ch1.黒髪の兄弟 27





慌ただしい1日が終わった、翌朝。
何回かプツプツと通信が途切れるような音がした後、しばらくの間が開いてコールがかかった。通信が不安定な事に疑問を持ちながらも、アリサは相手が出るのを静かに待った。

「おう、おはようさん。何かあったか?」

電話に出たのは酔いの抜けたようなデニスの声だった。

「おはようございます。……リーダー、報告です。昨夜、白いバッファローの女神様が村を訪れました。リックの報告にあったR生物らしき反応というのは、その女神様からかもしれません」

アリサがデニスに連絡している場所はルイドの家だが、家の住人はまだ誰も目を覚ましては居ない。隣ではルカが眠っているのみだが、いつルイドやバグウェル夫人が起きてくるかも分からない以上、デニスへの報告を手早く済ませなければいけない、と、アリサは少し焦っていた。

「あー、その女神は多分、ホワイトバッファローウーマンだな。なるほど、お前らスエ族の村に居るんだな」

納得したように呟くデニスに短くはい、と返事をし、アリサは黙って先を促す。電話口の向こうにいるデニスが伸びをしているような気の抜けた声が、報告を急ぐアリサの鼓膜には非常に不快に響いた。

「いまだに、R生物っぽい気配をそっちから感じるんだよなぁ……。しかも急速に濃くなってきてるしよぉ……。
お前さんの話を聞く限りじゃあ、ホワイトバッファローウーマン……女神様が原因くせぇけどよ、R細胞なんて得体の知れねえモン、女神にゃ縁の無いモンのはずだぜ? ……どういうこった」

「女神様は、帝国の者に悪しき物質を埋め込まれたと仰られました。おそらく、その悪しき物質というのがR生物の細胞……R細胞でしょう」

アリサの報告に続き、電話の向こうでデニスが長いため息を吐いた。

「奴ら、とうとう人間だけじゃ飽き足らず、神獣にまで手を出し始めたかよ。めんどくせぇな……」

同感だ。そう思いながら、アリサは唇を噛み締めた。

「あと、女神はスエ族の者にパイプを渡していました」

「ああ、それがあったか。帝国のお下品な奴らの狙いは、その"聖なるパイプ"だろうぜえ?なんせそのパイプは、万物の境界線を象徴する神聖な道具だからな」

意味がいまいち分からず、アリサは眉間にしわを寄せて考える。
ふと、思い当たる女神の言葉を思い出して、アリサは黙り込んだ。そういえば昨夜、ホワイトバッファローウーマンは言っていた。

――それは聖なるパイプ。地上と天上、生者と死者をつなぐものなのです――

万物の境界線を象徴する、女神の簡潔な聖なるパイプの説明をあっさりと聞き流していたなとアリサは自分の注意力の無さに気付き、小さく舌打ちした。

「地上と天上、生者と死者……か」

アリサが苦々し気に小さく呟くと、デニスは愉快そうに笑った。

「正解、そういうこった。……聖なるパイプを使えさえすれば、例えばの話だが、生きてる奴と死んでる奴の境界線を失くす事だって可能かもしれねえ」

ゾンビが徘徊する世界だなんて、おっそろしーねぇ! と、デニスが電話先でおどけるのが聞こえてアリサはかなりイラついたが、何とか自身の怒りを静めることに成功した。
「使えさえすればって事は、普通は使えないってことでしょうか?」

「おう。そのパイプは、ホワイトバッファローウーマンと、代々伝わる血筋にしか全く使えねえらしいぜ」

「代々伝わる……血筋?」

疑問に思って、アリサは尋ねるようにして声を発した。

「何だっけなあ……流石にその血筋の名前までは覚えてねえよ。あー……、リックに調べさせるから、気になるなら待ってろよ」

リーダーの厚意に、頼みますとだけアリサは答えた。帝国の人間が"神の遣い"だか何だかと名乗ってまでスエ族の人々に干渉したのは、その代々伝わる血筋とやらが関係している可能性があるとアリサは踏んでいたのだった。

「了解了解……っと。あとアレだ、女神がスエ族に聖なるパイプを託した理由だけどよ。……俺が推測するに、R細胞を組み込まれてR生物化した女神が、ワケも分からずに自らパイプを乱用することだってあり得るかもなって考えて、そうならないようにスエ族にパイプを渡しちまったんだろうよ」

「……なるほど」

では、自分はどうすべきなのか?そう考えるアリサの考えを読み取ったかのように、デニスはすぐさま指示を言い渡す。

「第三幹部アリサ=トウドウ、構成員ルカ=モンテサント。今後、二人は女神がR生物化する前に、迅速にホワイトバッファローウーマンを討伐してこい。……出来るな?」

「了解」


通話を終えると、アリサは隣のリビングに人が入ってくる気配を感じた。どうやら夫人やルイドが目覚めたらしい。ギリギリセーフだったかと思いながら、アリサは肩の荷を降ろした。

疲労感のこもった溜め息を吐き、アリサは隣で眠るルカを見た。発熱して酷くうなされていた昨夜とは大きく変わり、穏やかな寝息を立てるルカの姿にアリサは呆れながらも、ちょっとした好奇心が芽生えていた。
一晩眠っただけで、どれほど回復しているのか?
アルフォンソとルカの異常なまでに早い自然治癒を知っているアリサは、好奇心からゆっくりとルカの左肩の包帯を取っていった。

「……うわ、やっぱ流石だわ」

思わず感嘆の声が漏れる。アリサの視線の先には、意外にも筋肉の付いているたくましい肩。その肩の肉をえぐる様に大きく開いた傷口は、完全に血が固まってカサブタになりつつあった。
昨夜の発熱と流血からは想像も出来ない回復のしように、アリサは乾いた笑いを浮かべた。

「ってゆーかコイツ、男のクセに筋肉細いよなぁ」

そういえばコイツの兄貴も筋肉細いよなぁ……と、ルカの兄であるアルフォンソを思い出しながらアリサは苦笑しながら立ち上がる。
夫人やルイドが起きたなら、そろそろ起きても良い時間だろうと思う。

「ルカ、アンタも起きな」

優しい声とは裏腹に、アリサはルカの腹部を思い切り蹴り上げた。……我慢していたデニスへの苛立ちが込められていることは、彼女だけの秘密だ。
唐突の理不尽な暴力に、ルカは小さく呻き、むせ返りながら薄く目を開けた。目覚めたばかりのルカが涙目でアリサに向かって何かを言おうと口を開いた、その瞬間。

「何やってるんですか!?」

様子を見に来たのか、起こしに来たのか。定かではないが、タイミング良くやって来たルイドがアリサの暴挙を目撃し、叫ぶ声が早朝のバグウェル家に大きく響いた。

「……あれ、デジャブ?」

苦笑しながら、アリサは呟かずには居られなかった。






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