけで訪問すらしなかった者が、わざわざ謝りに来るなんて……。
アリサから昨夜の出来事を大体で聞いて知っているルカではあったが、まさか例の女神様の一言だけで村人が心を入れ替えてしまうなどとは思いもしていなかったため、ルカは驚いていた。

「人間はやっぱり、神様に作られたって本当なのかもしれないな。
人間は神様に逆らえない、それは神様が作った人間達を管理してるから――」

とかそんな感じのこと、誰に聞いたっけなあ……、と思いながら、ふとルカにある考えが閃く。

あの赤月の日、あの時の俺の失態も、きっと神様が俺を管理していたからなのかもしれない。じゃああの失敗って、俺のせいじゃないよな。
そういう都合の良さそうな解釈が頭に浮かんで、すぐにくだらない考えだと気付いたルカは失笑した。

こんなこと、アリサにでも聞かれたらきっと、アンタ頭オカシイんじゃない? とでも言われるんだろう。
もう考えることは止めよう、変にハマりそうだ。とりあえず、今はもう一眠りでもして休んでおこうと思いながら、ルカは布団に潜り込んだ。





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